第157話〈幕間〉勇者たち 6


 船旅は概ね順調だった。

 たまに揺れがひどくなることがあったが、『携帯用ミニハウス』の中にいれば、揺れどころか波の音さえ聞こえてこない。

 危険な船旅とは思えないほど、のんびりとした時間を過ごすことができた。


 清潔で快適なホーム生活を満喫しつつも、三人はきちんと仕事を果たしている。

 二等客室のドアに設置しておいた、魔道具のベルに呼び出される度に甲板に駆け付けて、海に棲む魔獣──海獣を倒した。

 陸地に近い海域なので、そこまで大きな海獣は今のところ出没してはいない。

 一番多いのは、サハギンだ。海の男たちには人魚だと恐れられていたが、日本人的な美的感覚では、あれを人魚だとは認めたくない。


「どっちかといえば、半魚人だよな」

「そうね。上半身が魚で下半身が人だもの。凶暴で可愛さのカケラもないし」

「だが、宝箱は当たりだぞ」


 秋生の発言に、春夏兄妹も大きく頷いた。


「それはそう! 何と言っても宝箱だからなー。ワクワクする」

「ダンジョンの魔物じゃないのに、宝箱をドロップするのが不思議よね」


 そう、サハギンは倒すと宝箱をドロップするのだ。ダンジョンではないので、死骸はそのままなのだが、なぜか宝箱が傍らに現れた。


「宝箱はサハギンの収納スキルじゃないか、とトーマが言っていた」

「収納スキル?」


 首を傾げる春人。夏希はなるほど、と納得顔だ。【アイテムボックス】から、サハギンからドロップした宝箱を取り出す。


「この宝箱がサハギンの収納用の入れ物なのね。どうりで、大量のお宝が入っていると思ったわ」

「ぎっしり海産物が詰め込まれていたもんなぁ……」

「魔道具かと思っていたが、この宝箱自体がサハギンのスキルなら、命を落としたと同時に現れるのも納得だ」


 サハギンの宝箱は両手のひらほどの大きさだ。

 木製の箱で、見た目だけなら子供の玩具箱と変わらない。

 が、その中には大量の魚介類が収納されていた。

 宝箱の中は【アイテムボックス】と同じく、時間が停止されているようで、新鮮な魚や貝、タコやイカなどの海産物がぎっしり詰め込まれているのだ。


「でっかいサーモンやマグロがいたのは嬉しかったよな! 俺たちだと捌けないから、トーマ兄にお願いすることになったけど」


 その味を思い出しているのか、春人はうっとりと遠い目をしている。

 最初に開けた宝箱から、巨大なサーモンが出てきた時から、三人の勇者たちは積極的にサハギンを狩った。

 魔石や素材も売れるので、一応は死骸ごと【アイテムボックス】に収納してあるが、本命は海産物の詰まったお宝の箱だ。

 船の上から弓や魔法を使い、襲撃してきたサハギンの群れを大喜びで殲滅する。

 倒したサハギンの死骸や宝箱は、秋生の魔法で引き寄せてしっかりと回収した。


「新鮮なお魚も嬉しいけど、たまに当たりもあるのよね」


 ふふ、と微笑みながら夏希が宝箱をひっくり返す。テーブルの上には貴金属の山が築かれた。

 特に目を惹くのは、金貨や銀貨。黄金の延べ棒もある。


「シラン国の金貨じゃない物も紛れているわよね?」

「王国や帝国金貨もある。多分だが、沈没船からサハギンが失敬した宝物だと思う」

「光り物が好きなのね、きっと」

「おかげで、俺らの懐も温かくなったけどなー」


 からりと春人が笑う。

 宝箱の中身には、黄金や宝石の装飾品もたくさん見つかったので、光り物好きな説には納得だ。

 これらの金銀財宝は、サハギンを討伐した冒険者に権利があるので、これだけで船代を軽く回収することができた。


 夏希は貴金属の山から真珠を摘み上げた。

 粒が大きく、形も良い。うっすらと光沢を放つ真珠の粒はサハギンが食料として保管していた貝の中から見つけた物だ。


「この真珠。一等客室のお貴族サマの付き人が金貨二枚で買い取りたいって交渉を持ち掛けてきたわよ?」

「へぇ。ここにある五粒で金貨二枚? 結構いい値段がするんだなー」

「バカ兄。違うわよ。真珠一粒で金貨二枚。全部で金貨十枚を支払ってくれるみたいよ」

「マジで⁉︎ この真珠セットで百万円って」

「よし、売ろう」


 綺麗ではあるが、三人とも宝石やアクセサリーにそこまで興味も執着もない。

 夏希は女子なので、気になる物は自分で持っていても良いんだぞと二人に勧められたが、それはきっぱり断っていた。


「綺麗だとは思うけど、大きすぎて普段使いもできないもの。デザインも好みじゃないし」


 もっとシンプルで可愛らしいデザインの物なら良いかもしれないが、沈没船のお宝は王侯貴族が使いそうな、ギラギラと派手な物ばかりで、まったく夏希の趣味ではなかった。


「それにアクセサリーは自分で稼いだお金で、自分の好みの物を買いたいわ」


 人からプレゼントされることを喜ぶ女子もいるが、夏希はそういう性格はしていない。

 してはいないが──


(……でも、トーマ兄さんがくれるアクセサリーなら、多少微妙なデザインの物でも嬉しいかも)


 そういう、女子が誤解しそうなプレゼントはなかなかくれない従兄なので、あまり期待はできないが。


(ガードが固いのよね、トーマ兄さんは。そういうのは、ちゃんと付き合っている彼女にしかプレゼントしていなかったし)


 もっとも、そういうところが一途で良い、と真剣に思っている。

 恋人がいる時には、彼は絶対に余所見よそみをしないのだ。

 どんなに魅力的な美女に迫られても、さらりと退ける姿に、何度心の中で喝采を叫んだことか。

 会いたいな、とぼんやりと思う。

 だが、今はまだ危険だ。敵は魔族だけではない。勇者を召喚したシラン国でさえ、一枚岩ではなかったのだ。

 勇者の大切な存在だとバレてしまえば、魔族だけでなく、人族からも狙われてしまう可能性がある。

 ならば、多少不安ではあるが、冒険者として各地を転々としている今の状況の方が安全だろう。

 なぜだか、最強のドラゴンにも懐かれているようだし。


(相変わらず、人誑ひとたらしなんだから! 今回は人じゃなくてドラゴンだけど)


 正確には餌付けであるが、夏希にとってはそう変わらない。


「なら、真珠はまとめて売り払うぞ。他の宝飾品も買い取ってもらうよう、見てもらうか?」


 秋生の提案に、二人は頷いた。

 多少、足元を見られるかもしれないが、どうせ不用品。棚ぼたで手に入れたような物だし、帝国に伝手もないので、ここで手放した方が気も楽だ。


「宝石や真珠は売り払いましょう。金貨や銀貨は山分けにして、帝国で使えばいいわ。ただ、黄金の延べ棒や純金のアクセサリーは手元に残しておかない?」

「そうだな。日本に戻った時に、資産になるのは黄金だし、置いておくか」


 売り払えるかどうかは分からないが、金の価値は高いと聞いたので、持っておくことにする。

 敵対する魔族を倒し、邪竜を封印できたら、日本へ帰してもらえるのだ。

 こちらの世界で得た財は持ち帰っても良いと、創造神は約束してくれた。

 これだけ苦労しているので、将来のためにも財産は確保しておきたい。

 秋生などは日本へ帰るまでに貨幣は全て魔道具やポーション、黄金に替えておくつもりだと言っていた。


(他の魔道具はともかく、この『携帯用ミニハウス』は持ち帰りたいな)


 土地さえあれば、家持ちになるのだ。

 ちょっとした秘密基地としても使えるし、別荘にしても良い。

 

「俺はせっかくだから、かっこいい魔剣とか魔法武器をコレクションしたいなー」

「銃刀法違反でしょっぴかれるぞ、ハル」

「そっか。じゃあ、肉をしこたま持ち帰る。こっちの魔獣肉はめちゃくちゃ旨いからな」

「賛成」

「同意しかないわね、それは」


 日本の高級ブランド肉を余裕で上回る、美味しい肉は絶対に大量に確保しておきたい。

 

 と、呼び出しのベルが室内に響いた。

 船員からのヘルプだ。


「大変だ! 巨大な海獣がでた! 助けてくれ!」


 巨大な海獣。これは今度こそ、シーサーペントかクラーケンか。

 三人は大急ぎで装備を纏い、甲板へ駆け出した。

 


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