第127話 アンハイムダンジョン 1


 アンハイムダンジョンは街の端、大森林側にその入り口がある。

 ある日、地面に大穴が開いてダンジョンが発生したそうで、当時の領主が入り口である大穴を囲い、冒険者ギルドの建物を上に据えたらしい。

 そのため、アンハイムの街の冒険者ギルドは圧倒されるほどに大きい。


 早朝、しっかりと朝食を堪能して二人と一匹は冒険者ギルドを訪れていた。

 昨日の内に下見はしておいたが、人が多すぎて早々に撤収したため、興味深く周囲を観察する。


(この世界に転生して、ここまでの大きさの建物は初めて見たな)


 ダンジョンの上に建つギルドは煉瓦作りのしっかりとした造形で、何と四階建てだ。

 敷地面積もかなり広く、大勢の冒険者が集まっているが、まだまだ余裕はありそうに見える。

 一階は依頼受付の専門部署で、壁一面に依頼票が貼られていた。

 二階は事務所兼、登録用の受付部署。冒険者を希望した者がまず訪れる場所だ。

 三階には食堂と売店がある。食堂はアルコールが禁止されているため、治安は悪くないと聞いてホッとしている。

 売店は武器や防具の他にも、野営用の道具や雑貨類、携帯用の食料などが売られていた。


「四階が冒険者専用の宿泊所か。大部屋のみで素泊まり一泊銅貨五枚。微妙に高いな」


 眉を顰めて値段表を眺めていると、シェラにも同意された。


「アンハイムの街は宿が少ないから、他所よりも宿代は高いようですね」


 大部屋食事風呂なしの部屋、日本円で五千円はそれでも良心的なお値段の方らしい。

 しみじみと、商業ギルドで土地を借りて良かったと思う。

 受付の女性スタッフに聞き出したシェラが奥の方を指差して教えてくれた。


「買取り場所は裏の解体場所兼倉庫へ直接行くみたいですね。ダンジョンから出てすぐの場所だそうです」

「合理的だな。昨日も少し見たけど、一応依頼票を確認しておくか」

「はい!」


 人混みをすり抜けて、掲示板に向かう。

 木造の壁一面に様々な依頼が貼り付けられている様は圧巻だ。


「薬草採取依頼、希少な素材の買取り希望。お、魔道具の高額買取まである」

「どれも二十階層より下のフィールドですね」

「だな。俺たちは初めてのダンジョンだし、一階層からコツコツと頑張るしかないな」

「そうですね。『転移』が使えるようになるのは十階層以下みたいですし、そこを目指しますか?」

「ん、低階層は突っ切って行こう」


 十階層のフロアボスを倒せば、アンハイムダンジョン限定の『転移用バングル』がドロップする。

 このバングルを身に付けておけば、踏破したフロアの好きなフィールドに転移が出来るのだ。

 今のところ、野営なしの日帰りを予定しているため、まずはこの魔道具を手に入れたい。

 

「初ダンジョンでは受けられそうな依頼もないし、素材の買取りだけしてもらうか」

「そうですね。トーマさんはポイント? っていうのに変えるんでしたっけ」

「ああ。スキルのショップで使える大事なポイントだからな」


 それは大事、とコテツも真顔で頷いている。日本製の猫オヤツは召喚魔法ネット通販でしか手に入らないからな。

 シェラも真剣な表情で「とっても大事ですね、ポイント」と呟いている。こちらも日本製お菓子やアイスの虜ならではのセリフだ。


「気兼ねなく買い物が出来るように、しばらく真面目に働こう」

「そうですね。オリヴェートでサハギン狩りと貝掘りを頑張ったから、今のところお金に余裕はありますし」

「シェラが倒した魔獣はポイントにならないから、そっちはギルドで売ればいいぞ」

「……いいんです?」

「もちろん」


 コテツが倒した場合は、従魔だからかポイントになる。

 本猫ほんにゃんがショップでの買い物に使いたいと訴えてくるので、ありがたくポイントに変えさせてもらっていた。

 むむ、とシェラはしばらく悩んだ後で「じゃあ、いつものようにお金を払うので、代理でお買い物をお願いします!」と、笑顔で宣言してきた。


「分かった。じゃあ、取り分についての話し合いもついたし、そろそろ行くか」

「はい!」


 いつものように肩にコテツを乗せて、ダンジョンの入り口に向かう。

 氾濫スタンピード対策なのだろう。地下への入り口は頑丈そうな石塀に囲まれており、階段の前ではギルドの職員が冒険者たちのランクをチェックしている。

 ギルドの会員証であるタグを見せて、つつがなく通り抜けることが出来た。

 ちらりと肩の上のコテツを一瞥されたけれど、「従魔だ」と告げれば、特に文句もなくスルーしてくれた。


(まぁ、ダンジョンに普通の子猫を連れて行くわけがないしな)


 普通の猫ならば、ダンジョンの気配に怯えて近寄ることさえないだろう。

 大森林内のダンジョンで散々鍛えられたコテツが、今更中級アンハイムダンジョンを恐れることはない。


「ニャー!(狩るぞ!)」


 何なら、ものすごくやる気に満ち溢れ、やたらと好戦的に鳴いているくらいだが。


「お手柔らかに、な?」

「んにゃ?」


 こっそり囁くと、こてんと首を傾げられてしまった。かわいいが過ぎる。



◆◇◆



 一階層はスライムのいる岩窟。二階層はホーンラビットが駆け回る草原フィールド。三階層はワイルドフォックスが潜む山林だった。

 どこも駆け足で通り抜け、向かってくる魔獣だけを倒していく。

 低階層の魔獣のドロップアイテムは買取り金額はもちろん、ポイントとしてもあまり期待は出来ないので、なるべく時間を掛けずに駆け抜けた。


「ダンジョンって不思議ですね。倒した獲物が素材になるなんて」

「解体の手間が省けるのはありがたいけどな」

「それは本当にありがたいです。今はトーマさんからお借りしているマジックバッグがあるけど、普通の背嚢リュックしか無ければ、持ち帰るのが大変でした」


 スライムの魔石に初級ポーション、ホーンラビットは魔石と肉、ワイルドフォックスは魔石と毛皮をドロップする。

 これがダンジョンの外で倒した魔獣だったなら、剥ぎ取りと運搬の労力に悲鳴を上げたことだろう。

 

「トーマさんは【アイテムボックス】があるから、気にせず丸々持ち帰っていましたけど。普通なら魔石と剥いだ毛皮だけ持ち帰りで、肉は泣く泣く捨てて帰ったと思います」


 シェラなら、捨てずにその場で焼いて食べそうだが。


「ドロップアイテムだと、取捨選択に迷わなくて済むのはいいかもな」


 魔石は小さくて軽いので持ち帰りしやすい。毛皮も綺麗に鞣された状態でドロップするので、背嚢リュックに放り込んでも臭くない。

 肉は中型サイズまでの魔獣だと、大抵が1キロほどの枝肉をドロップする。

 持ち帰るか、その日の食材として使うか。或いは、捨てて帰るかを選べば良い。


「私はもったいないから、頑張って持ち帰るか、食べちゃいますけどね!」

「それでこそシェラ。だけど、今回の肉はギルドに売ろう。もっと良い肉の在庫はたっぷりとあるし」

「もっと良いお肉……」

「脂が特別に甘いと評判のフォレストボア肉に、安心美味なオーク肉。ブラックブルの霜降り肉は絶品だぞー?」

「売ります」


 判断が早いのはシェラの良いところだと思う。

 迷いなく頷いた少女のために、今夜の肉料理は奮発しよう。


「さて、四階層は何が出るかな」


 昼までには六階層に辿り着いていたい。

 五階層までは鉄級アイアンランクの冒険者たちの狩り場らしく、人目が気になって仕方がないので。


「お、次のフロアは平原だな。【気配察知】スキルによると、地面にうじゃうじゃといるみたいだ」

「大蜥蜴の魔獣ですね。……美味しいんでしょうか?」


 真剣な表情で大蜥蜴を睨み付けている少女に、おそるおそる尋ねた。


「……食うの?」

「蜥蜴の尻尾のお肉は珍味だと聞いたことがあったので気になって……」


 えへへ、と可憐に笑う肉食美少女。

 尻尾の肉……ササミっぽいのか? 確かに、ちょっとだけ気にはなるが。


「料理するのは俺になるんだよな……?」

「えへへへ?」

「…………」


 同情するように、コテツが小さく「ナーン」と鳴いた。

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