第128話 アンハイムダンジョン 2

 

 四階層の平原フロアに棲息する大蜥蜴おおとかげは岩に擬態しているため、視認しにくい。

 が、俺とコテツには【気配察知】スキルがあるので、遠方からの魔法攻撃であっさりと倒せた。

 ダンジョンなので、火力の強い魔法をぶつけて四散させてもドロップアイテムが手に入るので、むしろ楽な方だと思う。

 ダンジョン外の魔獣や魔物は過剰に攻撃すると素材や肉が台無しになるので。

 ちなみにドロップアイテムは魔石と皮、たまに肉を落としてくれた。


「トーマさん、お肉! お肉ですよっ!」

「あーそうだな。肉が出ちゃったなぁ」

「残念ながら尻尾じゃなくて、手足のお肉みたいですけど」

「うわぁ……」


 笑顔のシェラが差し出してくれたのは、ほぼワニの前脚。

 鋭い爪や皮もそのままで、ぶつ切りにされた状態なため、ピンク色の肉が生々しい。

 シェラはお肉だと喜んでいるが、俺からしたら、あまり食べたくない──というか調理さえしたくないドロップアイテムだった。


「そういや、都内のジビエ料理店でワニ肉もメニューに載っていたなぁ……」


 鹿、イノシシにエゾシカ、熊の肉などはまだしも、ワニやカンガルーには驚かされた。

 山羊刺しにカンガルーのケバブ、ダチョウのヒレステーキもインパクトがあったが、原型を留めていないため、意外と美味しく食べられそうだなと思った記憶がある。

 だが、ワニのハンドステーキ。あれは注文する勇気を持てなかった。

 大蜥蜴の前脚──手羽、だっけ? ドロップした肉をそっと鑑定してみる。


「低脂肪、高タンパク、低カロリーのヘルシーな肉。上質なコラーゲンを含む」


 うん、とってもヘルシーな良いお肉だ。

 これが普通のブロック肉なら躊躇なく調理して食べていたかもしれないが、あいにく大蜥蜴の手羽である。

 クロコダイルそっくりの皮付き、三本指に鋭い爪付きのワイルドなお肉なのだ。


「よく分からないですけど、綺麗で美味しそうなお肉です! 毒はないんですよね?」

「毒はないなぁ……残念ながら…」

「? 毒がないなら食べられます! お昼に食べちゃいましょう、せっかくですし!」

「ニャッ」

「嘘だろ……コテツ、お前もか……」


 乗り気なのは、シェラだけではなかったようで。可愛い愛猫におねだりされて、俺は早々に白旗を掲げた。


「分かった。昼飯にワニ、じゃない……大蜥蜴の料理を作ってやる」

「やったー! 楽しみですね、てっちゃん!」

「にゃーん」


 それから先は無心で大蜥蜴を倒していった。

 ワニ皮ならぬ大蜥蜴の皮は人気な素材のため、買取り額は悪くないらしい。

 買取りポイントも高いと嬉しいのだが。


「お肉はあんまりドロップしないんですね」

「そうだな。十匹倒して、一つ肉を落とすくらいの割合みたいだ」


 残念そうなシェラとは裏腹に、その割合に胸を撫で下ろす俺。

 とはいえ、四階層はそれなりの広さがあるエリアらしく、大蜥蜴の手羽はきっちり三つドロップした。



◆◇◆



 五階層は砂丘広がるフィールドで、サンドアルマジロが出没した。

 名前の通り、大型のアルマジロの魔獣で防御体勢を取られると倒しにくいと評判だ。

 くるんと丸まった姿は愛嬌があって可愛らしいが、その球体のままでこちらに転がって攻撃してくるのは厄介だった。

 とはいえ、固い背中ではなく柔らかな腹部分を狙えば狩りやすいので、これも遠方から攻撃した。

 シェラの弓の腕前はますます上達し、風魔法の補助のおかげで威力も精度も素晴らしく、ほぼ百発百中だ。

 俺とコテツも風の魔法でさくさくアルマジロを倒していった。

 幸い、サンドアルマジロは肉をドロップしなかったので安堵したのは内緒である。

 土属性の魔石と皮をドロップした。



 六階層は森林フィールドで、ワイルドウルフの縄張りだった。

 オオカミたちは群れで襲ってくるが、これも二人と一匹で蹴散らした。

 ドロップするのは魔石と毛皮、牙。

 魔石や毛皮はともかく、牙はあまり使い道がないらしく、買取り額は期待できそうになかった。


「毛皮は人気らしいな」

「冬に大活躍ですからね。寝床に敷き詰めると暖かいんです」


 冒険者ギルドが運営する宿泊所でも良く使われているようだ。

 冷え込む冬には絨毯代わりにも使うらしく、それなりに重宝されていた。


「なら、たくさん狩っておこう」

「はい! 稼ぎ時です!」


 向こうから集団で襲ってくるため、探しに行く手間を掛けないで済むのが良い。

 七階層へ続く転移扉に到着するまでに、ワイルドウルフもかなりの数を狩ることが出来た。


「ここで休憩ですか?」

「ああ、ちょうど良い時間だし、ここで飯にしよう」


 転移扉の周辺はセーフティエリアになっている。十メートル四方は魔獣が近寄れないため、安心して休むことが出来た。

 ダンジョンに通い慣れた冒険者たちはもっと下層に挑んでいるため、俺たちの他には四人組のパーティが一組いるだけだった。

 こちらを見つめてくる連中に、一応軽く会釈をしておき、少し離れた場所で昼食にすることにした。


「大蜥蜴のお肉楽しみです」

「忘れてなかったかー……」


 残念だが、やはりここで調理をせねばならないらしい。

 例の冒険者グループの視線が気になるが、どうせこの先も自炊はするつもりなので、自重するのはやめておこう。

 まずは調理用のテーブルと魔道コンロを【アイテムボックス】から取り出した。

 ざわっ、と息を呑む気配を複数感じたが、無視してフライパンや皿、調味料を用意する。

 本当は炊き立ての米が食べたかったが、時間が掛かるので諦めた。

 コンビニショップで買っておいた食パンを添えて食おう。


「シンプルにステーキにするか? いや、やはりここは揚げ物だな。揚げると、大抵の肉は食えるようになる」


 深めのフライパンがあるので、揚げ焼きにすることにした。

 大蜥蜴の手羽は念のために浄化魔法クリーンで綺麗にしておき、すりおろしたニンニクと生姜醤油で漬け込んで揉んでおく。

 汁気を切って、片栗粉をまぶしてカラリと揚げるだけなので簡単だ。

 いちばん大きなフライパンに押し込んで、じっくりと油で揚げ焼きにしていく。

 両面をきつね色になるまで火を通せば完成だ。


 付け合わせはキャベツの千切りに茹で野菜とトマトの串切り。シンプルが一番。

 我ながら良い色に揚げることが出来たと自画自賛しながら、調理器具を片付けたテーブルで昼食を取ることにした。

 大蜥蜴の手羽はかなりデカい。

 折り畳んで、どうにかフライパンに押し込めたが、人の頭二つ分くらいの大きさだ。

 お上品にナイフとフォークで切り分けて食べるよりも、手づかみの方が良い。


「いい匂いです」

「好みでレモンを絞るといいぞ」

「私はそのままでいきます!」

「うん……どうぞ召し上がれ」

「いただきます!」


 清楚で可憐な外見のシェラだが、中身はサバイバル慣れした異世界冒険者。

 ワイルドに大蜥蜴の手羽をつかむと、がぶりと豪快に齧り付いた。

 ザクザク、と小気味良い音を響かせながら、大蜥蜴の竜田揚げを幸せそうな表情で堪能している。


「んー! 美味しいですっ! お肉は脂身が少ないですけど、柔らかくって食べやすいです」

「そうか。美味いなら良かった」

「ウミャイ」


 コテツもさっそく肉に齧り付いている。

 自分よりもデカい肉に果敢に挑戦する姿はさすが猫サマ。ワイルドかわいい。


「良し、食うか」


 衣のおかげで、ワニ皮は目立たない。

 念のために爪と指先は切り落としておいたので、見た目的にはそれほど気にならなくなっている。

 異世界に転生して、オーク肉だって美味しく食べているのだ。大蜥蜴なんて、鶏肉みたいなものだと言い聞かせながら口を開いた。

 勢い込んで、がぶりと竜田揚げに食いつく。

 じゅわりと衣の油と肉汁が口の中いっぱいに広がった。

 

「ササミっぽいイメージだったけど、どちらかといえば鶏の胸肉だな」


 しかも、かなり柔らかい。

 ニンニク醤油がしっかり染み込んでいるから、味も美味しい。

 サクサクと夢中で食べ進めていくと、鑑定にあったコラーゲン部分に到達したようだ。


「なんだ、これ。めちゃくちゃ美味いな?」


 料亭で食べたスッポンの肉に近い食感だ。

 ぷるぷるしたゼラチン質っぽい部分は噛み締めると旨味がじゅわっと溢れ出す。

 気が付いたら、いつの間にか皿には骨だけが残されていた。


「異世界の大蜥蜴、めちゃくちゃ美味かった……」


 新しい扉を開いた瞬間だった。


 


◆◆◆


更新が遅くなりました。すみません…!

風邪薬眠いです…( ˘ω˘)スヤァ


◆◆◆

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