第136話 おかえり


 毎日こつこつと、無理をしないペースでアンハイムダンジョンに潜った結果。

 いつの間にか五十階層まで到達していた。

 ドロップアイテムが微妙だったり、稼げなさそうな階層は魔獣を避けて、ひたすら下層を目指していたおかげでスピードアップができたようだ。


 

 今日はいよいよ五十階層だと楽しみに起きた、早朝。久しぶりに黄金竜のレイから連絡があった。

 魔道具の手鏡を取り出して、覗き込む。

 相変わらずの美貌の主がニヤリと太く笑っていた。


『久しぶりだな、トーマよ』

「ああ、久しぶり。元気そうで何より」


 最強の黄金竜に向かって「元気そう」は変かな。

 同じように考えたようで、鏡の向こうの男にはくつくつと笑われてしまった。


「そっちはどう? 仕事は終わったのか」

『そうだな。つつがなく』


 ダンジョンの氾濫を抑えるため、という理由を付けて、魔族が暗躍するダンジョンでひとしきり暴れてきたドラゴンの笑みはとても頼もしい。

 表立って、勇者──引いては創造神の味方を出来ない彼の苦肉の策だったのだが、その満足げな表情を見るに、結果は上々といったところか。


(合流してから詳しく聞くつもりだけど。これでアイツらも、かなり助かっただろうな)


 お礼にレイの好物をしこたま用意してやらなければ。

 肉料理はもちろん、こちらの世界にはない麺料理や菓子類を気に入っていたので、アンハイムダンジョンで稼いでおいたポイントをかなり消費することになるだろうが……


(まぁ、ポイントはまた稼げば良いし)


 帝国へ移動するために船旅をしている従弟たちのことを思い起こす。

 この世界での船旅は半月ほど掛かるらしい。

 身動きが取れない間に魔族たちの暗躍が続いたら、取り返しが付かないことになったかもしれないのだ。

 その魔族たちを、ダンジョン氾濫を鎮めるためだともっともらしく語りながら、黄金竜が『ぷちっ』と潰してくれたことには感謝しかない。

 魔族たちには気の毒だが、放っておけば世界の危機だったのだ。


(ほんと、魔族たちの気がしれない。破壊神でもある邪竜を崇めても、待っている未来には絶望しかなさそうなのに)


 黄金竜であるレイが異世界ちきゅうの料理や文化に興味を覚えて、こちらの世界が壊されることを厭うようになってくれたことはとても心強い。


(この調子で人が作った料理や文化にどっぷり沼らせてやらないとな!)


 まずは、久しぶりに食べる手料理で胃袋を掴む必要がある。

 五十階層からは更に魔獣や魔物が強くなるので、比例して美味い肉もドロップするはず。


「連絡をして来たってことは、もう合流できそうなのか?」

『ああ。今は王国のダンジョンがある街にいる。これから出発すれば、アンハイムの街なら夜には到着するだろう』

「そっか。なら、近くまで来たら迎えに行くよ」

『ふ……楽しみにしている』


 金色に煌めく巨大なドラゴンが現れたら、アンハイムの街がパニックになる。

 なので、街の手前の場所で落ち合うことを決めて、通信の魔道具を切った。


「目立つと困るから、多分深夜に到着するように調整するんだろうな」


 過去に何度か、やらかしたことがある黄金竜はようやく慎重さを覚えたようだ。

 神獣も日々成長するのだ。


「だったら、俺らはいつものようにダンジョンに潜って──美味い肉を狩ってくるとするか」

「ニャッ」


 コテツも乗り気なようで、尻尾をぴんと立てて張り切っている。


「五十階層以下には、ブラッドブルがいると良いんだが……」


 皆大好き、ブラッドブル肉。

 前世日本で言うところの、高級ブランド黒毛和牛肉に近い肉質を誇る美味しい牛の魔獣肉だ。

 使い勝手が良くて、ついつい焼肉ステーキ鍋にカツと食べまくってしまい、気が付いたら在庫が空になっていたのだ。


(レイの好物だからなー。ダンジョンで探して、見つからなかったら肉屋へ行くか)


 異世界に転生させられて、半年近く。

 魔獣や魔物は自力で狩って美味しく平らげてきた身としては、店で肉を買うのは何となく悔しい気持ちを覚えそうだが。


「ま、今日中に手に入るように祈っておくか」

「んみゃー?」

「ブラッドブル肉が狩れなくても、もっと美味い肉を狩ればいいって? コテツは賢いなー」


 ひげ袋をぷっくり膨らませて、ふんすふんすと鼻を鳴らして得意げな猫かわいすぎんか。

 うりゃっと抱き締めて頬擦りしていると、目元をこすりながら起き出してきたシェラに見られてしまった。


「おはよう、シェラ。良い朝だな」

「トーマさん、てっちゃん相変わらずですね……おはようございます」


 いつものアレか、とばかりにスルーされるのも微妙な気分になるな、これ。

 愛猫とのいちゃいちゃタイムは残念ながら、ここで終了。朝食と弁当を作るために、急いでキッチンへ向かった。



◆◇◆



「夜に黄金竜さまにお会いできるんですね!」


 朝食はコカトリスの照り焼きチキンサンドにした。むっちりとした肉質のモモ肉をパリッと甘辛く焼き上げて、キャベツの千切りと一緒に食パンに挟んだシンプルなサンドイッチだが、ボリュームもあって美味しい。

 弁当は簡単に食べられるように、おかずを具にしたおにぎりにした。

 作り置きのおかず、唐揚げや角煮、卵焼きなどを詰めた、爆弾おにぎりだ。

 冒険者なので、食べ応えを優先している。

 ダンジョンで食べやすいように、ランチはサンドイッチかおにぎりと決めていた。


 先程、レイと話した内容を教えると、シェラもコテツと同じく、大喜びではしゃいでいる。

 集落から逃げ出して、ずっと心に抱えていたトラウマから解放してくれたレイを恩人だと慕っているようだ。

 

「ブラッドブル肉が好物なんですね。分かります。あれはとても良い物です……」

「ニャッ」


 こくこくと頷くコテツ。

 肉食女子のシェラはブラッドブル肉を拝みながら完食していたな、そういや。

 

「ならば、今日! 狩りましょう!」

「五十階層付近にいるといいな。レイはミノ肉も好きだけど、さすがに中級ダンジョンにはいないだろうし……」

「ミノ肉とは?」

「ああ。ミノタウロスの肉だ。ブラッドブルも美味いが、さらに格上の牛肉なんだよな」


 生肉でも食える上質な肉だった。

 ユッケはもちろんタルタルステーキにしてもほっぺたが落ちそうなくらいに美味かったことを思い出す。

 ローストビーフも牛刺しも絶品で、あっという間に完食してしまった。

 残念ながら、こちらも既に肉の在庫はない。


「みのたうろす……あの…上級ダンジョンのラスボスと名高い……?」


 顔を青くさせたシェラがぽつりとつぶやく。

 ミノタウロスって、ラスボスだったか?


「いや、違うな。ミノタウロスは深層のフロアボスで、ダンジョンのラスボスはグリフォンだった」

「ぐりふぉん」


 シェラの顔色が青から白に変化した。


「グリフォンは強かったけど、肉が食えない魔獣だったからな。それは残念だった。ポイントや経験値は美味しかったけど」

「そうですか……。私、だいぶ強くなったと思い込んでいましたが、まだまだですね。心を入れ替えて頑張ります」

「ん? えっと、がんばれ?」


 やる気になっているのは良いことだ。

 そんなわけで、美味しいお肉をレイのためにたくさん狩るぞと張り切って、二人と一匹はアンハイムダンジョンに向かった。



◆◇◆



 夕食は軽く済ませ、張り切って五十階層以下を探索して疲れたシェラとコテツは既に夢の中。

 一人で待つのも暇なので、金ピカドラゴンが帰還するまで、ひたすらキッチンにこもって料理に励んだ。

 幸い、アンハイムダンジョンの五十階層以下には肉質の良い魔獣が棲息していたため、大喜びで片端から狩っていった。

 待望のブラッドブル肉も確保できたので、大満足だ。

 ローストビーフを仕込んでいた手を止めて、ふと顔を上げる。

 懐かしい気配。肌が粟立つような、そんな緊張感に久々に包まれた。


「帰って来たみたいだな」

「ニャー」

「起きたのか、コテツ」


 肩に飛び乗ってきたキジトラ猫をひと撫でして、友人を迎えに行くことにした。

 そっと家を後にして、身軽く街中を駆けていく。

 誰もが眠りについている深夜。当然、街の門も固く閉ざされている。

 が、そんなものはハイエルフであるこの身には関係ない。

 少しの凹凸があれば、それを手掛かり、足場にして垂直な石塀だって駆け上っていけるのだ。

 トン、と足場を蹴り上げて塀の向こう側に降り立つ。コテツが風魔法で衝撃を緩めてくれた。うちの子は可愛い上に有能なのだ。


 街道を駆け抜け、小高い丘に辿り着く。

 空には大きな満月。

 青白く、煌々と煌めく月光を背負い、懐かしい巨体が姿を現した。

 黄金色の鱗が目に眩しい。紫水晶アメジストの双眸が俺たちを見つけて、ふと和らいだ。

 音も立てずに地面に舞い降りた黄金竜。

 頭を垂れるドラゴンに、両手を伸ばしてその鼻先をそっと抱き締める。


「おかえり」



◆◆◆


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◆◆◆

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