第115話 海鮮バーベキュー


 宿の裏手には空っぽのうまやと枯れた井戸があるだけで、普段は宿泊客の冒険者たちが鍛錬するために使う広場らしい。

 空が朱く色付き始めたこの時間に使う物好きもいないようで、宿の女将には快く許可をもらえた。


「人の気配もなさそうだし、ちゃちゃっと準備するか」


 広場の中央に手際良くテーブルや調理台、魔道コンロにバーベキュー用グリルなどを並べていく。

 いつもの肉中心なバーベキューなら、ソースに漬け込んで味を染み込ませるなどの下拵えをすることもあるが、今回は海鮮バーベキュー。


「魚はホイル焼きに、貝はそのまま焼いて食べよう。バターと醤油、レモンがあれば充分だし」


 本当は刺身を食べたかったけれど、いきなり生で食べるのは、いかに食いしん坊のシェラとは言え、ハードルが高い気がした。

 なので、まずはバーベキューで慣れてもらう計画だ。


 鮭に似た魚は切り身にして、スライスした玉ねぎとキノコ、レモン一切れをホイルに包んで焼くことにした。味付けは料理酒とバター、塩胡椒のみ。

 三食分をセットして、じっくりとグリルで焼いていく。


「トーマさん、トーマさん! こっちの貝はどうやって食べるんですか?」


 わくわくした様子を隠すことなく、笑顔で尋ねてくるシェラに苦笑しながら、魔道コンロにフライパンを置いた。


「アサリの味噌汁! ……と言いたいところだけど、今日のところはバター焼きにしよう。シェラに任せても良いか?」

「はいっ! 頑張ります!」


 砂吐きを済ませたアサリを浄化魔法クリーンで綺麗にして、バターを落としたフライパンで焼いていく。シェラにはその見張りを頼んだ。


「二枚貝の口が開いたら、火が通った証拠。貝殻を割らないように気を付けながら、ゆっくり混ぜてくれるか?」

「分かりました。ちゃんと見張ってますね」

「ん、よろしくな。……コテツも一緒に見ていてくれるか?」

「くるるっ」


 仕方ないなぁ、とコテツがシェラの元へ歩いていく。俺の横をすれ違いざま、ぱしりと尻尾で膝を叩かれてしまった。

 あいにく、ふかふかの毛皮なので全く痛くないどころかご褒美でしかない。


「あとは魚の串焼きだな!」


 アジそっくりの魚を鉄串で焼くことにした。

 内臓を取り出して、ちょいと塩化粧。あとはシンプルに網焼きである。

 グリルがいっぱいになったので、火が通るまでは他の魚介類の下拵えだ。

 そうしている内に、シェラに呼ばれた。


「トーマさん! 貝のお口が開きましたっ! 完成ですか?」

「ん、どれどれ? おー、完成完成。さっそく食べよう」

「んー! バターがとっても良い匂いです」


 アサリのバター焼きのレシピには、料理酒やみりんを入れる物が多いが、面倒だし素材の味を信じてバターのみ投入した。

 マーガリンじゃなくて、ちょっとお高い良いバターを使ったので、絶対に美味しいとの確信はあったが。


「んんっ、あひっ」


 豪快に指で摘んで貝の身を頬張る。

 熱さに眉を寄せながら、夢中で汁ごと啜った。


「うまっ! すごいな、海の旨みを凝縮したみたいだ」

「んななっ」

「待て待て、コテツ。今、身を取ってやるから……」


 我も我もとねだられて、大急ぎで小皿にアサリの身を取り分けてやった。

 猫舌の彼が火傷しないよう、ふぅふぅと息を吹き掛けてやって、恭しく差し出すと、にゃあんと可愛らしく鳴きながら美味そうにかぶりついている。


「んまっんまっ」

「だろ? さすが異世界のアサリ、身もたっぷり肥っていて美味いよなー」


 いつもは美味しいと騒がしい少女が大人しいことに気付き、そっと横目で伺うと。


「……っ、はふっ……んっ!」

「おお……フライパン直喰い……」


 鬼気迫る顔つきで、アサリのバター焼きを食べていた。

 小皿によそってお上品に食べていたのが、ちょっと恥ずかしい。


(いや、直喰いのシェラの方が恥ずかしいのでは? まぁ、別に店で醜態を晒しているわけじゃないし良いのか……?)


 美味しい、と感想を述べる余裕もなく、シェラは次々とアサリを口に運んでいる。

 フライパンの横に置いておいたボウルには空の貝殻が山と積まれていた。

 結局、その勢いに気圧された俺とコテツが眺めている前で、シェラはフライパンいっぱいのアサリのバター焼きを完食した。

 頬を上気させ、うっとりとため息を吐くシェラ。


「ふはぁ……ッ! 美味しかったぁ……」

「そうか。満足したなら良かったよ。じゃあ、次は鮭のホイル焼きを食べようか」


 はっと我にかえったシェラが俺を見て、傍らのコテツを見て、慌てて空のフライパンに視線を向ける。


「すみませんっ! あんまり美味しくって全部食べちゃいましたぁ!」


 土下座せんばかりに恐縮するシェラを宥めたのは、意外にもコテツだ。

 美味しいご飯に目がない彼にしては珍しく、シェラの肩に飛び乗って頬に顔をこすりつけて甘えてみせる。


「コテツさん……?」

「シェラが美味そうに食っているのを見られたから、それで良いってさ。よっぽど気に入ったんだな、アサリ」

「っハイ! すっごく美味しかったです! 肉とも魚とも違う、不思議な食感でしたが、バターの風味と合っていて、もう手が止まらなくなってました……」

「分かる。アサリのバター焼き、手が止まらなくなるよなー…」


 俺も他人シェラのことを笑えない。

 一人暮らしの男なんて、フライパンや鍋からの直喰いは当たり前。

 アサリのバター焼きもデカいフライパンに山盛り作ったのをペロリと平らげていた。

 ビールに合うんだよな、あれ。

 バターとアサリの出汁スープはパスタに流用しても旨かった。明日、作ってやろうかな。


「これからしばらくは海で稼ぐつもりだし、アサリは多めに確保しよう」

「ですね! 私、たくさん掘り当てます!」


 やる気がすごい。

 これはまた追加のバケツを買っておくべきか。【アイテムボックス】に収納できないバケツやクーラーボックスを運ぶための台車も必要かもしれない。


「ま、それはともかく温かい内に食べよう。ホイル焼きもバターを使っているから、シェラの好みの味だと思うぞ?」

「いただきます!」


 平皿に載せたホイル焼きを開いて食べやすいようにして渡してやる。

 ちなみにコテツの分は玉ねぎとレモン抜き。ちゃんと骨を取ってほぐしてやった。


「んんんっコレも美味しいー! 海のお魚ってこんなに美味しいんですねっ、トーマさん!」

「ふふふ……これももちろん美味いけど、この後もっと美味いのを食わせてやるぞ」


 海で確保した魚介類はまだまだあるのだ。エビにイカにタコにハマグリ。そして、待望の牡蠣!


「エビはシンプルにグリルで焼いたやつな。ミソも忘れずに味わえよ? 甘辛ダレで味付けたイカ焼き、これがマズイはずがない!」

「ふわぁぁぁ!」


 次々と繰り出される海鮮バーベキューに、シェラはとっくに虜になっている。

 エビミソは苦味がダメだったようで、それは残念だが。

 コテツも同じく子供味覚なため断念していた。

 

「む、じゃあ牡蠣はやめておいた方がいいか? フライにしたら食べやすそうだな。タコもバーベキューよりは唐揚げやマリネにするか……」


 タコはそっと【アイテムボックス】に戻しておいた。だが、牡蠣は譲れない。皆が食べなくても良い。むしろ独占できて嬉しいかも。


「この、イカ? 新種の魔獣みたいな外見でしたけど、これも美味しかったです」

「イカはバター焼きやマヨネーズ醤油で食っても美味いんだよなー。よし、次は牡蠣とハマグリを焼こう。牡蠣は独特の生臭さがあるから苦手だったら無理しなくても良いぞ? アサリが好きだったなら、きっもハマグリも気に入ると思う」

「二枚貝……! アサリよりも大きくて、楽しみですっ」


 グリルでじっくり焼き上げて、口を開いたところでハマグリにはバターをひとかけら、お好みで醤油やレモンをどうぞ。

 シェラは牡蠣もバター醤油で口にしたが、やはりハマグリの方が気に入ったようで、夢中で食べている。

 コテツは牡蠣がお好みらしく、小さく切ってくれと甘えてきた。


「お前、なかなか良い趣味しているな。さすが相棒」

「ニャウ」


 味付けはオリーブオイルとガーリックをチョイス。玉ねぎはあまり好きではないが、最近ガーリックにハマっているのだ。


「んんっ、牡蠣うめぇ! ぷりっぷりだな!」


 噛み締めると、じゅわりと口の中に幸福の味が広がる。

 魔素を含んだ異世界産の牡蠣、想像以上に絶品だった。

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