第135話 コカトリスの親子丼


 アンハイムダンジョンの三十五階層に生息するコカトリスは2メートルサイズの巨大な鶏の魔獣だ。

 羽毛の色は様々で、白色レグホン風なコカトリスから、赤茶色の羽毛を誇らしげに膨らませて見せるコカトリスもいる。

 鶏との違いは大きさだけでなく、嘴の下から覗くサメのような歯──牙があるのと、尾羽の代わりに爬虫類に似た太い尻尾があることか。

 

「あとは、特徴的な頰羽だな。イヤータフだったか? そのおかげで、ちょっと面白い顔立ちに見える」


 癖毛のように跳ねた頬の辺りのふわふわの毛が愛らしいと言えないこともない。

 そういえば、酒場でアンハイムダンジョンの魔獣について教えてくれた冒険者がぼやいていた。

 コカトリスは肉の他に卵をドロップすることがあるが、青緑色をしているため、気持ちが悪いのだとか。


「あの頬羽に青緑色の卵。外見も似ているな、アローカナに」


 チリ原産の鶏で、頬羽があり尾羽がなく、青緑色の卵を産むアローカナ。

 教えてくれた冒険者たちは気持ち悪がって持ち帰らなかったようだが、アローカナの卵なら、もったいないことをしたなと思う。


 日本でもアローカナの卵は手に入る。

 サークル仲間でハロウィンパーティをする際に、取り寄せて料理に使ったことがあるのだ。

 オンラインサイトでは『幸せの青いたまご』と銘打たれていた。

 見た目は薄い青色の卵だが、中身は普通。

 むしろ普通の卵よりも栄養価が高く、味も濃くて美味しかった記憶がある。


「なら、このアローカナ似のコカトリスの卵も絶品だろうな」


 対峙したコカトリスをめ付けて、ニヤリと笑う。鑑定によると、肉も極めて美味とある。

 素晴らしい。

 俺の呟きを耳にした食いしん坊コンビ、シェラとコテツもすっかりやる気のようで良い笑顔でコカトリスを囲んでいる。


「じゃあ、狩るか」

「はいっ!」

「ニャッ」


 張り切った二人と一匹の活躍により、三十五階層にはコカトリスの悲痛な鳴き声が響き渡った。



◆◇◆



「肉と卵が大量に手に入ったなー」

「コカトリスの巣を見つけることが出来たのは大きいですね! 卵はもちろん、黄金の装飾品もありましたし」

「あれはラッキーだったな。カラスじゃないけど、光り物を集める習性があるのかも」


 ネックレスや指輪などのアクセサリー類は純金製だったため、良い値段で買い取って貰えた。

 特に狙ったわけではないが、臨時収入はありがたい。儲けはきっちり三等分して、それぞれの懐を温めている。


 ちなみに肉は5キロサイズの塊でドロップした。胸肉、モモ肉、手羽先に手羽元。

 様々な部位の枝肉が手に入ったので、しばらくは鶏肉に困ることはなさそうだ。

 卵はドロップした物が数個。コテツが見つけ出してくれた巣にあった物が二十個ほど。

 コカトリスの大きさから予想はついていたが、こちらもかなり大きい。

 ダチョウの卵サイズなため、二人と一匹が一度に食べるにはひとつでも充分そうだ。


 コカトリスといえば、石化能力があるのかと身構えたが、三十五階層のコカトリスには特別なスキルや魔法は使えないようで、あっさりと倒すことが出来た。

 下層に棲息する上位のコカトリスになると、毒や石化スキルを使うようだ。


「三十六階層のジャイアントディア、三十七階層のキラーベアも問題なく狩れましたね」

「そうだな。鹿肉も確保できたし、上々だ」

「魔石や毛皮の買取額も悪くなかったですよね。クマ肉を食べるのも楽しみです!」

「おう。今日はコカトリス肉料理だけど、明日はクマ鍋にしよう」

「ニャッ」


 本日の稼ぎも上々。

 クマ肉は下処理が面倒なので、塊肉ひとつを除いてギルドに売り払った。鹿肉も半分は卸すことにした。魔石は全て売り払う。

 錬金素材になる肝は俺が倒したキラーベアからドロップしたので、これは売らずにポイントに変換した。ポイントも着々と溜まっている。


「今日の稼ぎは金貨二枚です! お金持ちですっ!」


 いそいそとマジックバックから取り出した皮財布に金貨二枚を入れたシェラが、少し考えて銅貨一枚を取り出した。


「トーマさん。今日は贅沢に銅貨一枚分のお菓子を食べたいです!」

「ハイハイ、分かった分かった」


 銅貨一枚、千円分の菓子か。

 百円ショップで買えば、十個用意できるが、今日は贅沢をしたい気分らしい。

 ならば、コンビニ商品だろう。


「家に帰ったら、召喚する。それまで我慢な」

「はーい! ふふっ、楽しみです!」


 足取りも軽く冒険者ギルドを後にする。

 アンハイムの街は賑やかだ。

 ダンジョン景気にわく街には屋台はもちろん、雑貨や武器屋、服屋も多い。

 散財しがちな冒険者の懐を狙って、それなりの高級店もあったが、俺もシェラも見向きもせずに、家路を辿る。

 

(だって、どんな高級品店の商品よりも俺の召喚魔法ネット通販の方が品質が良いもんなー……)


 素材としては、こちらの世界の魔素を含んだ肉や野菜、果物類が上だが、加工品に関しては地球産が圧倒している。

 食品以外の雑貨はもちろん、ファブリック類、家具に衣服は比べようもない。

 異世界にほん製の服は質が良すぎるのと、デザインが違いすぎるため、家の中でしか着られないが、人の目につかない肌着や下着類は召喚した物を身に付けている。

 これに慣れたら、もう二度と街で売っている肌着は着られないとシェラは真顔でぼやいていた。

 生活雑貨に関しても、街で売っている高級品よりも、百円ショップの商品の方が品質が良かったりするのだ。


(そりゃ、買い物に行かなくなるよな)


 たまに市場を覗くことはあるが、召喚魔法ネット通販では買えない、珍しい果物や野菜を買うくらいだ。

 年頃のはずのシェラだが、今はお洒落よりもお菓子に夢中なため、稼いだお金の一部は俺の手元にある。

 

(まぁ、日本の菓子は美味いからな、仕方ないか)


 そんなわけで、本日も二人と一匹はどこに寄り道をすることもなく、帰宅した。



◆◇◆



 本日の夕食はコカトリスの親子丼だ。

 簡単時短レシピを信奉している俺は顆粒だしとめんつゆを使う。

 玉ねぎを薄切りにして、コカトリスのモモ肉は一口サイズに切り分けた。

 深めのフライパンで玉ねぎとモモ肉をごま油で炒めて、火が通ったところで水で薄めためんつゆと顆粒だしを投入する。

 くつくつと煮込んで、ちょっとだけ味見。


「んー。ちょい砂糖を入れるか」


 我が家の親子丼は甘めの味付けなのだ。

 砂糖と迷って、ダンジョン産の蜂蜜を使うことにした。小さなスプーンにひと匙ほどを、とろりと垂らしてみる。

 

「うん、美味い」


 溶き卵を回し入れ、半熟状態になったら火を止めて、蓋をして一分ほど蒸らす。

 その間に炊き立てのご飯を丼鉢によそっておく。

 蒸らしたフライパンの中身をご飯に盛り付けて、三つ葉を載せれば完成だ。

 余った卵液はスープに使ってある。


「出来たぞー」


 シンクで盛り付けて振り向いたところ、既にシェラとコテツは笑顔でテーブルに付いていた。


「良い匂いです」

「コカトリスのモモ肉と卵を使った親子丼だ。こっちは卵スープな」

「いただきます!」


 手を合わせるのももどかしげに、シェラは親子丼にスプーンを差し込んだ。はくり、と口に運び入れ、ほわっと頬を緩ませた。


「ふわぁ……。優しい味です。卵がふわふわしてます」

「ん、美味いな。コカトリスの卵って、こんなにコクがあるのか」


 黄身の部分が鮮やかなオレンジ色だったので、期待はしていたのだが。


「期待以上だ。こっくりしていて、すげー美味い。肉はコッコ鶏より筋肉質だけど、こっちも味が濃いな。野生味が強いというか……」

「美味しいです!」

「うみゃー!」


 ふたりにも好評なようだ。

 玉ねぎのシャキシャキとした食感とぷりぷりのモモ肉。半熟のとろりとした卵が絡まり、絶妙な味に仕上がっている。

 めんつゆと顆粒だし、ダンジョン産の蜂蜜との相性も良かったようだ。


「おかわり!」

「ニャッ」


 空の丼鉢を差し出されて、苦笑を浮かべながらも三人前の親子丼を追加を作った。



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