第119話 リゾート気分で 2


 久しぶりのパスタをじっくり味わいながら咀嚼する。新鮮な魚介類はもちろん、明太子クリームソースが文句なしに美味しい。

 

「もちもちのパスタも最高だな」


 百円ショップで購入した乾麺を使ったのだが、生麺タイプのパスタが食べたくて、ネットで見かけた裏技を試してみたのだ。


「乾麺のパスタを一時間ほど水に浸しておくだけで良いなんてな」


 そんな簡単なことで? と半信半疑で試してみたのだが、本当にそれだけで乾麺が生麺に変化した。

 もっちりしたパスタとクリームソースが絡み合い、とても美味しい。

 シェラもコテツも明太子クリーム味のシーフードパスタが気に入ったようで、幸せそうに頬張っている。

 

「このソースがとっても美味しいです…! もったいないので、パンにもつけちゃいますよー」


 付け合わせのバゲットで皿を綺麗にして、最後までソースを味わっていたようだ。

 コテツはもちもちの麺を存分に楽しんでいる。

 目を細めて奥歯であぐあぐと噛み締めながら、うっとりと咀嚼していた。


(ネコって、たまに麺やパンがめちゃくちゃ好きな個体がいるけど、うちのコテツは麺好きだったか)


 一本ずつ大事に麺を食べていく姿が可愛らしいので、問題はない。今度は生麺タイプのラーメンを作ってやろうと思う。


「野菜もちゃんと食えよー?」


 クロダイの刺身を使ったカルパッチョ。

 寿司も刺身も好物なコテツは問題なく平らげていたが、シェラは渋々口に運んでいる。

 が、一口食べた途端、目を見開いた。


「……サラダが美味しい、です?」

「なんで疑問形なんだよ。うちの野菜は美味いだろ」

「あ、はい。集落で食べていた野草に比べたら、天と地ほどに違って美味しいですけど。これ……お魚です?」


 フォークに突き刺したタイの刺身をシェラはまじまじと観察している。


「そうだよ。今日獲ったクロダイの切り身を使ったサラダだ。俺の生まれ故郷では新鮮な生魚をこうやって食べることがあってな。……苦手だったら、無理して食べることはないぞ?」


 刺身やカルパッチョは美味いと思っているが、他人に無理強いするつもりはない。


「生のお魚……」

「あ、一応ちゃんと食材は鑑定しているからな? この魚には寄生虫もいなかったし、傷んでもいないから食べるのは大丈夫」


 とは言え、食文化は多様性の最たるもの。

 レアな魚や肉を調理する日本の食はなかなか受け入れがたいものだろう。


(シェラなら、タルタルステーキやユッケは喜んで食いそうだけど……)


 心配そうに見詰める俺の目の前で、シェラはぱくりとフォークに突き刺していたタイを口にした。

 慎重に噛み締めて、じっくり味わっている。

 こくん、と飲み込んだ後、シェラは笑顔を浮かべた。


「美味しいです、生のお魚! 焼いたり煮たお魚よりも好きかもしれません」

「おお……!」


 まさかの発言に嬉しくなった。

 生魚が好きなら、刺身も寿司もメニューに加えることが出来る!

 

 シェラはカルパッチョを綺麗に平らげると、コッコ鳥のスープも飲み干して、大本命のクレープに挑んだ。

 チョコバナナクレープは紙に包んで食べやすいようにしてある。

 

「んー。バナナだけでも美味しいのに、チョコソースまでたっぷりで幸せの味です。美味しい。黄色いクリームもなめらかで甘くて……とろけます…」


 カスタードクリームもお気に召したようだ。

 コンビニショップにはホイップクリームも販売していたので、次はいちごとホイップクリームのクレープを作ってみよう。



◆◇◆



 街の宿を出て、海辺に設置したコテージ暮らしを始めて、あらためて思う。


「タイニーハウス、最高……!」


 エアコンで快適なのはもちろん、清潔なトイレに風呂まで入れる生活は一度味わったら、なかなか手放せない。

 ベッドひとつ取っても、日本の大型家具店で購入した物と、この世界の宿のそれとは雲泥の差だ。

 寝藁ねわらにカバーが掛けられているのなら、まだマシな方で。

 その寝藁自体が長い間取り替えられていない不潔な状態の物も多い。

 幸い、この街の宿は南国なためか。寝藁は敷かれておらず、植物の葉で編まれたハンモックに似た形状の寝台だった。

 耐久性が少しばかり不安だったが、湿気とは無縁なため、虫もおらず、涼を感じられるベッドだったが──


「人の出入りの気配が気になるし、自炊がしにくいのはなぁ……」


 安くて良い宿だったが、早々に退避できて良かったと今は思う。

 気軽に日本産の飲食物を楽しめないのは、やはりストレスになる。

 それに、陽が落ちてからが退屈で仕方なかったのも大きい。

 コンビニショップで本や雑誌を手に入れることが出来るので、最近はもっぱら読書が趣味なのだ。

 この世界の本は未だ羊皮紙に手書きしたものを縫い合わせたレベルの物で、内容も娯楽とは程遠い。

 眠りにつくまでの間、ランタンの灯りの下で読書をする楽しみにすっかりハマってしまっていた。

 シェラも本を見たがっていたので、動物の写真集や絵本を貸してやった。

 日本語は読めないが、絵だけでも物語の雰囲気は掴めるので充分楽しそうにしている。


「この世界の文字の読み書きはシェラにも出来るようだし、平仮名の五十音の対比表でも作ってやるか……」


 きっちり翻訳してやっても良いのだが、どうせなら自力で読めた方が楽しいだろう。

 読書にも飽きれば、黄金竜のレイもハマっていたゲームを貸そうか。


「まずはボードゲームからだな。リバーシも異世界モノではお約束だし、パズルも好きそうだ」


 トランプは文字を覚えてから誘おうと思う。

 二人だけだと寂しいが、うちのコテツは天才なので一緒にゲームを楽しめるのだ。


「娯楽は大事だよな」


 ひとりごちた後、ふと気付いた。

 快適な部屋を満喫し過ぎて、すっかりインドア生活が続いていることに。

 窓の外を眺めると、月明かりに照らされた夜の海が見渡せる。


「せっかく海辺に拠点があるのに、楽しまないと勿体なかったな……。レイと合流するために、ここも移動する予定だし、それまでは海辺の生活を満喫しないと」


 ならば、買い物だろう。

 幸い、最近は大きな買い物はしていないのでポイントには余裕がある。

 大型家具店で商品を検索すると、目当ての物を見つけることができた。

 アウトドア用品を眺めていると、つい欲しくなってしまう。


「今回は、これだ」


 選んだのは、ビーチパラソル。

 カラフルなタイプの物は目立ちすぎるため、ナチュラルデザインの無地の物をカートに放り込む。

 目に付いた物を片端から注文していった。

 少し前からのアウトドアブームのおかげで、畑違いの家具店でもキャンプ用品が大量に扱われている。


「ビーチパラソルを取り付けることの出来るテーブルセットも買いだな。ビーチ用のリクライニングチェアベッドも素晴らしい」


 リクライニングチェアに横たわり、カラフルなフルーツカクテルを楽しむのも楽しそうだ。

 そうすると、カクテルグラスを置くためのミニテーブルも必要だろう。


「リゾートっぽい雑貨も買うべきだな。このクッションとか、それっぽい。お? シンプルで布地面積の広い水着も売っているんだな……」


 女性用の水着はタンキニと呼ばれるタイプの物が売られていた。

 ビキニとタンクトップ、下はショートパンツタイプでオプションにパレオが付いている。

 ちょうどシェラの瞳の色と良く似た、水色の可愛らしい水着セットがあったのでそれを買うことにした。

 日焼け予防のため、パーカータイプのラッシュガードもカートに放り込んでおく。


 紳士用はハーフパンツタイプの水着しかなかったので、Tシャツとラッシュガードと一緒に購入。

 コテツはネコなので水着は不要だが、せっかくなのでビニール製のボートを買ってみた。

 泳ぐのは無理でも、これがあれば潮風と波を楽しめるはずだ。


「後はリゾートビーチっぽい雑貨や食器類を用意すれば良いか」


 海で遊びつつ、冒険者ギルドの依頼をこなしていけば一石二鳥。


「よし、海で遊び倒すぞ、二人とも!」

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