第137話 竜の帰還
ドラゴンの巨体のまま街中の仮住まいまで連れて帰るわけにはいかないので、レイには人の姿を取ってもらった。
引き締まった見事な肉体と見上げるような長身。鱗の色を彷彿とさせる、美しい黄金色の長髪と
そういう生き物なのだ、と納得すればわざわざ自分と比較しても仕方ないというもの。
とはいえ、先日も性別を勘違いされた身としては恵まれた体格は少しばかり──いや、かなり羨ましくは思う。
「アンハイムの街か。十年ぶりとなるが、随分と賑やかになったようだな」
街外れの小高い丘から、のんびりと歩いていると、レイが懐かしそうに瞳を細めた。
「十年前にも来たことがあったのか。それは、ダンジョンの氾濫で?」
「そうだ。たしか、それが原因でダンジョンの入り口周辺を冒険者ギルドが管理するようになったはず」
「ダンジョンの入り口の上にギルドの事務所を建てていたのは、それでか。かなり頑強に囲っているよな」
「うむ。十年前、氾濫を鎮めに来たのだが、その時は人が多過ぎてな。竜の姿で暴れることが出来なかったのだ」
そのため、氾濫を抑えるのに少しばかり時間が掛かってしまい、結構な被害を出してしまったのだという。
「人の、冒険者の姿に変化して氾濫の原因となった深層まで潜ったのだ。いつもなら、竜の姿でひと飛びだったのだが……」
「氾濫を抑えようと、冒険者がダンジョンで戦っていたのか」
「そうだ。なかなか気概のある奴らだった」
魔素が濃くなり過ぎたために、深層の魔物が意志を持ち、ダンジョンの外まで侵食しようとしたのだとか。
「大変だったな、それは。おかげで、ダンジョン都市としてアンハイムが栄えている今があるわけだ」
「私は己が為すべきことをしただけだ。……が、友に労われるのは悪い気はせんものだな」
くつくつと楽しそうに笑う姿に釣られてか、コテツが甘えた声音で鳴く。
いつの間にか俺の肩からレイの広い肩に飛び移っていた。浮気者め。
「おお、コテツも元気でいたか。幻獣のたまごの娘とは仲良くしているのか?」
「なーん」
「ふ。妹分か。ならば、面倒を見てやるが良い」
すりすりとレイの顔に体をこすりつけて喉を鳴らしている。
あれは、レイに自分の匂いをつけているのか。
レイの匂いを自分につけているのか。
判断に迷うところだった。
◆◇◆
外壁を飛び越えた時と同じように、気配を殺して素早く街に戻った。
酒屋や夜の店がある繁華街とは離れた位置にあるため、我が家の周辺は静かだ。
家を出る前に遮音の魔道具をシェラの部屋のドアに発動させておいたので、外の気配には気付かず、ぐっすり眠っているようだ。
土地は賃貸だが、二階建てのコテージは自力で購入した不動産なので、胸を張ってレイを案内する。
「ポイントを大量に使ったけど、良い家だろ? 住み心地も悪くないし」
「ほう。立派だな。コンテナハウスの方が面白い造形物だったが、人里や街中で暮らすにはこの方が良いか」
ひとしきり観察すると、レイは楽しそうに頷いている。
コテツは庭の畑や果樹園を自慢しているようで、ニャアニャアと何やら訴えていた。
「コンテナハウスもコンパクトで住みやすかったんだけどな。コンパクトといえば、タイニーハウスも買ったんだ。野営に便利だぞ」
「ほう。また今度見せてくれ」
家の中へ案内する。
ちなみに我が家は土足厳禁。革のブーツは脱いでもらい、念の為にと【
「荷物──は無いな、うん。じゃあ、部屋へは後で案内してやるよ」
「なんと。私の部屋もあるのか?」
「レイの部屋っていうか、客室が空いているからな。コンテナハウスで使っていたベッドや家具類もそこに移動してあるぞ」
「それは楽しみだな」
通信の魔道具に連絡があってから、急いで部屋を整えたのだ。
持っていて良かった【アイテムボックス】スキル。一人では抱え上げることさえ無理なベッドも収納スキルさえあれば、模様替えも楽々こなせる。
「置いていった分の荷物はとりあえず全部、部屋に移動してあるから。自分で適当に片付けておいてくれ」
「感謝する」
ポイントで
おかげで、この家でいちばん荷物が多いのはレイの部屋だったりする。
「ほう、なかなか立派な家だな。キッチンもリビングも広い」
「いいだろ。今はポイントを貯めている途中だから殺風景だけど、そのうち家具をもっと増やすつもり」
「ポイントが足りないのか?」
レイが器用に片眉を上げて尋ねてくる。
「仕方ないだろ。この家、結構高かったんだよ。勇者たちの拠点用の大型家具類の買い物も三人分ともなれば、かなりポイント使ったからなー……」
ほぼご祝儀価格で、大盤振る舞いをし過ぎたかもしれない。
が、清潔で快適な環境は日本人としては譲れない拘りがあったので、おにいちゃん頑張った!
「そうか……。なら、明日からは私もダンジョン攻略を手伝おう」
「えぇー? レイが倒したのは俺のポイントにならないからなぁ……」
「む。そうだったな」
コテツは従魔なので、彼が倒した魔獣や魔物素材はちゃんとポイントに変換できるのだが。
(まさか、神獣たる最強の黄金竜を従魔にはできないし)
「なら、契約を交わすか? 従魔になれば、ポイントを与えることができるのだろう?」
「いやいやいや。ほんとごめん悪いけど無理。最強のドラゴンを従魔とか勘弁して」
多分、何も考えてないんだろうなーという爽やかな笑顔での黄金竜の発言を、すかさず拒否した。
厄介事の予感しかない。
残念そうに唇を尖らせている美貌の男を睨み付ける。
「アンタ中立の立場な神獣だろ? 俺の従魔になったら、勇者のために馬車馬のように働かせるぞ。嫌だろ、そんなの?」
「──主従契約を結んだ相手に命じられたから、と良い言い訳になると思ったのだが……」
「ん⁉︎」
「いや、何でもない。すまない。忘れてくれ」
「そうしてくれ。俺だって、アンタが仲間になってくれたら心強いけど、友達とは対等にいたいもんだろ」
黄金竜に対等、とは言い過ぎたか。
だが、彼は瀕死状態で出会った小さな子猫とは違うのだ。
「ふっ……
せっかくの提案を秒で断られたというのに、レイは機嫌が良さそうだった。
ふぅ、とため息を吐いて気分を入れ替えると、真夜中の客人をキッチンに招いた。
「夜通し飛んできたなら、腹がへっているだろ? 再会の宴は明日が本番として、軽く食べるといい」
「それはありがたいな。基本的に食事は無くても生きてはいけるが、トーマの飯の味を知ったら、食わんのは詰まらなくなった」
トーマと別れて、各地を飛び回って役目を果たしていた黄金竜は、たまに倒した魔獣肉を調理して味わっていたらしい。
塩胡椒にスパイス類、醤油にソースにマヨネーズなどを渡してやっていたので、どうにか食える物にはなっていたようだが。
「焼き加減ひとつとっても難しくてな……。よく肉を炭にしてしまった」
「火力強すぎ。魔法で横着したんだろ?」
「面目ない」
フライパンで焼く、煮るくらいは最低限教えておこうと反省した。
ともあれ、彼にとっては久々のマトモな食事になる。ダイニングテーブルいっぱいに、作り置き料理を並べてやった。
「メインはオーク肉ステーキ。添えてあるシャリアピンソースで食ってみてくれ。パンと迷ったが、久しぶりだから米を炊いておいた。スープはポトフな。ウインナーの代わりにオーク肉ベーコンとコッコ鳥のモモ肉入り」
「おお……! どれも美味そうだ」
「こっちはコテツが作った野菜のサラダな。マッシュポテトを生ハムで包んだやつも美味いぞ」
「ほう。色鮮やかで美しい野菜だな。さすが
褒められて嬉しそうに瞳を細めるコテツ。
ヒゲ袋のあたりがぷくぷくに膨らんで、めちゃくちゃ可愛い。もふる。
「で、コレ。ガンガンに冷やしておいたから、乾杯しよう」
魔道冷蔵庫から取り出したるは、日本の有名メーカーの缶ビール。
途端に破顔する様子から、ドラゴンの酒好きは相当なものだと再確認した。
プルタブを引いて、コツンと缶をぶつけ合う。
「再会に」
「美味い飯に」
酒を飲み、適当に惣菜を摘みながら、それぞれの旅の話をする、なんてことない夜。
翌朝、シェラが起き出してくるまで、男二人と一匹の飲み会はダラダラと続いたのだった。
◆◆◆
ギフトと応援、いつもありがとうございます!
ドラゴンと鼻チューするネコチャンのシーンを書き忘れちゃいました……( ⓛ ω ⓛ )
◆◆◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。