第133話 ドラゴンの尻尾を踏みましたね
「今日もたくさん稼げました……!」
冒険者ギルドから、拠点にしている二階建てコテージへの帰り道。
シェラは本日の稼ぎである金貨を入れたショルダーバッグを大切そうに、そっと抱き締めた。
金貨一枚はシェラにとって、大金だ。
アンハイムの街は物価が高めなので不明だが、以前滞在していた海辺の街オリヴェートなら、三人家族の1ヶ月分の生活費に相当する。
トーマやコテツと出会う前のシェラなら、3ヶ月は余裕で暮らせるほどの大金だった。
(それを、1日で稼げちゃうなんて! ダンジョンすごい!)
森の近くでの採取や小動物の狩猟で稼いでいた頃と比べると、雲泥の差だ。
いつもお腹を空かせていて、その日の宿にも困っていた日々が嘘のよう。
(トーマさんには感謝しかないです)
美味しい食事を食べさせてくれて、簡単な仕事を手伝っただけで報酬を貰えた。
報酬はお金はもちろん、清潔な衣服に三食おやつ付きという高待遇。
集落からの追手を気にするシェラのために、姿を変える魔道具も貸してくれた。
おかげで、森で遭難しかけた際に無くした冒険者装備を買い直すことが出来たのだ。
痩せ細り、貧相だった肉体も見苦しくない程度には育ったし、何よりレベルが上がって強くなれたことが嬉しかった。
秘密にしていた背中の翼を見られた時には絶望しそうになったけれど、彼はシェラを疎むことなく、真摯に相談に乗ってくれたのだ。
(まさか、この私が幻獣に近い存在だったなんて。ビックリしました……)
貧弱な小鳥にしか変化できない、成り損ないだと己を卑下していたシェラには驚きの展開だった。
彼の旅に同行したのは、強くなるためという理由が第一だけど、同じくらいの熱量で彼が提供してくれる美味しい食べ物に釣られたのは内緒だ。
……バレているとは思うけど。
そう、彼が作る食事は最高に美味しい。
ただ肉を焼いただけの物でも、身震いするほどに美味なのだ。
煮込み料理は信じられないくらい大量のスパイス類が使われており、一口がいくらになるのだろうかと別の意味で震えたものだった。
その一口ですっかり魅了されて、気が付いたら完食の上、おかわりまでねだってしまったが。
(あと、揚げ物料理も素晴らしいです。油でお肉を煮るだけで、あんなに美味しくなるなんて!)
焼いただけのお肉も充分美味しかったが、揚げた肉はまた格別だった。シェラが特に気に入ったのは、唐揚げとカツ料理だ。
コッコ鳥の唐揚げを初めて食べた日には興奮して、なかなか眠れなかったほど。
オークカツは特に衝撃的だった。
シェラからしたら高級肉であるオーク肉。ステーキにしても信じられないくらいに美味しかったが、それを揚げたカツを一口齧った途端、身体中の毛穴が開いたような、そんな衝撃を覚えた。
(今思い出しても、涎が溢れそうです……ッ! オークカツは至高の肉料理です)
肉だけではない。あまり好きではない野菜も、トーマが調理すると美味しく食べられる。
集落のあった地では見たことのない果物も食べさせてもらったが、どれも瑞々しくて甘かった。
(何より、トーマさんが食べさせてくれるお菓子は絶品! クッキーにキャンディ、チョコレートなんて夢のよう)
まるで天上におわす神々の食べ物のようだと、口にする度に恍惚としてしまった。
この世界にはない、不思議な食べ物の数々。
食べ物だけじゃない。信じられないくらいに柔らかくて肌触りの良い下着類やタオル。寝心地の素晴らしい寝具。それらは全て、彼のスキルで手に入れたのだと言う。
ハーフエルフだと名乗った彼には特別な召喚魔法が扱えるのだ。
召喚魔法といえば、魔獣や魔物を異空から呼び寄せ、隷属させて使役させる魔法だ。
だが、トーマの召喚魔法は生き物は呼べず、異世界の物品を召喚できるのだと言う。
(異世界の食べ物だから、あんなに美味しくて、見たことがない物ばかりだったんですね)
なるほど、とシェラはあっさりと納得した。
すぐに信じたことを彼には不思議がられたけれど、シェラからしたらすんなり受け入れられる話だったのだ。
もっとも、その万能に思える召喚魔法にも縛りがあるようで「レベルが低いと、召喚できる物が限られている」らしい。
食べ物に衣服、家具や雑貨類。刃物類まで召喚できることには驚いたが、トーマ的にはまだ物足りないようだ。
(家まで召喚できるのに。まだ何が欲しいのでしょう?)
召喚するには、触媒が必要で。
それが「ぽいんと」という物らしい。
彼曰く「ぽいんと」は自力で倒したり採取した素材との交換で貯めることができるそうだ。
アンハイムダンジョンでの拠点のために、大きな二階建てのお家を召喚したため、その「ぽいんと」をたくさん使ってしまった。
(私はお金を、トーマさんは「ぽいんと」を稼ぐためにダンジョンに潜っていますが……)
アンハイムでの冒険者稼業は順調だ。
初日に一気に十階層まで進むのは少しだけ大変だったけれど、転移の魔道具を手に入れてからは、自分たちのペースで進めている。
1日に三階層から五階層分を移動することが多い。素材の買取額が高い魔獣や、美味しい肉の持ち主がいる階層はじっくりと回って、なるべく大量に狩っている。
おかげで、それぞれが金貨一枚ほどは稼げていた。その稼ぎの中から、銀貨二枚を七日分の食費としてトーマに渡している。
一食、銅貨一枚の換算だ。三食なので一日で銅貨三枚。オヤツはおまけとのことで、とてもありがたい。それ以上にオヤツを食べたければ、食費の他にそっとコインを差し出して、特別に召喚して貰っている。
最近のお気に入りはコンソメ味のポテチとチョコクッキー。交互に食べるのが、とても楽しいのだ。
甘いとしょっぱいは延々と食べられます。
二人と一匹のパーティのリーダーであるトーマは律儀だ。従魔であるコテツにも、きちんと報酬を渡している。キジトラ柄の可愛らしい猫に金貨。
コテツも良い子なので、そのまま主人であるトーマにそのまま金貨を渡していた。
普通なら、従魔の儲けは主人のモノ。その代わりに従魔の面倒をみてやり、世話をするのだが──
(トーマさんは文字通り、てっちゃんを猫可愛がりしてますもんね……)
ふんす、と得意げに主人に儲けを渡すコテツの頭をよしよしと撫でてやり、トーマは皮袋の財布に金貨を仕舞っていた。
(あれって、てっちゃんのお財布なんですよねー)
ふふっと笑みがこぼれ落ちる。
おそらくは、これまでのコテツの儲けも全て、あの財布に入っているのだろう。
微笑ましいふたりの関係を思うと、シェラの胸はじんわりと温かくなる。
トーマは良い人だ。
素っ気ない口調だけど、面倒見がとても良い。
一度懐に入れた相手を無意識に甘やかせる癖があるのだと思う。
(それに甘え過ぎないようにしなくてはいけませんね)
あんまりにもアンハイムの街での暮らしが順調で、レベルが上がるのも、【身体強化】スキルを会得したのも楽しくて、シェラはつい失念してしまっていたのだ。
魔道具で色彩を変えた自分と、愛らしい子猫を連れたトーマ。
自分たちが、素行の悪い冒険者崩れの連中にどう見られるのかを。
ハーフエルフだと言うトーマが、黙って立っていれば、とんでもない美少女に見えることを。
ダンジョンに潜るための列に並んでいたところ、無礼で考えなしの冒険者が彼のことを「お嬢ちゃん」呼ばわりした瞬間、シェラはその
(『ドラゴンの尻尾を踏む』……大馬鹿者ですっっ!)
「誰が、お嬢ちゃんだって?」
低く、不機嫌そうな声音がトーマの端正な唇から紡がれる。
ひんやりとした冷気のようなものを感じて、シェラはヒュッと息を呑んだ。怖い。
気が付いたら、いつの間にかコテツが自分の肩へと移動していた。耳元でニャッと鳴く。多分、ここから離れた方がいいよ、と教えてくれたのだろう。
聡い冒険者や上級冒険者チームが不穏な気配を察してか、すっと距離を取るのが目に入って、シェラも慌てて壁際に避難する。
「あ? なんだ、お前オトコか」
「いやいや、このカオでか? 腰だって折れそうに細いんだから、もうお嬢ちゃんでいいんじゃねーか?」
「ははは! 違いねぇ! おい、嬢ちゃん。俺らが守ってやるから、儲けの半分を寄越せよ。ボディガード代だ」
柄の悪い、ついでに頭の中身も相当悪そうな冒険者は三人。体格はそれなりに良いが、だらしなく弛んだ腹を見るに、鍛えているかは微妙。
何より、人を見る目がない段階で、冒険者としては最低ランクだ。
散々囃し立てられたトーマが静かに切れているのが分かった。
「はわわ……」
ハラハラしながら見守るシェラが心配しているのは、トーマの無事ではなく。
「おい、お嬢ちゃんよ。黙ってないで、何とか言ったらどうなんだー?」
冒険者の小汚い手がトーマの肩に触れた瞬間、男は吹っ飛んだ。
「あいにく、お前らごときに守ってもらう必要はない」
晴れた青空のように美しい蒼の瞳を細めて、彼は見惚れるような微笑を浮かべた。
そうして、その
◆◆◆
シェラ視点でお送りしました。
ギフトと応援、ありがとうございます!
◆◆◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。