第129話 アンハイムダンジョン 3


大蜥蜴おおとかげのお肉、とっても美味しかったです……!」


 うっとりと瞳を細めながらため息を吐くシェラに、悔しいけれど頷いて同意を示した。


「そうだな。十階層で転移の魔道具を手に入れたら、また狩りに行こう」

「はい! 今度こそ尻尾のお肉が手に入ると良いですね」

「ああ。期待しておこう」


 大蜥蜴の前脚──手羽部分でさえ、あれほど美味しかったのだ。

 特に人気があり買取額も一桁違うという尻尾肉はどれほど美味いのか。


(見た目はアレだけど、この世界の魔獣肉は美味いんだよなぁ……)

 

 尻尾の肉なら、まんま前脚の肉よりは見た目も気にならないはず。

 テールスープにすれば、良い出汁が取れそうだな、とぼんやり考える。


 食後のお茶を飲み干すと、まったりと寛ぐ少女とその膝の上の猫に視線を向けた。


「昼飯も食ったし、七階層へ行くか」

「はいっ! 行きましょう!」


 荷物を片付けて、まとめて【アイテムボックス】に放り込むと、唖然としている冒険者グループを置いて、さっさと七階層へ向かう。

 収納スキル持ちは希少なため、声を掛けられる前に立ち去るのが一番だ。

 ダンジョンで稼ぐつもりでアンハイムの街に滞在しているので、今回は【アイテムボックス】を出し惜しみするつもりはない。

 むしろ、マジックバッグの方が狙われる可能性があるので、シェラには気を付けるよう言ってある。

 スキルは盗むことはできないしな。



◆◇◆



 七階層は森林フィールドだった。

 出没するのはワイルドベア。さすが低階層フロア、見慣れた初級魔獣がわらわらといる。

 すっかり頼もしく成長したシェラが率先して弓で仕留めていった。

 ドロップアイテムは魔石と肉か毛皮。俺たち的には肉が当たり。毛皮は買取りに回す。


 さくさく駆け抜けて、八階層。ここも同じく森林フィールドでワイルドディアの縄張りだった。

 ドロップアイテムは魔石と肉か毛皮、稀にデカいツノ。

 鹿革は安価で使いやすいから、人気の素材だ。高くはないが、ちゃんと引き取って貰えるのがありがたい。

 巨大なツノは錬金の素材だか、触媒だかに使われるらしい。ワイルドディアのツノはありふれているので、残念ながら買取り額も低め。

 ポイントもあまり期待はできそうにない。


「でも、肉は美味いんだよな。ボアは角煮やシチュー、揚げ物にも合うし。ディア肉はステーキだな」


 稼ぐのは十階層以下になりそうだが、肉は確保しておこう。

 シェラとコテツが張り切って倒していく魔獣のドロップアイテムを拾って収納するだけのお仕事です。

 そうして、素早く八階層を駆け抜けて、次に訪れたフィールドを目にしてシェラが叫んだ。


「九階層! ええっ? 海⁉︎」

「いや、大きな川だな。これに沿って進むのか」


 九階層は大河のある平原フィールドだ。

 澄んだ川ではなく、泥混じりの水なため、あまり触りたくないが、肥沃そうではある。

 見渡す限りでは、平原に魔獣の姿はないが、【気配察知】スキルには反応があった。


「……やっぱり、川の中だよなー」


 入りたくない。うん、ここはスルーして先を急ごう。そう思ったのだが、向こうが許してくれるわけがなく──

 

「水場から離れろ!」

「っ、はい!」


 叫ぶと同時にシェラの前に滑り込む。

 泥色の川の中から現れたのは、真っ黒の巨体。胴回りが1メートルはありそうな、は最初、大蛇に見えたのだが。


「……っ、ナマズか⁉︎」


 よく見ると、顔にヒゲが生えている。

 胴体もずんぐりしており、蛇ほどは長くなかった。とは言え、魔獣──この場合は、魔魚なのだろうか? 執拗にこちらに攻撃を仕掛けようとしてくるので、シェラとコテツが離れたのを見計らって、【アイテムボックス】から取り出した魔道武器を用いて、大ナマズの頭上に雷を落とした。

 バチン! と何かが弾ける音と共に焦げ臭い匂いが立ち昇る。

 でっぷりとした腹を浮かせる大ナマズはやがてドロップアイテムに変化した。


「さて、ドロップしたのは何かな?」


 水魔法を操り、川に浮かんでいるアイテムを引き寄せる。

 なぜか沈まず、ぷかぷか浮いていた大きなオレンジ色の魔石は高く売れそうだ。

 次に目に付いたのは、1メートルほどの大きさの切り身らしきもの。

 鑑定すると、予想通り。ジャイアントキャットフィッシュの肉、とある。

 可食。揚げ物にすると美味、らしい。

 とうとう調理法までオススメしてくるようになった、俺の鑑定スキルよ。

 とりあえずは、ありがたく拾い上げて収納しておいた。


「トーマさん! 他のお魚はどうしましょう?」

「それなー……。とりあえず、浮かんでいるやつは全部回収しておこうか」


 雷を川に落としたため、周辺にいた魚も巻き添えにしてしまったようだ。

 食えるかどうかは不明だが、仮死状態ならともかく、既に命を落としている魚は回収することにした。


「そのまま浮かんでいるってことは、こいつらは普通の魚なんだな……」


 ダンジョンに棲息するのは、全て魔獣や魔物なのだとばかり思っていた。

 ピラニアっぽい小魚の他にもザリガニと良く似た川海老や普通サイズのナマズ、ドジョウも浮かんでいる。


「ん? これは、まさか……」


 そんな中に、一際目を引く魚が浮かんでいた。

 まさか、と思いつつ、急いで引き上げて鑑定してみる。


「! やっぱり……」


 これはジャイアントキャットフィッシュよりも余程嬉しい、当たりを引き当てた。


「っしゃあ! 今夜はご馳走だぞ、皆!」


 張り切る俺を不思議そうにシェラが見上げてくる。

 真っ黒のニョロニョロしたものを掲げて大喜びする俺の姿はよほど不審だったのだろう。


「それ、美味しいんですか?」

「おう! 俺のいた国では高級食材だったんだ」

「その蛇みたいなお魚が……」

「これはウナギっていうんだ。見た目はアレだけど……手間暇掛ければ、めちゃくちゃ美味い料理になる」


 途端にシェラの顔がぱあっと輝いた。

 

「あ! 同じお魚があそこにも浮いています! コテツさん、お願いしますっ」

「ニャッ」


 任せろ、とコテツが川に浮かぶウナギを引き寄せてきたところを、すかさずシェラが確保していく。

 ウナギは全部で五匹手に入った。どれも、ぷっくり肥え太っており、美味そうだ。


「ウナギを捌く動画は何度か見たことがあるから、多分大丈夫……だよな?」


 ウナギを蒲焼きにする動画が結構好きで、よく流し見ていたのだ。

 七輪で魚や鶏肉を焼く動画も好きだ。

 ちなみにキャンプ系の動画では、焚き火でバウムクーヘンを作るやつをぼーっと眺めるのにハマっていた時期もある。あれ、楽しそうなんだよな。意外と難しそうだけど。


「ともあれ、今回はウナギだ。捌いてしまえば、後はタレを漬けて焼くだけだし」


 その捌くのが大変そうだが、まぁ、どうにかなるだろう。

 ウナギのタレはコンビニショップで売っているのを確認してある。

 実はウナギが食べたくなって、代用品としてサンマやアジを蒲焼き風に焼いてみようかと考えたことがあったのだ。

 途中で我に返って諦めたが、タレだけはこっそり購入していた。

 コンビニ、結構色々なソースやタレを売っているので侮れない。


「今夜のディナーはウナギの蒲焼き丼だな。作るのに時間が掛かりそうだから、急いで十階層まで行こう」

「なら、川から離れた場所を駆けて行きましょうか」

「んー…。本気で走っていきたいんだよな。シェラ、シマエナガになってくれるか?」


 シェラの走るスピードに合わせると、十階層を踏破するのに時間が掛かりそうだった。

 コテツを肩に乗せ、シマエナガ姿のシェラを胸ポケットに入れて走れば、時間も短縮できる。

 説明すると、シェラは渋々と【獣化】スキルを使って、てのひらサイズの愛らしい小鳥に変化してくれた。

 ほわほわしており、とてもキュートだ。

 潰さないよう気を付けながら、そっと胸ポケットに入れてやる。

 コテツは慣れた様子で、既に肩の上で待機中。

 軽くストレッチをしてから、まっすぐ前を睨み付ける。


「じゃあ、行くぞ」


 久々のハイエルフの本気の走りに、胸ポケットから悲痛な鳴き声が響いたが、聞こえないフリをした。



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