第139話 湖畔フィールド
夜に宴会を予定しているため、本日のダンジョン探索は夕方前には撤収することにした。
黄金竜のレイはちゃんと冒険者
装備も最近の流行りに合わせた物をチョイスしているため、違和感はない。
違和感はないが、その人間離れした美貌と無意識に発するオーラのような圧が凄まじく、俺が女性と間違われていた時よりも視線を集めていた。
「あれは、エルフの冒険者か? 珍しいな」
「エルフにしちゃ、ガタイが良くないか」
「美形すぎて近寄れないわ……」
「一緒にいるのは、リトルドラゴンか」
「え? デンジャラスビューティーが男連れ⁉︎ 彼氏か?」
「そんなわけあるか! パーティ仲間だよ!」
さすがに看過できない発言には、しっかりと反論しておいた。
デンジャラスビューティー扱いにも腹は立っているが、厄介な相手だと思われた方が無駄に揶揄われないはず、と言い聞かせてどうにか我慢している。
が、さすがに『男連れ』だの『彼氏』発言は許容できない。
じろりと睨み付けると、口を滑らせた連中は慌てて逃げていった。
「逃げるくらいなら、バカなこと口走るなっての」
「まぁまぁ。トーマさんが魅力的だから、皆気になっちゃうんですよ、きっと」
シェラに宥められるも、あまり嬉しくはない。
その魅力的とは、きっとこの女顔のことを言っているのだろう?
「くそっ。マッチョな身体とか、渋いオッサンに転生させてもらえば良かった……!」
「嫌ですよ、そんなの」
だが、心からの叫びにシェラはあっさりと首を振る。
「え、嫌なの?」
「嫌です。マッチョな人は怖いイメージがありますし、渋いオッサンって……おじさんですよね?」
「……おじさん、ダメ?」
おそるおそる尋ねてみると、シェラはうーんと首を傾げて小さく頷いた。
「ダメって言うか……どうなの、とは思いますね。初対面の、トーマさんが私を助けてくれた時の話をしますけど。もしあの時、トーマさんがマッチョな渋いおじさんとやらだったら、警戒して同行していないと思います」
「えー……」
それは、おじさん差別では?
世知辛くなるが、良く考えると、そんなものかもしれない。
「初対面で無条件に親切な男の人には、女性はやっぱり身構えちゃいますよ? 体格が良い人だと、特に怖いです。親切には感謝しますけど、見返りを求められたら……って思うと」
「そうか……。まぁ、仕方ないな。俺がこんな弱っちそうな外見だったから、シェラは警戒しないで済んだのか」
若くて綺麗な女性には色々と大変なことが多いのだろう。
特に、ここは異世界。比較的安全に夜でも女性一人で道を歩ける日本とは違うのだ。
どうにか納得しようと、そんな風に思案していたのだが。
「いえ、あの時は──実は私、トーマさんのこと女の人だと思っていて」
「はぁ⁉︎ 俺が女だと?」
「はい……。良くいるんです。旅をする際に、自衛のために男装する女の人は。だから、てっきりトーマさんもそうだとばかり」
「それで、あっさり俺についてきたのか……」
「あっあっ、すぐに男の人だって気付きましたよ? でも、その頃にはトーマさんが信頼できる人だってもう分かっていたので!」
「そっかぁ……。信頼ありがとな、シェラ」
慰めの言葉さえも、何故だか胸を抉ってくる。……うん、女子供に警戒されにくい外見を手に入れたと思えば、我慢できそうだ。
強面だったりマッチョな姿で転生していたら、男連中に舐められることはなくなったかもしれないが、女性や子供たちからは遠巻きにされていた可能性が高いのか。
(だが、俺は諦めない。女顔、童顔はハイエルフだし仕方ないとして。いずれ目指してやる、渋いオッサンを!)
エルフは長命で、年を取りにくいと言われているが、不老不死ではないのだ。
肉体が最盛期で成長を止め、ゆっくりと年老いていくのだと
(渋いオッサンは無理だとしても、落ち着いた雰囲気のオジサマ系を目指せば良いんだ)
従妹の一人は中学生だが、乙女ゲームに夢中になっており、大勢いる攻略対象のイケメンを全スルーして、モブの老執事キャラにハマっていた。
『優しくって、大人でー。よく見ると、めちゃくちゃ顔も良いのよ? お嬢さまとか言って甘やかせてくれる、最強のおじいちゃんキャラしか勝たん!』
などと萌え叫んでいた。
ちょっとドン引いてはいたが、ナツも『優しい大人』や『甘やかせてくれる最強キャラ』という点には大きく頷いていたので、きっと需要はあるのだろう。
「今更、顔は変えられないから、俺はせめてセバスチャンを目指すよ」
「? 意味が分からんぞ、トーマよ」
「せば……? 何でしょうか、それ」
「ンニャ?」
執事といえば、セバスチャン。
原典は不明だが、日本だと大体通じる。
不思議そうに見つめてくる二人と一匹から、そっと視線を逸らして、わざとらしく声を上げた。
「さ、雑談はここまで。ダンジョンに潜るぞー?」
ダンジョン入り口の転移扉に辿り着き、皆で同じ階層に転移する。
五十三階層までクリアしていたので、次に目指すのは五十四階層だ。
黄金竜のレイは最下層まで到達していたらしく、俺たちに合わせた階層に同行してくれた。
「五十四階層は、湖畔フィールドか」
湿地帯のど真ん中に巨大な湖が広がっている。
周辺は湿地帯で、ただ歩くだけでも面倒そうなエリアだった。
「懐かしいな。次の階層への入り口は、ちょうど湖の向こう側なんだ。冒険者たちは、湖の周辺を大回りして転移扉を目指すことになる」
「それは、なかなか大変そうですね……」
途方に暮れたように、シェラが呆然と周囲を見渡す。湿地帯なため、足元はとても悪い。
革のブーツを履いているため、足が濡れることはないが、
「ちなみに、出没するのは?」
「ジャイアントトードが多いな。大きさは牛くらいある。皮膚には毒があって、長い舌で絡め取ろうとしてくる面倒臭いやつだ」
そう強くはないが、いかんせん数が多いのだという。おまけに体表はぬめぬめとした体液で覆われており、剣や矢の類は滑って攻撃しにくいのだとか。
「ヒキガエルのモンスターか。あまり相対したくはないな」
「あとは、そのジャイアントトードを餌にしているジャイアントサーペントがいるくらいか。湖の中にも別の魔物がいるようだが、あいにく私は空を突っ切ったから詳しくは知らぬ」
ジャイアントサーペント。サーペントって大蛇だか、亜竜だっけ?
ヒキガエルを食うなら、大蛇のイメージだけど。
と言うか、空を突っ切ったということは──…
「ドラゴンになって飛んだのか。ずるい」
「ちょうど真夜中で他の冒険者もいなかったんでな」
しれっと肩を竦めて言う。ずるい。
「空を飛べるなんて羨ましいです。湖を突っ切れたら、確かに早そうですよね」
泥に汚れたブーツを悲しそうに見下ろしながらシェラがため息を吐く。
湖を突っ切る、か。
「……出来そうだな、それ」
「え?」
「ちょっと待ってくれ。たしか、大型家具のショップで見かけた覚えが……」
【
販売物リストをざっと斜め読みして、目的の物を見付けた。
「あった。アウトドア商品を扱っていて、そこで見かけていたんだよな」
購入ポイントを確認すると、七万五千ポイントだ。地味に痛いが、背に腹は変えられない。
商品をタップしてカートに突っ込んだ。
「よし、
購入した品は【アイテムボックス】に入っている。湖に半分ほど進水した状態で取り出したのは、四人乗りのゴムボートだ。
ちゃんと空気を入れてくれた状態で買えたのは有難い。
あいにく自力で漕がないといけないが、アルミパドルは付いているし、動かすだけなら、魔法を使えば良い。
初めて目にするゴムボートに、シェラはあんぐりと口を開けて驚いている。
「おお、舟か! 初めて乗るぞ」
日本の小説や漫画を愛読しているレイはゴムボートもしっかり理解していたようで、無邪気に喜んでいる。
ドラゴンだから、これまで舟に乗ることはなかったのだろう。何せ、自力で空を飛べるのだ。
「他の冒険者に見つかったら面倒だし、さっさと出発するぞー」
「ニャッ」
コテツが肩に乗ってくる。バランスを取りながら、真っ先にボートに乗り込んだ。
レイがボートを揺れないように掴み、おっかなびっくりシェラが乗り込む。紳士だな。
全員が乗り込んだところで、出発だ。
パドルは俺とレイの二人が片方ずつ使い、どうにか岸辺から離れることが出来た。
あとは簡単だ。
風魔法と迷ったが、水魔法を使ってゴムボートを押して進んで行く。
水面を滑るように走る様が面白い。
湖の魚が驚いたように水面を飛び跳ねる。
「ふふっ、愉快だな。私が飛ぶよりも随分と遅いが、面白い乗り物だ」
「だろ? 今は急ぎだからアレだけど、今度はのんびり湖に浮かべて釣りを楽しもうぜ」
澄んだ湖面には、時折大きな魚影が横切っている。きっと大物が潜んでいるのだろう。
せっかく友人と合流できたことだし、たまにはスローライフの真似事も悪くないはず。
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