第144話〈幕間〉勇者たち 4


 商業ギルドで船旅について確認すると、ちょうど三日後に出港する大型船があるという。

 帝国との貿易船で、一般の乗客は募集していないとのことだったが、冒険者ギルドのマスターからの紹介状と金級ゴールドランクのタグのおかげで、護衛兼任で潜り込むことができた。


「この時期は、海の魔物が活発になる時期らしい」


 商業ギルドの職員から仕入れた情報を嘆息まじりに秋生が教えてくれた。


「陸より海の方が安全じゃなかったんだ……」

「いつもはそうみたいだが、季節によるそうだ。嵐が起きやすく、魔物が荒れると」

「まぁ、魔物は俺たちが倒せば良いんじゃないか? 嵐はちょっと困るけどなー」


 からりと笑う、能天気な春人。

 夏希は思案顔だ。


「……私のスキルでどうにかなると思う?」


 夏希の固有ギフト【聖なる盾】は、あらゆる攻撃を防ぐ、神聖魔法のひとつだ。

 物理はもちろん、魔法攻撃も弾いてくれる。が、自然災害に適用されるかは不明だ。


「断言はできないが、どうにか魔法でやり過ごすしかないだろうな……」

「嵐には風魔法、雨には水魔法ってことか!」

「簡単に言うけど、大丈夫なの?」

「まぁ、どうにかなるだろう。これでも神に選ばれた勇者一行だ」


 秋生にしては珍しく、楽天的な発言だ。

 胡乱げな眼差しで夏希が見つめてくるのに気付いて、秋生はニヤリと笑った。


「いざとなれば、豊富な魔力でゴリ押しする。俺たち三人が結界の魔道具を維持すれば、一晩くらい余裕で過ごせるだろう」


 一晩を耐え抜けば、嵐を乗り切れる。


「大型船がちょうど入るくらいの結界の魔道具も手に入れてあるしな」

「……売り払わなくて良かったわね」

「だなー。俺たちには必要ないからって、売る寸前だったもんな」

「結界の魔道具やポーション類のドロップはなるべく温存しておくべきだ。俺たちでも怪我をしたり、魔力を使い果たすおそれはある」

「そうね。反省している。治癒魔法が使えても、肝心の魔力を使い果たしていたら、意味がないものね」


 今まではどうにかなってきたが、邪竜に近付いていくにつれ、魔族たちも強くなっている。


「油断して大怪我したら、トーマ兄さんに笑われてしまうわ」


 肩を竦めて笑う夏希に、秋生は春人と顔を見合わせてしまう。


「いや、笑いはしないと思うけど……」

「トーマは身内に何かあると、静かにブチ切れるタイプだしな」

「特に可愛がっているナツが大怪我なんてしたら……」

「…………」


 もしかして、その方が魔族を倒すのは早かったりして? 

 などと一瞬考えそうになるが、慌てて首を振る。


「ダメだな。勇者は俺たちなんだ」

「その通りだな、ハル。巻き込まれただけのトーマを矢面に立てるのは良くない。あと、普通にナツに絞られるだろ」

「それは怖い……」

「ふたりとも、何? さっきからコソコソと」

「「なんでもない」」


 揃って首を横に振る兄と従兄を胡乱げに見やる夏希。が、二人とも視線を合わせずに仮面のような笑顔を見せるだけ。

 こうなっては、梃子てこでも喋らないだろう。


「……まぁ、いいわ。とりあえず、食料は仕入れてきたわよ。1ヶ月は余裕でもつと思う」


 肉はダンジョンでドロップした魔獣肉、魔物の肉が大量にある。なので、市場で買い漁ってきたのは、野菜や果物がメインだ。

 ジャガイモ、にんじん、玉ねぎなどの根菜類に、葉物野菜は多めに仕入れてある。

 卵に牛乳、チーズやヨーグルトは【鑑定】スキルを駆使して、良い物を選り分けた。

 果物は美味しそうな物を片端から買っていった。リンゴにオレンジ、ぶどう。やたらとベリーの品種が多くて、戸惑った。

 新鮮なフルーツの他にも、ドライフルーツを山ほど買ってある。味見をさせてもらったのだが、甘くて濃厚。これは確実に、こちらの世界の物の方が美味しかった。

 春人は量り売りの木の実が気に入り、こちらも大人買い。ナッツやアーモンドは香ばしくて、栄養もある。

 あいにく、米は売っていなかったので、穀類の仕入れは諦めた。

 

「小麦粉を買おうか迷ったけど。私たちが頑張って作ったパンよりも、トーマ兄さんから買った方が美味しいじゃない?」

「そうだな。買わなくて正解だろう」

「出来立てのパンを買うことも考えたんだが、こっちのパンってアレだろ……?」


 春人の言いたいことは良く分かる。

 黒パンと呼ばれる、日持ちはするが、硬くて酸っぱくて不味いのが、この世界の主食なのだ。

 あれは無理だ。よほど飢えていなければ、食べようとも思わない。

 スープに浸して食べても、不味いものは不味い。どうにか飲み込めたとしても、食道が傷付きそうなほどの硬さなのだ。


「調味料も買っていないだろうな?」


 慎重に問いただしてくる秋生。

 当然だ、と夏希は大きく頷いた。


「塩に胡椒、砂糖。どれも品質が悪いくせにバカみたいに高いもの。もちろん、買っていない」

「良い判断だ」

「食料以外の買い物って、よーく考えたけど、特に欲しい物がなかったんだよな」

「そうね。生活に必要な雑貨類はもう揃えてあるし。消耗品といっても……」

「トイレットペーパーくらいか?」


 とはいえ、実は三人とも、必要なかったりする。

 何せ、浄化魔法クリーンが使えるので。

 トイレの度に綺麗にしています。


「楽な部屋着や下着類はトーマ兄に買ってもらっているしな」

「日本から持ち込めた物、どれも創造神に祝福されているから壊れないし、汚れないから便利よね……」


 ずっと着ていると、飽きてしまうが。

 それでも、この世界の服よりも断然着心地が良いので我慢している。


「買い物、思ったよりもアッサリ揃ったな」

「もう、バカ兄。今日買えたのは、1ヶ月分の食料だけ。一度に買い占めると市場が混乱するから、明日もまた買いに来るわよ?」

「そうだったな。悪い」


 船の予約も済んだので、拠点ホームに戻ることにした。

 港街を囲む石塀を通り抜け、街の外に出る。

 街から少し離れた場所に、林があった。

 フォレストウルフの群れがいるため、普段から人の気配がしない、良い場所だった。

 ここに、ドロップした魔道具『携帯用ミニハウス』を設置すれば、拠点の完成だ。

 結界に守られているため、魔獣に見つかる心配もない。


「ただいまー」

「腹へったなー。今夜は肉にするか」

「毎食、肉を食っているだろう」


 軽口を叩きながら、我が家を満喫する。

 冒険者の装束から楽な部屋着に着替えて、夕食作りだ。

 まだ手際もそれほど良くないので、三人がかりで調理に一時間近く掛かるのはご愛嬌。


「土鍋でご飯が炊けるようになっただけでも、すごく進歩したと思う」

「そうだな。土鍋で飯が炊ける女子高生はそうはいない」


 説明動画付きで教えてくれた従兄には感謝しかない。


「俺も味噌汁は作れるようになったぞ!」

「そうだな、ハルにしては頑張っている。あと、だしの素に感謝だ」

「アキもようやく指を切らないで済むようになったものね?」

「……刀や剣は得意だが、包丁は苦手なんだ」


 レシピ本を睨みながら、どうにか完成した本日の夕食は。


「土鍋で炊いたご飯と異世界産ナスのお味噌汁。あとは、野菜炒めと照り焼きチキン!」

「うん、栄養バランスも良さそうじゃね? 成長したよなぁ、俺たち」


 味も悪くない。というか、結構美味しい。

 市販の照り焼きソースのおかげで、コッコ鳥がご馳走に昇格だ。


「美味い! すげぇな、俺たち。勇者引退後に食堂もやれそうだ」

「やりたいなら、ハル一人でどうぞ」

「そうね。私たちはトーマ兄さんと一緒に日本へ帰るから」

「冗談だって! 置いていくなよー」


 食後のデザートは、本日購入したヨーグルトにドライフルーツを添えた物を食べてみた。


「ん、意外と美味しい」

「当たりだな。やはり、買い物に【鑑定】スキルは必須だ」

「クルミも美味いぞ。止まらなくなる」


 味見をして美味しかった食材は、明日の市場で追加購入をすることにした。


「さて、じゃあ俺はトーマと買い物交渉だ。各自、欲しい物リストは用意したか?」

「もちろん!」

「メモしておいたから、よろしく」


 米や麺類、パンなどの主食と各種調味料、茶葉などを注文する。

 ついでに、予算内にはなるが、各自船旅の間用の嗜好品を買うつもりだ。


「俺はカップ麺とポテチ多めだ」

「私はコンビニスイーツとお菓子類ね。あと、スキンケア用品の追加も頼みたい」

「俺はカロリーバーとサプリを。それと、ホットスナック」


 それとは別に、長旅での暇つぶしのためのゲームを頼むことにした。



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