第116話〈幕間〉勇者たち 1
それは巨大な
歪曲した角は大きくて鋭い。興奮したように息が吐き出される口元から覗く牙は鮫のように幾重にも連なっていた。
静かに魔獣を観察していた秋生が鑑定結果を二人に告げる。
「鑑定によると、あの固い皮膚は魔法を弾く。通常の武器では貫くことも難しい。突進攻撃が得意で、厄介なことに魔法も使うらしい」
上級ダンジョンの最下層、
「物理も魔法も弾くのか、それは面倒だな」
「突進攻撃や魔法の類は私の固有ギフト【聖なる盾】で防ぐわ」
「頼む、ナツ」
夏希が片手を掲げると、光り輝く盾が現れた。
ベヒモスが怒りの咆哮を上げて、雷魔法を放ってくるが、【聖なる盾】のおかげで静電気ほどのダメージも受けることはない。
「まずは、先制」
得意の雷魔法を無効化され、更に怒りを増したベヒモスに夏希は容赦無く矢を放つ。
右目を潰された魔獣が悲鳴を上げる中、春人が素早くベヒモスに肉薄した。
「物理攻撃も効きにくいって話だが、なら、ちゃんと効くくらいに強く殴れば良いだけの話だろ?」
に、と笑いながら春人はその強靭な拳を振り上げた。凶悪な魔獣の懐に滑り込み、下から顎を殴り付けたのだ。
顎を粉砕されたベヒモスは仰向けに昏倒した。
アッパーカットを喰らい、脳震盪でも起こしているのか。大きく痙攣している。
秋生はふむ、と顎を引いた。
「ハルにしては賢いな。たしかに、そうだ。魔法攻撃が効きにくいなら、ちゃんと効く魔法を使えばいいだけ、と」
右手を掲げて念じる。固有ギフト【聖剣召喚】を発動させ、光り輝く聖剣を無造作に振り下ろす。
聖剣には魔法を纏わせてある。
せっかく見本を見せてもらったので、先程放たれたのと同じ【雷魔法】での攻撃だ。
もっとも、その攻撃力は桁違い。
「ん、レベルが上がったな」
「私も久々に上がったわ」
秋生が呟き、夏希も口角を上げて笑う。春人も慌ててステータスを確認した。
「おっ、本当だ! とうとうレベル230か」
この世界の破壊神である邪竜を封じるため、三人はダンジョンでのレベルアップに邁進していた。
邪竜の配下である魔族に占領された人族の街や砦を取り戻しながら、各地のダンジョンに潜っているのだ。
ダンジョンには魔人が隠れ潜んでいることもあるため、一石二鳥。
創造神からの祝福のおかげで、異世界から召喚された勇者たちの成長はとんでもなく早いため、真面目に頑張ってきた三人は着実に強くなっていた。
観光気分で旅を楽しんでいる冬馬はレベル200前後で伸び悩んでいるが、その従弟たちは努力家だった。
「このダンジョンも無事に踏破できたわね。さすがに疲れたから、少し休憩したいかも」
夏希がため息を吐く。
強行軍で下層を目指した為、それも仕方ない。
他の二人も同意見で、今日はここで野営することにした。
「さて、ラスボスなベヒモスのドロップアイテムは何かなー?」
ウキウキと春人が宝箱を抱えてきた。
上級ダンジョンのラスボスからドロップした物なので、期待が大きい。
宝箱を開ける時だけは、三人とも年相応の表情を浮かべた。
クリスマスプレゼントのラッピングを剥がす時と同じく、子供のようにわくわくしながら、蓋を開けた。
「黄金の延べ棒と錫杖、宝石だらけの冠もあるぞ。魔法武器も結構ドロップしたみたいだ」
「こっちはマジックバッグね。容量はそれなりにあるから、売ればひと財産になりそう」
「これは魔道具だな。てのひらサイズの家の模型にしか見えないが……」
黄金や宝飾品、不要な魔法武器などはどれもギルドに売り払っている。
この世界で快適に暮らすには、結構な金銭が必要なのだ。
便利な魔道具は自分たちのために使うので、なるべく確保するようにしているのだが。
「初めて見るタイプの魔道具ね。何かしら、これ……?」
「鑑定しようぜ」
三人とも召喚された際に【鑑定】スキルは
「携帯用ミニハウス……?」
「魔力を込めて、地面に設置すると野営用のログハウスに変化する。……マジか?」
鑑定結果に、揃って息を呑んだ。
迷わず、秋生が提案する。
「すぐに試そう」
設置するには、2メートル四方の空き地が必要、と鑑定結果が教えてくれる。
ここはダンジョンの最下層。
ラスボスであるベヒモスを倒したので、フロア全体がセーフティエリアに変化している。
「ここなら安全だ。広さも充分ある」
「じゃあ設置するぞ。念のために離れておこう」
「おう! 楽しみだなー」
秋生は手にした携帯用ミニハウスとやらに魔力を込めた。地面に置いて、素早く身を離す。
「おお……! 大きくなった!」
てのひらサイズのオモチャの家が、2メートル四方サイズのミニハウスに変化した。
「いや、さすがに小さすぎんだろ!」
がうっ、と春人が突っ込むのを秋生は落ち着けと宥めた。
「忘れたのか? ここは異世界。魔道具は意味が分からん便利道具だ」
「そうそう。トーマ兄さんが手に入れたトイレの魔道具も外観は電話ボックスにしか見えなかったんでしょう? きっと扉を開けると──…」
夏希がドアに手を掛け、扉を開ける。
予想通り、そこには快適そうな空間が広がっていた。
◆◇◆
「3LDKバストイレキッチン付きの別荘風ミニハウス、最高過ぎねぇ?」
ひととおり中を探検した結果、そこらの高級宿より余程快適そうな建物であることが判明した。
「一人一部屋が使えるのはありがたいわね。何よりトイレが素晴らしい」
ミニハウスに家具は設置されていなかったが、キッチンには魔道コンロ、洗面所には魔道トイレが設置されていた。
「それにバスルームも完備されている。バスタブもきちんと置かれていた。湯は自分たちで用意しなければならないが……」
「そんなん生活魔法で楽勝じゃねーか! 最高だな!」
詳しく鑑定したところ、この携帯用ミニハウスは結界付き。
魔力は消費するが、レベルアップした三人にとってはさほどの負担に感じない量である。
「安心して休めるのはありがてーな」
「そうだな。トーマのおかげで快適に過ごせるようにはなったが、やはりテントよりは室内の方が安心できる」
「……ねぇ。トーマ兄さんに頼んで、家具を揃えちゃおうよ。自室も整えたいし、キッチンにはテーブルが必須でしょ?」
夏希の提案に、男二人も速攻で頷いた。
「そうだな。リビングダイニングもせっかく広いんだし、でっかいソファ置きたい」
「俺は自室用のベッドと机が欲しいな。ベッドは今使っているシングルサイズじゃなく、ダブルが良い」
「あっ、ズルイわ、アキ! 私も大きなベッドが欲しい! と言うか、憧れのお姫さまベッドを頼もうっと」
天蓋カーテン付きのダブルサイズベッドをご所望の夏希。
その兄である春人もここぞとばかりに注文を付けてくる。
「なら、俺はキングサイズのベッドにするぞ! 六畳間くらいあったから、入るだろ。机は要らないから、アレが欲しいな。ダメになるクッションソファ!」
冬馬の固有ギフト【
キッチンには大理石風のシンクと作り付けの木製の棚がある。フライパンや鍋を吊るせるような壁もあったので、ある程度の調理も可能だろう。
「うーん……食器を置けるキッチンボードは欲しいかも。テーブルセットは四人掛けが良いわね。冷蔵庫はここだと使えないか……」
「いや、デカい氷を作れば食材は冷やしておけるんじゃないか? クーラーボックスでも良いが」
冬馬からの支援物資──お買い物は週に一度。
予算もあるので、そうそう爆買いは出来ないため、なるべく市場で野菜や果物を仕入れるようにしているのだ。
ちなみに肉はダンジョンで大量に入手できるので、困ったことはない。
「とりあえず、こーんな良い家をゲットしたことをトーマ兄さんに報告しなきゃ!」
はしゃぐ夏希に瞳を細めて、兄である春人も大きく頷いた。
「そうだな。家具類の買い物の相談もしたいしな!」
「ドロップしたマジックバッグ支払いに出来れば良いんだが」
スマホを取り出し、頼れる従兄にメッセージを送る夏希を、秋生は苦笑混じりに見守った。
◆◆◆
久しぶりの幕間、勇者サイドです!
三人の活躍の話なので、三人称で進む予定です。
ギフトいつもありがとうございます😊
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