第126話 引越し祝い
今日の内に、新しく購入した『二階建てコテージ』に家具などの荷物を移動させることにした。
商業ギルドの不動産部門から借りてある土地は広いので、コテージの横にタイニーハウス やコンテナハウスを置いても、まだ余裕があった。
一応、結界と認識阻害の効果はあるが、誰かに見られることを恐れて、急いで作業する。
コンテナハウスに設置していたベッドや収納用の棚やソファ。ダイニングテーブルセットにコテツ用のキャットタワーも【アイテムボックス】に回収していく。
せっかくなので、本棚の中身や娯楽用のゲームなども持っていくことにした。
「レイの部屋のコンテナの中身は触らない方がいいな。合流してから、アイツに任せよう」
大型家具類はコンテナハウスから、タイニーハウス からはキッチン用品や生活用の雑貨、調味料セットなどを回収する。
もちろん、コテツお気に入りの低反発な『人も猫もドラゴンもダメにする』クッションソファも収納した。
「よし。足りない物があったら、また回収することにして、とりあえずはコンテナハウスとタイニーハウスは庭から撤去!」
片端から収納したので、後できちんと仕分けが必要だが、我ながら頑張ったと思う。
二階建てコテージの、まずはリビングから整えていくことにした。
◆◇◆
「うん、我ながら良い感じじゃないか?」
「とっても居心地が良さそうになりました!」
「ニャッ」
腰に手を当てて、満足そうに室内を見渡す。
召喚したばかりのコテージの中は何もなく、寒々しい光景だったが、ソファセットを置き、ふかふかのラグを敷いただけで、快適そうなリビングに早変わりだ。
壁際にはコテツお気に入りのキャットタワーを設置してある。
ちなみに、せっかく手に入れたコテージなので、シェラには土足厳禁を説明した。
日本人仕様なのか、ちゃんと玄関があり、シューズボックスもあったので活用している。
スリッパは百円ショップで購入した安物。
ちょうど合うサイズのなかったカーテンと一緒に、ダンジョンでポイントを稼いで、もう少し良い物を揃えたい。
「キッチンは時間が掛かりそうだから、先にシェラの部屋の家具を出そう」
「ありがとうございます!」
タイニーハウスでも狭いながらに自分の部屋を持っていたシェラは笑顔で頷いている。
二階に上がり、奥の部屋へ。
俺の寝室は階段で上がったすぐの部屋を選んである。シェラは防犯と自衛を兼ねて、一番奥が彼女の寝室だ。
「どうぞ」
「ん。家具の配置だけ指示してくれたら、出していくから」
「はい! じゃあ、ベッドはここの壁際にお願いしますっ」
シェラが指差す先に黙々と家具や荷物を並べていく。タイニーハウスで使っていたベッドと収納用のクローゼット。それと、多少の着替えや雑貨類を入れた木製の箱を取り出すと、それで終了だ。
ソファや机、女の子らしい化粧台などは皆無で、何となく殺風景な部屋だ。
「……ポイントを稼いで、綺麗な色のカーテンとか、ふかふかのクッションを買おう」
「? はい! 頑張りましょうねっ」
もっとも、生まれてから今が一番の物持ちであるシェラは充分満足しているようで、俺の言葉に不思議そうに微笑んでいた。
「細かい片付けは後で頼む。先にトイレとバスルームを使いやすいようにしよう」
「それは大事ですね。特にトイレ」
頷き合って、そのまま二階のトイレへ向かう。
トイレとバスルームは隣り合わせで、ちょうど二階の真ん中にあった。
まずはトイレに入り、トイレットペーパーや消臭スプレーを設置する。中に手洗いシンクもあったので、ハンドソープとタオルも置いておく。
次はバスルームだ。扉を開けると、洗面台と脱衣所があり、その奥にバスタブが置かれてあった。間にガラスの仕切り扉がある。
洗面所にはそれぞれの歯磨きセット、ハンドタオルを置いた。
脱衣所の壁には木製の収納棚があったので、バスタオルを畳んで入れておく。
バスタブの手前に、ワゴン棚を出してみる。シャンプーリンスにトリートメント、ボディソープを並べて置いた。
「じゃあ、次はキッチンとダイニングですね。一番大変そうです……」
「だなー。まぁ、ざっと片付けておいて、おいおい使いやすいように移動させれば良いんじゃないかな」
「ですね。まぁ、トーマさんが使いやすい配置が一番ですから!」
「ナチュラルに料理担当を押し付けてきたな。まぁ良いけど」
「えへへ。だって、トーマさんのご飯が世界一美味しいから」
「褒めてもチョコバーしか出ないぞ?」
「チョコバー! えっと、えっと、トーマさんは優しいし綺麗だし、お母さんみたいで、とっても素敵ですっ?」
「褒めるの下手すぎだろ」
呆れつつ、お駄賃代わりのチョコレート菓子を手渡してやる。
優しくてかっこいいお兄さんではなく、優しくて綺麗なお母さん枠な俺っていったい……と、ちょっとだけショックを受けているのは内緒だ。
◆◇◆
夕方になるまでに、回収した家具類の移動は完了した。
【アイテムボックス】のおかげで、力仕事はほぼ皆無だったが、地味に疲れた。
自室は後でのんびり片付けようと思う。
「いっぱい働いたから、お腹が空いたです……」
「にゃうん……」
リビングのソファで伸びる、少女と猫を呆れたように見やった。
「いや、コテツは何もしてないだろ」
むしろ、片付けの邪魔ばかりして遊んでいたような。
なんのこと? って上目遣いで見上げてきても騙されないが、……可愛いな。
ふかふかのお腹を無防備に差し出されたら、とりあえず吸っておくのが正しい猫飼いの姿だと思う。ふぅ。
「トーマさんは相変わらずですね……」
「シェラはシマエナガ姿になりたいって?」
にこりと笑うと、ヒッと怯えられてしまった。
一度だけ、ふわっふわのシマエナガに魅了されて、両手で包み込むようにして匂いを嗅いでしまったことが、どうやらトラウマになっているようだ。ごめんなさい。
コンビニの高級アイスセットを進呈して、示談は済んでいる。
シェラ(シマエナガ)さんチョロいです。
(逆に考えれば、高級アイスを渡せば、またシマエナガを吸える……?)
森の天使と名高い、愛らしい小鳥を愛でられるなら、残り少ないポイントを注ぎ込んでも惜しくはないかもしれない。
不埒な考えを読んだのか、コテツが俺の頬に猫パンチを繰り出してきた。ほんと、ごめんなさい。
「んんっ。とりあえず、飯にするか」
「お祝いですね! 新しいお家の」
「そうだな。せっかくだから、蕎麦にしよう」
「そば……?」
そう言えば、シェラには麺類を出したことがない気がする。かけ蕎麦やざる蕎麦だと、肉食女子なシェラはガッカリしそうだ。
「あ、そう言えば。大森林で獲った肉があったな」
丸々と肥えた、美味しそうなカモを弓の練習がてら何羽か手に入れていたことを思い出す。
「よし、今夜はカモ南蛮蕎麦を食おう」
蕎麦を茹でるのは面倒なので、百円ショップで大量に買い占めてあったストックから、カップ麺を三つ用意する。
魔道コンロでお湯を沸かしている間に、【アイテムボックス】から取り出したカモ肉を薄くスライスしていく。
フライパンにごま油を引いて、カモ肉を丁寧に焼く。好みで塩胡椒を少々。
「ふわぁ……良い匂い……」
すん、と鼻を鳴らしたシェラがうっとりと瞳を細める。コテツはカモ肉の匂いが堪らないらしく、足元に擦り寄って甘えてきた。
「ごあーん」
「ちゃんとお前にもやるから、待ってろ」
あまり強火で焼き過ぎると、鶏肉は硬くなる。弱火でじっくり焼いたカモ肉はカップ蕎麦にトッピング。ここに刻んだネギをたっぷりと添えて完成だ。
「めちゃくちゃ手抜きのカモ南蛮引越し蕎麦だ。食おうぜ」
「いただきます!」
「なっ!」
企業努力が重ねられたカップ麺の出汁は疲れた身には沁みるほど美味い。
大森林産のカモ肉も脂がのっており、滋味豊かだ。ごま油の風味がきいていて、香りもとても良い。
初めての麺料理をおっかなびっくり口にしていたシェラだが、今は笑顔で出汁を飲んでいる。カモ肉はとっくにお腹の中に消えたようだ。
食後はコンビニデザートのスイートポテトを味わって食べた。
明日は、アンハイムダンジョンに初挑戦するため、早めに休むことにした。
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