第123話 人は堕落するイキモノ、らしい
「マジックバッグ、ものすごーく便利ですね……」
シェラがぽつりとつぶやく。
そうだろうとも、と頷きながら昼食のサンドイッチを手渡してやる。
「ありがとうございます。美味しそう」
「美味いぞ。今日のは焼肉サンドイッチだ」
フライパンにバターを引いて、ボアの薄切り肉に焼き肉のタレを絡めて焼いた具材なため、肉食女子なシェラが大喜びするのは間違いない。
食パンはきつね色に焼き上げて、辛子マヨを薄く塗り、キャベツの千切りも肉と一緒に挟んである。
ボリュームもあって、何より濃い味付けで食がすすむ。
スープはインスタントのパンプキンスープをマグカップで楽しんだ。
「甘辛いタレが絡んだお肉がとっても美味しいです。ピリっとしたソースも後を引きますね!」
たっぷりと具材を挟んだサンドイッチなため、シェラは大きく口を開いてかぶりついている。
幸せそうに瞳を細めながら、味わって食べる姿は相変わらず見ていて気持ちが良かった。
つい、もっと食え、とおかわりを差し出したくなってしまうというもの。
小さく一口サイズに切り分けてやったサンドイッチをコテツもうっとりと噛み締めている。
はくはく、と小さな口を上下させ、ピンク色の舌で口元を舐め取る様も愛らしい。
分厚いサンドイッチをぺろりと平らげると、スープも一息に飲み干した。
マグカップには
ちなみに、ここは街道沿いの休憩場だ。
海の街オリヴェートを発って、三日ほど北に向かった場所である。
馬車や馬を使わずに、二人と一匹は徒歩で次の目的地を目指していた。
乗り合い馬車を使うと、基本は野宿か、よくて途中の村の宿に泊まることになる。
徒歩での旅も悪くないものだ。
シェラの体力作りとして、ちょうど良い運動になるし、馬車よりも魔獣とかち合いやすいので、レベル上げも期待できる。
何より、街道から逸れて人気のない森の中や岩陰にタイニーハウスを設置して、快適な一夜が過ごせるのだ。
のんびり風呂を楽しみ、日本の調味料を使った美味しい食事も存分に味わえる。
清潔で寝心地の良いベッドが最高過ぎて、今後街の宿に我慢できるか、不安を覚えたほど。
「目的地の街までは、あと二日ってところかな。良い宿があるといいんだけど……」
「トーマさん、諦めましょう。あのコテージほど良いお部屋はないと思います。たとえ、大きなダンジョンのある街の高級宿でも」
焼肉サンドイッチを二人前、綺麗に完食したシェラが憐れむような視線を向けてくる。
ふぅ、とため息を吐きながら、やれやれと肩を竦めるシェラに向かい、平坦な声で指摘する。
「口元にパン屑ついてるぞ」
「はっ……!」
慌てて口元を手の甲で拭っているが、もう遅い。うん、シェラにクールキャラは無理だな。これまで通りのドジっ子でいたら良いと思う。
「ううう……トーマさん…。人は堕落するイキモノなんです……」
「ん? なんだ、突然?」
「快適さを覚えちゃったら、もうそれを手放せないんですよ……。コテージしかり、マジックバッグしかり!」
きゅっと拳を握り締めて、力説されてしまう。うん、まぁ、そうかも?
「冒険者として、最低限の装備は自力で責任を持つつもりでいたんですが」
「うん」
「マジックバッグ、あれ便利すぎません?? もう二度と重くて邪魔な
「だよなー」
キャラメル色のショルダー型のマジックバッグはすっかりシェラの愛用品だ。
肩から斜め掛けにすれば、無手で歩けるので、とても便利なのだ。
背に弓を負い、腰には短剣を差した軽装備だと、普段の倍は足取りも軽い。
「そのマジックバッグは貸しているだけだから、ダンジョンでドロップすると良いな。自分用の収納袋」
本当は進呈しても良いのだが、それがとんでもなく高額なことを知っているシェラは決して受け取ろうとはしないだろう。
なので、これは『貸し』にしている。
「大森林の手前にある、大陸の端のダンジョン。魔道具のドロップ率が高いと聞いているので、頑張ります!」
やる気のシェラは、つい先頃まで、てのひらサイズのシマエナガ姿で震えていた時の面影は全くない。
貸してやった魔道武器の弓を使い、コツコツと魔獣を狩ってレベルを上げたシェラは冒険者として目まぐるしく成長している。
レベルが50を越えたところで、ステータスも以前の10倍以上に上昇しているし、魔力量も大幅に増えた。
おかげで最近は風魔法の威力も強くなり、ワイルドボア程度なら、
獲物を余裕を持って倒せるようになったため、余計にマジックバッグのありがたみを実感したのだろう。
魔獣は肉に皮に魔石、爪やツノ、牙などの素材が取れる。
どれも冒険者ギルドに買い取ってもらえる、大事な商品なのだ。
「お肉は私たちのご飯にするとして、他の素材も捨てることなく持って行けるのは、本当にありがたいことです!」
荷物になる場合、せっかく倒した魔獣の魔石しか持って帰れないこともあるのだ。
肉はその場で食べて、残りは惜しいが捨てて行くしかない。毛皮を
きちんと処理を済ませていない毛皮は血や肉がこびりついており、不衛生な上、とにかく臭いのだ。
ツノや牙、爪などの素材も魔獣の肉体の一部なため、毛皮同様に【生活魔法】の浄化スキルがなければ、そのキツい匂いに耐えながら持ち帰る必要がある。
「大鹿の魔獣のツノや大猪の魔獣の牙は嵩張るから、収納スキルやマジックバッグ持ちじゃなければ、持ち帰るのが大変ですからね」
どちらの素材も錬金スキルで武器を強化するのに使われるため、買取額は悪くないのだとシェラに教えてもらった。
魔石だけでなく、大量の肉に毛皮やその他の有用な素材も余すことなく持ち帰ることができるようになったため、シェラはマジックバッグを崇める勢いで大事にしている。
従弟たちには譲ってもらったお礼をあらためて伝えておこうと思った。
(コンビニの新作アイスを奢ってやろう。からあげの新味の方が喜ぶかな?)
コンビニショップは毎日細かくチェックしていないと、商品の入れ替わりがとんでもなく早いのだ。
気に入った商品があっても、すぐに終売してしまう可能性があるため、なるべく大量に買い溜めをする癖がついてしまった。
「まぁ、便利な物は大事にありがたく使っておけば良いんだよ」
「そうですね! ダンジョンでドロップしなかったとしても、素材を売り払って貯めたお金で買えば良いんですし!」
「そうそう。じゃあ、方針も決まったところで出発するか。夕方まで休憩なしで突っ切るぞ」
「ええっ⁉︎ オヤツ休憩は欲しいですっ!」
「ニャッ」
こくこくと頷く子猫と小鳥もとい、シェラの姿に仕方ないなぁ、とため息を吐く。
「まぁ、【身体強化】スキルを使って走ると、腹が減るしな。仕方ないか」
「やったぁ!」
無邪気に喜ぶ一人と一匹を急かして、先を目指す。
黄金竜レイとの待ち合わせ場所は、中級ダンジョンのある街、アンハイム。
どんな魔道具が手に入るのか、今から楽しみだった。
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