第121話〈幕間〉勇者たち 2


 レアドロップアイテムの『携帯用ミニハウス』を手にした三人は急遽、お買い物会議を開いた。

 機能的で清潔な拠点が手に入った今、いかにして快適に気持ち良く暮らせるかが、この買い物に掛かっているのだ。


「……で、トーマにぃはマジックバッグ支払いをOKしてくれたのか?」


 頼れる従兄のチートスキル【召喚魔法ネット通販】での買い物は、基本的にはこの世界での貨幣で支払っていたのだが、旅に出て稼ぐ術を覚えた彼は金銭よりも物々交換を希望してきた。

 そのため、最近の支払いはダンジョンでドロップした魔道具や魔道武器などでお願いしている。

 気を遣ってくれたんだろうな、と春人はるとは感謝していたが。


「さすがに今回は買い物の費用もデカくなるからなぁ……」

「マジックバッグの性能を伝えたら、快諾して貰えたぞ」

「マジかよ、アキ! やったな!」


 笑顔の従兄に背を叩かれて、秋生あきみは迷惑そうに眉を寄せる。


「お前の馬鹿力だと怪我をするから、やめろ」

「悪ぃな。いや、それにしても助かったな。さすが、トーマ兄。ツンデレのかがみだぜ」

「うるさいわよ、バカ兄」


 妹の夏希なつきに睨まれて、春人はしおしおと項垂れる。

 しっかりした性格の少女は真剣な表情でノートに何かを書き出していた。

 

「それは?」

「欲しい家具のリストよ。まずは自室用。あとはトイレとお風呂、洗面台用の備品もついでに頼みたいし」

「なら、俺はキッチンを充実させるためのリストを作ろう」

「だったら俺はリビングの──」

「ハルは自分の部屋に欲しい物を考えておけ。リビングは共有部分だから、皆で決めよう」

「分かった。オレ、信用されてねぇな……」


 肩を落として、春人はおとなしく自分用の買い物リストの作成に取り掛かる。

 ダンジョンからドロップした、このミニハウスは3LDK。外観はオシャレなログハウス風だ。

 三部屋あるので、それぞれ自室が持てるのはありがたい。広さは六畳間ほど。

 あいにくクローゼットはないが、自分たちには【アイテムボックス】があるので、荷物の心配は要らない。


「文字通り、オレの城になるわけか」


 自由に出来るのはたったの六畳間ほどの広さだけだが、充分だ。

 部屋の床はフローリング。壁には小さな窓がひとつ付いていて、外の様子が見られる。

 今はダンジョン内なので、あいにく見慣れた洞窟の岩壁しか見えないが。


「窓があるから、カーテンも必要だな。自室では裸足で過ごしたいから、絨毯も欲しい。もちろんメインのキングサイズベッドは譲れない」


 思いつくままにノートに書き殴っていく。

 ベッドに合うサイズの布団のセットも必要だ。快適で安全な室内なら、楽な部屋着も欲しい。

 確か、冬馬が買い物をできる家具ショップには紳士用のパジャマも売っていたはず。


「意外と欲しい物が出てくるもんだな……」


 他の二人のリストが気になって覗き込んでみた。

 みっしりと欲しい物が書き込まれているノートに、春人は少しばかり引いてしまう。


「お前ら、それは欲張り過ぎだろ……」

「全部買ってもらえるとは思っていないわよ? ただ、希望だけは伝えても良いじゃない……。せっかくの私たちの家なんだから」


 拗ねたような上目遣いで睨んでくる妹が可愛い。

 普段はクールな強キャラで通っている夏希が、気の置けない仲間たちの中でだけ、ほんの少し甘えてみせる姿に、兄である自分はとても弱い。

 それは夏希以上にクールなキャラの秋生も同じようで。


「そうだな。ダメ元でリクエストしても良いと思うぞ。トーマのことだから、ナツのお願いは基本的には断らないだろうし」

「だよなー…。何だかんだで、トーマ兄はナツに甘いから」

「ふふん。良いでしょう?」


 嬉しそうに口許を綻ばせながら、夏希が胸を張る。はいはい、と男二人でスルーしてやった。


(照れている、なんて指摘したら、またブチギレそうだしな)


 可愛いけれど怖い妹をあんなにも手懐けた従兄には尊敬の念を覚えた。


「自分用のリストが出来たなら、次はリビングのレイアウトを考えよう」


 仕切り直すのは、秋生が得意。

 ノートの新しいページを開いて、それぞれの意見を纏めていく。

 楽しい時間はあっという間に過ぎていった。



◆◇◆



 スマホの通知音で夏希は目が覚めた。

 深夜まで盛り上がった買い物会議の結果、大量のリストを冬馬に送りつけて、力尽きて眠りについたのだ。

 枕元に無造作に放置していたスマホを手に取って確認する。


「トーマ兄さんからの、メッセージ……」


 買い物リストの件、了解。全部購入したから、【アイテムボックス】に送っておく。


 用件だけの、素っ気ないメッセージだが、その内容を目にして夏希はベッドから飛び起きた。

 使っているのは、以前彼から送ってもらったシンプルなシングルベッドだ。

 だが、今日からは──


「ある! 【アイテムボックス】に夢のお姫さまベッドが!」


 レースのカーテン付きの可愛らしいベッドだ。

 夏希はすぐさまシングルベッドを収納すると、冬馬が送ってくれたダブルサイズの豪華ベッドを【アイテムボックス】から取り出した。

 気を利かせてか、ベッドにはマットレスと布団が既にセットされた状態だった。

 夏希の好みにピッタリの、可愛らしいデザインの枕と布団カバーにうっとりする。

 何よりも嬉しいのが、お姫さまベッドっぽいレースカーテン付きなこと。

 実際には『モスキートネット』という代物らしいが、夏希は気にしない。


(これは蚊帳じゃない。天蓋カーテンよ。レースとフリルがとっても可愛らしい)


 淡い紫色で纏めた部屋にしたくて、冬馬にお願いしていたのだが、想像以上に素晴らしいチョイスだった。

 足元にはパープルカラーのラグマット。カーテンは布団カバーと同じ柄の物だ。

 ラタン調の一人用ソファに置くクッションも柔らかなパープルカラーの花柄で、とても可愛らしい。


「これ! さすが、トーマ兄さん分かってるわね!」


 ベッドの次に夏希が大喜びしたのは、ドレッサーだ。カラーリングはさすがにホワイトだったけれど、デザインが最高だった。


「ヨーロピアン風の、エレガントな猫脚ドレッサー! かっわいいー!」


 引き出しが二つ付いており、メイク道具や基礎化粧品を収納できるのが地味に嬉しい。

 リストには載せていなかったけれど、おまけでコスメボックスも付けてくれていた。これも夏希の好きな淡い紫色で。


「スリッパと部屋着も同系色で揃えてくれてるわね。お礼のメールを送っておかなくちゃ!」


 ウキウキしながら、夏希はさっそく着心地の良さそうな部屋着に着替えた。



◆◇◆



「……うん、良い部屋だな」


 ざっと室内を見渡して、秋生は満足そうに頷いた。

 この部屋だけ見れば、まさかココがファンタジー色の強い異世界だとは誰も思わないだろう。

 モノトーンにブルーを差し色にレイアウトした室内。ダブルベッドにシンプルなシステムデスクがまず目に付く。後は小さいながらも本棚を設置した。

 読書用の一人掛けソファも忘れずにリストに載せておいた。


「好みや趣味を完璧に把握されているのはアレだが、トーマには感謝しなくては」


 過酷な異世界での勇者生活を送る中、唯一落ち着ける『家』なのだ。

 好みのインテリアに囲まれて、ほっと一息つけることが、どれほどに大切な時間か。

 きっと彼は知っていたのだろう。


「さて、自室の片付けは終わったし、次はキッチンか」


 代表して、キッチンやリビングダイニングの家具類は秋生の【アイテムボックス】に送られてきていたので、そちらに向かうことにした。

 二人の部屋からも家具を置く音や嬉しそうな悲鳴が聞こえていたので、そろそろリビングに集合するだろう。


「まずはダイニングテーブルセットだな」


 四人掛けのテーブルと椅子。

 ここにトーマが一緒に座ることが出来るのは、いつなのだろうか、とぼんやりと思った。



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