第140話 プレシオサウルス?


 ちょうど湖の中央あたりに到着した頃、何かの気配を察知した。

 膝の上で香箱を組んでウトウトしていたコテツがいつの間にか起き上がり、鋭く威嚇の声を発した。

 背中の毛が逆立ち、尻尾が膨れ上がっている。

 そこ・・に、何かがいるのだろう。


「湖の上だからって油断していたかな」

「まぁ、仕方あるまい。私も気付くのが遅れた」


 眉を顰めていると、レイがからりと笑う。

 いつの間にか【アイテムボックス】から取り出した、大きなクッションに寄り掛かって面白そうにこちらを眺めていた。

 完全に傍観者のポーズだ。


 【気配察知】スキルを発動する。

 嫌な気配を注意深く探ってみたが、なかなか引っ掛らない。

 よほど慎重な魔物なのか。単に臆病なだけかもしれないが……


(……あれ? 気配が、動いている?)


 希薄な気配──ほぼ、勘に近いそれ・・を手放さないよう、慎重に探っていると、動く気配があった。

 ゆっくりと蠢いていたのが、急にスピードを上げて、ぐんぐん近付いてくる。


「真下か……!」


 慌てて魔力を練り上げて、接触寸前にゴムボートを水魔法で動かした。

 間一髪だったようで、先ほどまでボートが佇んでいた場所には巨大な何かが湖面から頭を突き出している。

 微かに青を帯びた、灰色の巨体だ。

 長い首を持て余すかのように揺らしながら、こちらを睨み付けてくる。


「プレシオサウルス……?」


 水棲の恐竜、首長竜の一種にとても良く似た姿形をしていた。

 大きさは全長5メートルくらいか。

 遠目で見ると、優美な姿をしているかもしれないが、こんなに近くだと見惚れるよりも先に困惑した。


「胴体は幅広くて、意外と扁平。目はギョロっとして可愛くない。あと、口がデカくてギザギザした歯が物騒だ」


 日本の恐竜図鑑ではプレシオサウルスは優美な姿のイラストで書かれることが多かったが、この魔獣は竜というよりも『甲羅のない凶暴な肉食の亀』に近い。

 つまり、可愛くない。

 レイがくつくつと楽しそうに笑う。


「トーマよ。それは恐竜ではないぞ。ドラゴンの成り損ないだ」

「ドラゴンのなりそこない……」


 亜竜というやつだろうか?

 ソイツは襲ってきたわりに、ファーストアタックを失敗してからは、何故だか動かない。


「……もしかして、こいつ。お前のことを怖がっている?」


 体のわりには小さな目が凝視しているのは、どうやらクッションにゆったりと寝そべった黄金竜のレイだった。

 バレたか、といった風に美貌のドラゴンはニヤリと笑う。


「お前なー……」

「不可抗力だぞ? 普通、ダンジョンに棲息する魔物たちは意志を持つことは殆どない。それが、こやつは無駄に長生きをしたためか、自我が目覚め掛けておるようだな」

「そうか。俺たちみたいに船で近道をする冒険者は普通いないもんな。ダンジョンに発生してから、ずっと湖の深層で平和に生きていたのか」


 とはいえ、同情するわけにはいかない。

 向こうはこちらを襲う気満々なのだ。

 今はドラゴンの気配に怯えて硬直しているが、ダンジョンモンスターとしての本能から、そのうち襲ってくるはず。

 こっそりと鑑定したところ、このプレシオサウルスもどきはレイクサーペントという魔獣らしい。

 レイの言う通り、亜竜の一種だ。

 

「水棲生物だけあって、水魔法を使ってくるらしいぞ。気を付けろよ」

「はっ、はい!」

「ニャ」


 まずはコテツが動いた。

 精霊魔法のひとつ、植物魔法を発動して、湖の中で揺れる藻を操った。

 音も気配もなく忍び寄った大量の藻に四肢を絡め取られてもがくレイクサーペントに、シェラと俺とで風魔法を叩き付ける。

 選んだのは、ウインドカッター。

 中級魔法に魔力をたっぷりと乗せたので、なかなか凶悪な風の刃へと進化していた。

 動けないでいるレイクサーペントはちょうど良いまとになる。

 鋭い音を立てながら襲いくる風魔法の攻撃に、為す術もなく、レイクサーペントは血塗れになった。

 ひときわ大きなウインドカッターがトドメとばかりに、その長い首を切り落としたところで戦闘を終えた。


「うぇ……生臭い……」


 湖が真っ赤に染まっていた。

 レイクサーペントの巨体は無惨な姿で湖面に浮かんでいる。

 死骸は見慣れたものだが、少しばかり傷を付けすぎたようで、血の匂いがキツい。

 顔を顰めていると、レイが「すぐに消える」と慰めてくれた。ダンジョンシステムを、心からありがたく思った瞬間だ。

 湖面の死骸と血はすぐに消えて、代わりにドロップアイテムが浮かぶ。


「高く売れると嬉しいんだが」


 俗物的なつぶやきと共に、水魔法でアイテムを引き寄せた。


「水の魔石と肉の塊。……あと、これは魔法剣か?」

「ローブもありますよ。綺麗な水色の」


 魔石はかなり大きい。野球用のボールくらいはある。水の魔石は高値で売れるため、これは期待が持てそうだ。

 魔道武器らしき剣には宝石が飾り立てられている。切れ味も良さそうだが、俺にもシェラにも大きすぎた。

 レベルアップの恩恵で腕力も上がっているため、振り回すのに支障はないが、使い勝手は悪そうだと思う。

 念のためにシェラに聞いてみた。


「シェラ、この剣使う? なんか、水の斬撃が放てるみたいだけど」

「いりません。私の武器は弓とショートソードです。それにゴテゴテして使いにくそうです」

「だよなぁ……」


 こんな大剣、軽々と振り回せるのはレイくらいだろう。

 ちらりと視線を向けると、あっさり断られた。


「私は戦闘に参加していないからな。それはお前たちの物だ」

「分かった。じゃあ、これは俺たちで山分けだな」

「あの、私はこのローブが欲しいです。魔石と剣はトーマさんとてっちゃんに譲るので、これをください!」


 シェラが物欲を見せるとは珍しい。

 手にした水色のローブは、たしかにシェラに良く似合いそうだった。

 アクアマリン色の瞳と同じ色彩で染められた、美しいローブだ。鑑定してみて、驚いた。


「姿隠しのローブ……魔道具だな。しかも、水魔法の加護付きで、夏でもひんやりと涼しいらしい。いいな、それ」

「姿隠し……! 欲しいです……」


 きゅっとローブを抱きしめる姿に絆されて、シェラにはローブを譲ることにした。

 俺には創造神ケサランパサランに祝福された完全防護仕様の服があるしな。

 シェラはさっそくローブを羽織って嬉しそうに笑っている。

 魔石と魔法剣、そして両腕を広げてようやく抱え込める大きさの肉を【アイテムボックス】に収納した。

 こっそり鑑定したところ、レイクサーペントの肉は食用可、非常に美味とあった。

 これは期待が持てる。


(亜竜はレイ的には同種じゃないみたいだし、共喰いにはならないから……)


 せっかくだし、今夜のメイン料理に使おうと思う。美味そうなサシが入った鮮やかな赤身の肉をどう料理してやろうか、今から楽しみだ。

 長年倒されることなく生き延びていたってことは、ここのフィールドの隠しボスだったのかな?

 

 ともあれ、そんな厄介な敵を倒したところで、湖は静かになった。

 下層への入り口がある、向こう側の湖畔まで、三人と一匹はのんびりクルージングを楽しむことにした。

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