第134話 勧誘は迷惑です


 失礼過ぎる冒険者三人をぶん投げてからは、冒険者ギルドやダンジョン内で変に絡まれることはなくなった。

 なくなりはしたが、数日経った今でも噂はされている。


「お、あれがリトルドラゴンか」

「そうそう。可愛い顔して滅法強いと噂のデンジャラスビューティーだ」

「あんなに好みのタイプなのに男とかマジか……」


 ひそめた声音でも、ハイエルフの鋭敏な聴覚はしっかりと拾ってしまう。


(誰がデンジャラスビューティーだ! あと、男で悪かったな!)


 しかも、たまに嬉しくない発言もぽつぽつ耳に入ってくる。


「最悪だ……。俺も変化へんげか隠蔽の魔道具を使っておくんだった……。シェラと違って俺は男だし問題ないと思っていた」


 だが、そういえば今の自分はハイエルフに転生しているのだ。

 前世の自分も女顔で可愛いと舐められていたものだが、今生はレベルが違う。

 男だからと油断はできなかったのだ。

 肩を落としていると、シェラが慰めようと声を掛けてくれるのだが。


「トーマさん、元気だしてください。多分、私のように色彩を変えるだけでは意味がなかったと思います。とっても可愛らしくて綺麗な顔立ちをしてらっしゃいますし! だから、ここはもう開き直ってデンジャラスビューティーで売っていくのは──…」

「いいわけないだろう」


 あからさまに声を掛けてくる連中は減ったが、下心のある輩はそこかしこにいる。

 冒険者ならではのちょっとしたお得情報などをこっそりと教えてくれるのは、まだマシな方。

 ぶん投げた三人のヤロー共はあれでもそれなりの力量のある冒険者グループだったらしい。

 それを素手の一撃で意識を刈り取った俺のことを、幾つもの冒険者グループがしつこく勧誘してくるようになったのだ。

 それが鬱陶しくて仕方ない。


(ハイエルフだとバレていないのは幸いだけど。外見からハーフエルフって疑われて、さらに引き抜こうとする連中が増えたんだよなー……)


 エルフは魔法が得意だ。

 通常の魔法以外にも、エルフにしか使えないとされる精霊魔法を操れる。

 魔力量も人族の魔法使いの五倍以上はあるとされており、冒険者からは引く手数多あまた

 だが、当のエルフは基本的には引きこもりが多い種族なのだ。

 『森の人』の呼称からも分かるように、自然が豊かな深い森に暮らす者が殆どらしい。

 たまに好奇心が旺盛な変わり者のエルフが里を飛び出して、人族の国の宮廷魔法使いになったり、錬金術師として名を馳せていた。

 そんな変わり者エルフの中には冒険者として活躍した者もいたらしい。


金級ゴールドランクのその上、幻の神銀級ミスリルランクの冒険者だったか)


 強引に勧誘する輩は無視していたが、有用な情報をくれる冒険者とはそれなりに仲良くなり、一緒に酒を飲みながら得た知識を思い出す。

 今は冒険者を引退したらしいが、三十年ほど前に、特別に与えられたランクのエルフの冒険者がいたのだとか。

 輝く黄金色の髪、翡翠色の瞳の美貌のエルフの冒険者だったらしい。

 何でもドラゴンをソロで討伐したらしく、今でもファンが多い伝説の冒険者。

 ギルドの一角では、彼の絵姿の写しが売られているのだとか。


 弓と魔法が得意な彼と組んだ冒険者グループは数々の功績を上げたらしい。

 中級ダンジョンの踏破、ダンジョンの氾濫スタンピードの速やかな収束に貢献したとかで、一代限りだが、国から爵位を得たという。


(エルフが一人パーティに加わるだけで、そんなに戦力が上がるのか?)


 おそらくは、そのエルフが特別に強かったのだと思う。

 

「俺に声を掛けてくるのは、都合の良い解釈をした奴らばっかりなのが腹立つ」

 

 滅多に人里には現れない引きこもりエルフを勧誘するのは、ほぼ不可能。

 ならば、エルフの血を引くハーフエルフらしき俺に声を掛けようと考えたのだろう。

 エルフの血を引く者は魔力量が多いと言われている。エルフほど魔法が使えないが、それでも普通の人族よりは強いはずだろうと。

 そんな下心が見え見えなのだ。


「しかも、人のことを未成年の子供だとバカにして……適当に上手いコト言って丸め込もうとしているのが見え見えだっての!」


 元の年齢はこれでも成人済み、二十一歳の大学生だったのだ。

 ハイエルフに転生したため、少しばかり小柄で華奢な体格に変化してしまったけれど。


「ちゃんと会話を交わしたら、トーマさんが未成年の初心うぶな子供だとは誰も思いませんよね……」

 

 シェラも苦笑を浮かべている。

 実際、一緒に酒を酌み交わした冒険者は俺をガキ扱いすることなく、対等に接してくれた。

 そんな気の良い連中なら、仲間になるのは無理でも、一時的にパーティを組むのもやぶさかではないのだが。


「それを、アイツらは……」


 つい先ほどまで、気障ったらしい口調で勧誘してきた男たちを思い出し、眉を顰める。

 うんうん、とシェラも力強く頷いた。


「よりによってトーマさんを『お姫さま』扱いしようとしていましたからね。ありえません」


 女扱いとは違うが、良い待遇を約束しようとにこやかに提示してきた内容が、その『お姫さま』扱いだった。

 フロアボスと遭遇するまでは、一切攻撃に参加しなくても良い。

 なるべく魔力、体力を温存して欲しいので、移動は専用のポーターが担ぐ駕籠かごに入ると楽だろう。

 三食おやつ付き、テントも一番広くて綺麗な物をソロで使わせてやる、と笑顔で勧誘された。


「ありえない。そりゃあ、快適で清潔な環境を俺はこよなく愛しているが。でも、対等な冒険者相手に出す条件じゃないだろう?」

「失礼な話ですよね。トーマさんなら、フロアボスどころか、フロア中の魔獣や魔物を殲滅しても、余裕でスキップしてます」


 スキップはしないけれども。

 ハイエルフの魔力量は膨大なので、アンハイムダンジョン内でどれだけ暴れても早々に魔力切れになることはないと思う。

 特級と呼ばれる大森林内の魔の山ダンジョンを攻略した身には、中級のアンハイムダンジョンはそれこそスキップしながらでも踏破は余裕だ。


(たぶん、コテツも鼻歌混じりに攻略できそうだな……)


 なにせ、うちの可愛い子は賢い上に強くて可愛いので! 大事なことなので二回繰り返しました。

 うちの子は可愛い。


「それにアイツらが気に食わないのは、シェラやコテツをおまけ扱いしたこともだからな?」

「ニャッ」


 温厚なコテツも怒っている。

 猫の妖精ケット・シーのコテツを、ただの非力な子猫と侮っている時点で、アイツらの実力は底が見えていた。

 

「てっちゃんはともかく、私はまだまだ弱いので……」

「シェラは強くなったぞ? 多分、アンハイムで活動している冒険者の中でも平均より上のレベルだし」


 それに彼女には幻獣のたまご──今はヒナ、かな? 

 得意な属性の風魔法は、既に上級魔法使い並みに成長している。


(今は魔道具で髪や瞳の色を茶色に変えて、ソバカスを描いているから、地味な色彩かもしれないけど! 顔立ちはそのままなんだ。ちゃんと観察したら、とびきりの美少女だと分かるはず)


 なのに、よりによって、うちの可愛い妹分を「地味なブス」呼ばわりしたのだ。

 その瞬間、怒髪天を突いて、勧誘してきた冒険者パーティのいけすかないリーダー格の男を殴り飛ばしていた。

 おかげで少しは気が晴れたし、ソイツらの後で俺にコナをかけようとしていたパーティが青い顔をして離れてくれたので、一石二鳥!

 

「コテツとシェラの良さが分からない奴らなんて、話す価値もない」


 そうして、今日も二人と一匹でダンジョンに潜っていく。

 本日はアンハイムダンジョンの三十五階層に挑戦だ。


「この階層ではコカトリスが狩れるらしいぞ」

「コカトリス……! コッコ鳥より滋養があって、とても美味しいと評判のお肉ですねっ?」

「ん。唐揚げはもちろん、親子丼にすると最高に美味い」


 ぱあっとシェラの顔が輝く。

 コテツもやる気らしく、肩の上で仁王立ちしている。


「よし、じゃあ狩るか!」



◆◆◆


2023年はお世話になりました!

本年もよろしくお願い致します。


◆◆◆

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