第142話 赤い宝石です


 軽く茹でて口にしたプレシオサウルス──もとい、レイクサーペントの肉は、少しぼやけたような、微妙な味だった。


「んん……? 不味くはないけど、美味くもないな」


 珍しい、と思う。

 魔素をたっぷりと孕んだ魔獣や魔物の肉はとんでもなく美味しいのがこれまでのお約束だったのだ。

 年代物のレイクサーペントだったので、さぞや上等な肉だと楽しみにしていたのだが、残念だ。


「せっかく、こんなに綺麗な赤身肉なのに……ん、赤身肉?」

「トーマさん?」

「いや、良く似た色の肉を見たことがあるなって思って。いや、でもあっちは魚で、これは恐竜だよな……」

「んにゃ?」


 コテツがじっとレイクサーペントの赤身肉を眺めて、こてんと首を傾げた。

 そう、彼も疑問に思ったらしい。顔を寄せて、スンと匂いを嗅いで──嬉しそうにひと鳴き。


「ウミャイノ」

「そう、美味いやつだ。分かるか?」

「ニャッ」

「ははっ。さすが、コテツは鼻がきくな。やっぱりそうか……」


 主従で仲良く会話をしていると、焦れたシェラに肘を抓られてしまった。地味に痛い。


「もう! 何なんですか? 私にも教えてくださいよ!」

「悪かったよ。ごめんって、シェラ。前に海辺の街で食った魚と良く似た味をしていたんだよ、これ」

「お魚と……?」

「そ。デカい高級魚、マグロだよ」


 意識して詳細な鑑定を発動させると、このレイクサーペントの肉は生食が一番美味と分かった。

 今度は茹でずに、薄く切った生肉をそのまま口に放り込んでみる。


「ん、美味い。想像通り、マグロに激似の味だな」


 魚臭さは殆どなく、肉に近い風味があり、本物のマグロよりも美味い気がした。

 

「これは生肉で食おう。肉の刺身、タタキ、ユッケあたりなら、すぐに作れそうだな」


 ドロップした肉塊は巨大なこともあり、い色々な部位が味比べできそうだ。

 見事な赤身部分は薄切りにして、刺身にしよう。余ったら、表面を炙ってタタキとして味わいたい。

 サシが入った、たっぷり脂の乗ったトロ部分は肉寿司にアレンジしてみた。

 脂の層は、味見をしてみると、馬刺しのタテガミ部分の肉に近い味だった。コリコリとした食感が楽しく、意外とあっさり食べられる。


「マグロとクジラを足して割ったような肉質だな、これ」


 つまり、この肉も絶品だった。



◆◇◆



「ほぅ? 初めて食う味だな。美味い」

「お、気に入ってくれたみたいだな。それ、レイクサーペントの肉なんだ」

「なんと。あの奇妙な体躯の亜竜か。あれがこれほどまでに美味いとは……」


 予想通り、レイはマグロに似た肉の味に舌鼓を打っていた。

 今、食べさせたのは赤身部分の刺身だ。

 本命のトロ部分は〆に出す予定。

 前座のマグロの刺身でも充分気に入ったようで、今にもダンジョンに向かいそうな様子を見せたので、慌てて別の皿を手渡して誤魔化した。


「これも美味いぞ、食え」

「ふむ。良い匂いだな」

「ジャイアントボアの角煮だ。圧力鍋でじっくり煮込んだから、トロットロにとろけている」


 器用に箸を使い、レイは角煮を口にした。

 顎に力を入れなくとも、ふわっと崩れる柔らかな肉の感触に驚いているのだろう。

 

「噛み締める前に肉が消えたぞ」

「不思議だよなー?」

「んんーっ⁉︎ ふわぁ……意識を持っていかれるかと思いました……! 相変わらず美味しいです、角煮」


 ジャイアントボアはアンハイムダンジョンで仕留めたフロアボスの肉だ。

 ジャイアントと名に冠するだけあり、かなりの大物だった。

 立派なサシが入っていたので、低温でじっくり煮込むと、こんなにも柔らかく調理できるのだ。

 角煮はコテツも好物なため、皆大喜びで平らげた。


「で、こっちは焼きオークだ。せっかくだから、ラーメンと一緒に食ってくれ」

「ラーメンか! 久しぶりだな。今日はカップ麺ではないのだな」


 ラーメンはレイの好物の中のひとつだ。

 大森林でしばらく同居人として、コンテナハウスに居座っていた時にも好んで良く食べていた。


「今回は袋麺を調理しておいたんだ」

「ほう。これも美味そうだな」


 豚骨醤油味の袋麺は、レイが風呂に入っている間に作っておいた。

 スープが冷えたり、麺が伸びるとまずいので【アイテムボックス】に収納していたのだ。

 カップ麺と違って、袋麺は好きにアレンジができるのが良い。今回はアレンジなしに茹でたが、具材をたっぷりと追加してある。

 

「焼きオークの他にも、コッコ鳥の半熟卵にネギ、もやし、キャベツ、メンマ入りの豚骨ラーメンだ」

「美味いな。いくらでも食えそうだ」


 麺好きなだけあって、レイはラーメンを啜るのも上手い。スープもしっかりと味わい、綺麗に完食した。

 こちらはまだ半分も食べ切っていないのだが、よほど腹を空かせていたのか。


「なら、これで腹を膨らませるといい。山盛りのローストビーフ丼とコカトリスの唐揚げだ」

「おお……! 見事なローストビーフだ。唐揚げの匂いも堪らんな。これは私が食い尽くしても良いのか?」

「いいぞ。俺たちの分は避けてあるから」

「ふふ。なら、遠慮なく」


 宣言通りに、大食いのドラゴンは山盛りのご馳走をぺろりと平らげた。

 健啖家のシェラさえ、呆気に取られるほどの食いっぷりだった。


「ドラゴンの胃は底なしって、本当だったんですね……」


 感心したように呟くシェラに、レイがくつりと笑う。


「普通のドラゴンならそうかもしれんが、私は神獣。黄金竜は基本、魔素を吸収しておれば百年食わんでも生きていられるぞ?」

「そうなんですか?」

「そうなのか⁉︎」

「……トーマさん、知らなかったんですか?」

「う……いや、食が娯楽扱いなのは、何となく聞いたような気はするけど」


 まさか、百年食わなくても平気な生き物だとは思いもしなかった。


(うちであんだけ食いまくっていたくせに!)


 じろりと睨み付けてやると、大食いの自覚はあったようで、居心地悪そうに視線を逸らされてしまった。


「…………レイ?」

「すまん。だが、トーマの飯が美味すぎるのがいかん」


 頭を掻きながら、そんな風に言うのだから、コイツは人たらしドラゴンだと思う。


「食事など、魔素を取り込む以外に特に楽しみもなかったのだが。トーマの作る料理がことのほか美味くてな……。私としたことが、食う楽しみとやらを知ってしまった」

「分かります。私もいつもお腹を空かせていたので、食べられる物なら何でも食べていたのに、すっかり口が肥えてしまって……」

「分かるか、幻獣のたまごの娘よ」


 美味しいご飯の虜になってしまった、希少種族たちの語らいから、そっと顔を背けた。

 褒められるのは悪くない気分だが、そこで延々と美食語りをされるのは困る。

 料理の腕を持ち上げてくれるが、多少作れるくらいで、腕自体は普通なのだ。

 

(俺の飯がそこそこ美味いのは、この世界の食材の美味さと、日本製の調味料の勝利だよな)


 豚骨醤油ラーメンをコテツと半分こにして食べ切ると、とっておきの料理を【アイテムボックス】から取り出した。

 新鮮な赤身の肉は、宝石に喩えたくなるほど美しい。


「おお……! それは何の料理だ?」

「トーマさんズルいです! 私たちにもください!」


 オークカツの美味さを熱く語り合っていたはずの二人が、慌ててテーブルににじり寄ってくる。


「レイクサーペントの肉料理だよ。最初に食べただろ? あれは一番脂身の少ない赤身肉を刺身にしたやつな。これは、脂ノリの良いトロ部分だ」

「トロ……!」


 カッ、と目を見開いているレイ。怖いよ。

 俺がコンビニショップで買い集めた本を読み耽っていたドラゴンは、トロの味が気になっていたようだ。


「まずは刺身で食べてみるか? ワサビは食えたよな。刺身醤油はこの小皿」

「すまない。感謝する」


 てきぱきと小皿と箸を手渡してやると、さっそく刺身を一切れ口に運んだ。


「美味いな。これがトロ……」

「マグロじゃなくて、レイクサーペントだけどな。今のが中トロ風味。こっちのタタキも美味いぞ」

「ほぉ。肉の表面を炙っているのか。香ばしくて美味いな」

「で、本命はこれ。肉寿司」


 霜降り肉を薄切りにして、手毬寿司を包んだ肉寿司。


「すごく可愛いお料理ですね」

「これが大トロだ」

「…! こ、これが大トロ……」

「食ってみろ。飛ぶぞ?」


 一度言ってみたかったセリフです。

 もちろん冗談だ。美味しいけど、飛んだりはしません。


「心して食そう」


 こくり、と喉を鳴らしながら、レイは肉寿司を箸で摘み上げる。ワサビ醤油にちょん、と付けて、慎重に口の中へ運んだ。

 もくもくと咀嚼し、味わうように飲み込んで、ふうっとため息を吐く。


「……レイ?」

「トーマ。これは良い物だな」

「あ、うん。気に入ったみたいだな?」

「決めたぞ、トーマ。明日はまたあの湖でマグロ狩りだ」

「はぁぁ⁉︎」

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