第120話 リゾート気分で 3


 岩場での魚介類の採取依頼が嫌われているのは、沖から現れるサハギンが原因だ。

 陸地で対峙すれば、そう厄介な相手でもないが、足元の不確かな岩場では不利すぎる。

 幸い、俺はハイエルフ。

 身軽くバランス感覚にも優れているし、何より魔法が得意なため、サハギン程度の魔物は片手間で倒すことが出来た。

 遠距離攻撃が可能なら、討伐もそう難しくはない。実際、シェラも弓を使って七十匹以上のサハギンを倒している。

 こつこつと討伐したおかげで、今やレベルも50に近くなったと嬉しそう。

 魔石と素材を商業ギルドに買い取ってもらい、懐にも余裕が出来て、ほくほくしている。

 最近では、銅貨をそっと差し出してきて、クッキーやチョコレートをショップで購入して欲しいとお願いしてくるまでになった。


「こう言う、ちょっとした……そう、たまの贅沢のために頑張れているのですよ。もぐもぐ…美味しい……」


 ドヤ顔で胸を張りつつ、バタークッキーを夢中で平らげている。頬をぱんぱんにしたリスか。

 とりあえず、食後の歯磨きと食べ過ぎには注意をするように伝えておいた。


 閑話休題それはともかく

 つまり、この海辺で一番危険なのはサハギン。次に大型の肉食魚が挙げられる。

 サメやシャチ、あとは異世界ならではの魔素で変化した異形種の魚だ。奴らは魔獣や魔物と同じく、人に対して攻撃的だ。

 銛そっくりの角が生えた魚にはベテランの漁師でも苦労させられているようで、沖に出るのも大変だと聞いた。

 幸い、浅瀬には大型の魚は滅多に現れない。

 『滅多に』ということは『たまに』現れるということなので、警戒するにこしたことはないだろう。


「そんなわけで作ってみました。安全な海水浴場」

「わぁ……! 海を岩で囲ったんですね。すごいです、コテツさん!」


 褒められて、ふんすと喜ぶ猫をシェラが笑顔で撫でている。平和だ。

 危険な魚が侵入しないように、土魔法や水魔法、ついでに【アイテムボックス】も駆使して即席の海水プールを作ってみた。

 広さは25メートル四方。うん、プールだ。

 水遊びが出来れば良いので、このくらいの大きさでちょうど良い。

 サハギンの侵入予防のために、コテツの精霊魔法で岩を鋭利な状態に尖らせてもらった。

 これをよじ登ろうとすれば、サハギンの手足はズタボロになるだろう。

 念のために砂浜には創造神の加護付きのテントを張っておいたので、危険を感じたら結界まで逃げ込むように説明済み。


「何かあったら、すぐに砂浜方面に駆け込めば、テントの結界がある。これなら、異世界でもリゾート気分を味わえるんじゃないか?」


 砂浜にはビーチパラソルとテーブル、チェアを設置する。テントの側にはタープを張り、その下にチェアベッドを並べてみた。

 クーラーボックスには氷魔法で作った氷をたっぷりと詰めて、ペットボトルを冷やしてある。

 炭酸に味をしめたシェラのためにソーダや炭酸系のジュースを冷やしておく。


「もちろん俺用には、ビール!」


 コンビニショップで購入した瓶入りのクラフトビールだ。シェラではないけれど、この、ちょっとの贅沢が良い。


「さすがに午前中は仕事を頑張らないといけないけど」

「そうですね! 稼ぐのは大事です! おやつを買えなくなってしまいます」

「……そうだな。おやつ買いたいもんな……」


 強くなって自立したいと目を輝かせていた少女はどこへ。

 まぁ、おやつは美味しいから仕方ないか。

 最近はコテツも自力で稼いだ小銭を差し出しては、猫まっしぐらなチュルルを所望してくるし。

 

「じゃあ、稼ぐか。おやつ代の為に」

「はい! おやつ代の為に!」


 シェラは貝掘りに集中し、俺とコテツは岩場に向かう。サハギンを倒しつつ、水魔法で魚を生け捕りにしていく。

 最近は氷魔法を扱えることを商業ギルドに知られてしまったので、手に入れた魚介類は凍らせて【アイテムボックス】に収納してある。

 生け捕りよりも、凍らせた魚の方が長持ちするからと好評なのだ。

 商業ギルドに出向くと、待ってましたとばかりに笑顔で迎えられ、査定と買取後に大量の氷を作らされる毎日が続いている。

 大樽いっぱいの氷を銀貨一枚で買い取って貰えるので、地味に嬉しい臨時収入だ。

 漁師街は水魔法が持て囃されているが、希少な氷魔法の使い手は更に優遇されている。

 おかげで、沖でしか獲れないサーモンやマグロの新鮮な個体を優先的に買わせてもらえたので、ギルドとは今後とも仲良くしようと思う。


「そう、昨日手に入れた魚があるんだ。今日のランチは豪勢にいこう」


 後々の楽しみがあれば、仕事も捗るというもの。

 コテツとふたり、張り切って暴れた結果、大量のサハギン素材と魚介類を手に入れることが出来た。



◆◇◆



 マグロは大物なので、まずはサーモンから調理することにした。

 もともと魚釣りは趣味で楽しんでいたので、ある程度の魚は捌ける。サーモンを捌くのはさすがに初めてだったが、どうにかなるだろう。

 エラに包丁を当て、頭を落として、あとは腹を開いて内臓を取り出す。

 イクラや白子は入っていなくて残念。

 丁寧に三枚におろすと、刺身用に薄く切っていく。


 ちなみにシェラとコテツには即席で作った海水浴場で遊んでもらっている。

 お風呂は好きだが、海で泳ぐことは断固拒否したコテツは砂浜でのんびり散策中。

 シェラは用意してやった水着とラッシュガードを着て、こちらもまったり海に浮かんでいる。

 

「異世界、海や川で遊ぶことが殆どないとはなぁ……」


 黙々と魚を捌きながら、ため息。

 娯楽としての水泳は、少なくともこの地方では存在しないらしい。どうりで海水浴を楽しむ人の姿を見かけたことがないと思った。

 魚獲りの目的以外では、滅多に海に入ることはないのだと、市場で会った漁師から聞いて驚いた。

 魔物がうじゃうじゃいる海や川に、そりゃあ誰も望んで足を踏み入れることはないだろう。


 だから、シェラも泳ぐことは出来なかった。

 水泳は覚えておいても無駄にはならないし、後で教えることにして。

 せっかくの安全な海水浴場なのだ。

 楽しく遊んでもらえるように、召喚魔法ネット通販でビーチボールや浮き輪を購入した。

 使い方を教えてやると、シェラはさっそく浮き輪を使って海に浮かんでいる。

 視線に気付いたシェラがぱっと笑顔を浮かべて、手を振ってきた。


「……楽しんでいるなら、まぁ良いか」


 コテツも小さなカニを追いかけてはしゃいでいるし、何とも平和な光景だ。


(……時々、サハギンの悲鳴がうるさいけど)


 鋭利な岩壁はサハギン避けに大活躍中。

 うるさいから、あいつらは後で仕留めることにして、今は調理に集中しよう。



◆◇◆



 青い空に白い雲。

 寄せては返す波の音が心地良く耳朶を震わせる。

 パラソルとタープのおかげで陽射しは遮れるので、潮風が気持ち良い。


「昼飯の用意が出来たぞ」

「いま、行きます!」

「にゃっ!」


 のんびりと海を堪能する一人と一匹に声を掛けてやると、慌てて寄ってきた。

 コテツがまとめて浄化魔法クリーンを発動し、シェラが律儀にお礼を言う。

 綺麗になったところで、昼食だ。

 エアコンの効いたタイニーハウスの方が快適なのは理解しているけれど、せっかくリゾート気分をと張り切って色々と設置したので、今日はビーチでのランチです。


「シェラが刺身も平気って分かったから、今日は新鮮な魚介料理だ」


 メインは生魚。お刺身ばんざい!

 野菜は大事なので、本日もカルパッチョは用意してある。

 商業ギルドの口利きで手に入れたサーモンカルパッチョは色鮮やかで美しい。

 刺身はサーモンとタイ、アジ。あとは岩場で手に入れた牡蠣とウニも食べやすいように殻を取り、開いてある。

 寿司は丸くシャリを握った、一口サイズの手毬寿司風に。食べやすさと可愛らしさを重視した。


「あとは、海鮮丼だな。俺が食べたいから!」

「ふわぁ……本当に全部、生なんですね……」


 シェラが覗き込む海鮮丼の具材はサーモンとエビ、ウニ、タイ、イカの刺身を載せてある。

 ホタテの貝柱とイクラがないのが寂しいが、ウニは大量に使っているので、かなり豪華な一品だ。


「潜ったら、岩に大量にひっついていたんだよな、ウニ。牡蠣もいっぱいいたけど」

「まさか、真っ黒なトゲトゲが食べられる生き物だとは思いませんでした!」

「見た目はアレだけど、美味いんだよなぁ」


 ちなみに刺身や寿司を載せている皿は全て氷で作ってある。ちょうど良く冷やせて、見栄えも良く、さらに美味しく食べられるので一石二鳥!

 シェラにはフォークとスプーンを手渡し、コテツ用にも取り分けてやって、手を合わせて、いただきます。

 まずは、大好物の生牡蠣から。手に取って、レモンを搾り掛けて、お醤油を数滴垂らす。ちゅる、と音を立てて吸い込むように食べていく。

 濃厚な海の味を口の中いっぱいで味わえて、自然と瞳が細められた。

 

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