第117話 海辺の家


 海の街での冒険者活動は順調だ。

 サハギンは数は多いが、それほど強くないため、シェラの弓でも充分狩ることが出来る。

 奴らの肉は食べられないけれど、水属性の魔石はそれなりの価格で買い取って貰えるのだ。

 錬金素材として、そのエラも売ることが可能。

 すり潰して粉末状にしたものが高価な軟膏の材料になると聞いた。


 サハギン一匹から採れる魔石とエラは銀貨一枚がその買取り金額になる。

 毎日四時間ほど岩場で釣りや貝掘りを楽しみつつ、襲ってくるサハギンを倒すだけで稼ぐことが出来るのだ。

 

「今日のサハギンは全部で三十二匹か」

「銀貨三十二枚の稼ぎですね。二人で分けても銀貨十六枚の儲けです!」

 

 嬉しそうにシェラが笑う。

 笑いたい気持ちは良く分かる。何せ、少しの労働で得られる金額が大きいので。


 銀貨一枚は日本円だと一万円くらい。

 一日──と言うか、数時間の頑張りで十六万円の稼ぎは美味しすぎる。

 

「サハギン狩り、こんなに美味しい依頼なのに受ける冒険者が少ないのが不思議だよな」

「セリンさんに聞いたところでは、この街の冒険者たちはランクが低い人ばかりなので、サハギン狩りは厳しいそうですよ」


 シェラがこっそり教えてくれた。

 セリンは商業ギルドの従業員で受付を担当している女性だ。

 初日に冒険者ギルドの出張所であることを教えてくれた受付嬢で、水の魔石を毎日納品する俺たちにとても親切にしてくれている。


 やけに愛想が良いと思っていたが、そういう理由だったのか。

 真水の需要が多い、この海の街では水の魔石は必須品だ。

 よそから買い取ると税金や輸送費やらで高額になるから、毎日せっせとサハギンを狩る俺たちはギルドにとっては良い顧客なのだろう。


「それで俺たち以外は誰も岩場に近寄らないのか」


 たまに砂浜で貝を掘る若い冒険者の姿は見かけたが、決して岩場には近寄ってこなかったことを思い出す。


「果樹園で働く方が安全で確実に稼げるから、街の冒険者はそっちに流れていくそうです」

「果樹園を狙うのはディアやボアくらいだもんなぁ……。そりゃ楽そうだ」

「罠を仕掛けて狩るそうですよ。果樹を食べたボアは良く肥えていて、とっても美味しいんですって!」

「だろうなー……」


 シェラのアクアマリン色の瞳がキラキラと期待に輝いている。うっとりと頬を染めながら、どんな味なんだろうお肉…と呟いた。


(さては、魚に飽きてきたな)


 元々、文字通りの肉食女子だったシェラ。

 魚介類の物珍しさと美味しさにすっかりハマっていたが、さすがに毎日続くと飽きがきたようだ。


 とは言え、ここ数日は魚尽くしだったので、食いしん坊の少女でも肉料理が恋しくなったのだろう。

 それならば───


「なぁ、シェラ。宿を出ないか?」


 唐突な提案に、少女はきょとんとした。不思議そうに首を傾げる。


「え、宿を出るって……もしかして、もうこの街を発つつもりですか?」

「いや、単純に宿生活に飽きた」

「飽きた……」

「ん、飽きたんだ。それなりに清潔な宿だったけど、居心地はあんまり良くなかったし」

「それはそうでしょうけれど……」


 我が家タイニーハウスに何度か泊まったことのあるシェラは返答に困っている。

 当然だ。広くて清潔で便利な家に慣れると、この世界での宿生活はキツい。

 

「まず、トイレが最悪だ。風呂がないのも困る。今はまだ暖かい季節だから水をかぶるのもそこまでキツくはないけど、冬は地獄だ」

「トーマさん、浄化魔法クリーンが使えるじゃないですか」

「そうだけど、風呂は特別なんだ。な、コテツ?」

「うにゃっ」

「コテツさんまで……」

「シェラだって風呂は気に入っていたじゃないか」

「う……だって、暖かいお湯に浸かるなんて贅沢、めったに味わえませんし」


 今の稼ぎなら余裕で宿暮らしは出来るが、あいにく異世界の宿は、快適さとは無縁な部屋しかない。

 

「だから、今夜からは宿を出て、海辺に『家』を出そうかと思って」


 にこりと微笑みながら、その提案を告げた。



◆◇◆



「良い景色だな」

「はいっ! すごく綺麗ですね。私たちだけで、この海を独占しているみたい……」


 砂浜に腰を下ろし、オーシャンビューを心ゆくまで堪能する。

 ちょうど陽が落ちる寸前のマジックアワー。

 空は黄金色から朱紫にと変化していく束の間の、夢のような時間だった。



 ギルドからの帰り道、どうにかシェラを納得させて宿を引き払うことに成功して。

 その足で、いつも依頼をこなしている海辺へと舞い戻った。

 人気のない、あの場所なら自慢のタイニーハウスを出しても問題はないだろう。

 さすがに設置する場所は波打ち際から離れた、砂浜の片隅にしてある。

 ちゃんと商業ギルドのセリンにも確認は取ってあるので安心だ。

 砂浜での野営に特に許可は必要なく、自由に使っても良いとの太鼓判を貰ってある。

 もちろん、使用料も不用。すばらしい。

 

 張り切って【アイテムボックス】から取り出し、設置したタイニーハウスには結界と認識阻害の効果があるため、よほど高レベルの者でしか『見つける』ことは不可能だ。

 街中の宿より、よほど安全。


「宿の庭でこそこそ自炊するくらいなら、堂々と家で料理を作りたいしな」


 シェラの説得には、これが一番有効だった。


「じゃあ、今夜は揚げ物料理を満喫出来るんですねっ⁉︎」

「ん、期待していて良いよ」

「やったー!」


 さすがに宿の裏庭で目立つ揚げ物料理に励む蛮勇はなかったので、シェラは好物のフライやカツがずっとお預け状態だったのだ。

 久々の肉料理、しかも大好きな揚げ物で食えると知って、シェラはすぐさま荷物をまとめて宿の女将と交渉した。

 先払いしていた宿代を日割りで返してもらい、満面の笑みを浮かべていた少女を思い出すと、苦笑がこぼれ落ちる。


(意外としっかりしてるよな、こういうところは)


 ともあれ、海の夕景を堪能した後は、切なく泣き喚く皆の腹を満たしてやらなければ。

 シェラとコテツを呼び寄せ、木造の可愛らしい小屋にしか見えないタイニーハウスに戻る。


「さて。じゃあ、さっそく揚げ物料理に取り掛かるか」


 メインはシェラのリクエストのオークカツだが、せっかく新鮮な魚介類がたくさん手元にあるので、シーフードフライにも挑戦するつもりだ。


「白身魚のフライ、アジの南蛮漬けもいいな。イカフライにエビフライも外せないけど、俺の楽しみは何と言っても牡蠣フライ!」


 たくさん揚げたら、アイツらにも送ってやろう。

 三日前、新鮮な魚介類を刺身にして【アイテムボックス】経由で従弟たちに送ってやったら、それはもう大喜びされたので。


(そう言えば、上級ダンジョンのラスボスを倒したら、魔道具仕様の『家』を手に入れたってメッセージが届いていたな……)


 そんなドロップアイテムがあるとは。

 やはり、ダンジョンは意味が分からない。


(まぁ、俺もトイレハウスをドロップした時はビックリしたもんな)


 あの時は驚きよりも歓喜が上回っていたので、それほど気にならなかったが。

 

「マジックバッグとの物々交換で大型家具やキッチン用品、雑貨類に食料の希望リストも届いてるのか……」


 ただの野営アイテムと言うより、これは確実に拠点ホームとして快適に使う気満々だな。

 気持ちは痛いほど分かる。


「やっぱ宿より『家』がいいもんなぁ……」


 シェラはタイニーハウスに戻るや、風呂に駆け込んだし、コテツはお気に入りのソファベッドにへそ天姿で寝転んでいる。

 その隣に滑り込んで、ふかふかの腹毛に顔を埋めたいのをどうにか我慢して、黙々と揚げ物作りを頑張った。

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