第111話 海の見える街


 風に乗った潮の香りを頼りに森を抜け、街道に戻った。

 のんびり道を進んで行き、小高い丘に登った先の光景に二人と一匹で歓声を上げる。

 赤茶けた煉瓦の屋根の建物の隙間から覗く、青い海。こぢんまりとした港町に、ようやく到着したのだ。


「あれが海? 真っ青ですごく綺麗です」


 大森林生まれのシェラは頬を上気させて、はしゃいでいる。海どころか、湖も見たことがないらしいので、さもありなん。

 猫の妖精ケット・シーのコテツも海は初めてだが、シェラほどは騒いではいない。

 

(まぁ、猫だし。水場は苦手っぽいからなー)


 子猫の時から一緒に風呂に入っていたので、お湯は平気だが、水はあまり得意ではないようだった。


「ニャウ」

「ん? 魚か? そうだな、宿を取ったら市場を回って手に入れるか」


 水遊びには興味はないが、魚介類には興味津々らしい。


「おさかな! 食べたいですっ、海の魚! どんな味なんだろう……」

「川の魚と比べても種類が多いから、好みの味に出会えるといいな」

「はいっ! 楽しみです」


 にこにことご機嫌に笑うシェラは貸してやった魔道具のおかげで、すっかり目立たない容姿に変化している。

 煌びやかな銀髪は目立たない亜麻色の髪へ、澄んだアクアマリンカラーの瞳は茶褐色に。

 纏う色が変わっただけで、少女の印象はがらりと変わる。

 冒険者にしては白すぎる肌も健康的に日焼けした色に見えるように魔道具を使った。

 あとはコンビニで購入したアイブロウペンシルを使い、そばかすを書き足すだけですっかり別人に変身した。

 よく見れば整った容貌をしているのはすぐに分かるが、認識阻害の魔道具も併用しているため、興味を持って眺めてくる者もいない。

 シェラの生まれた里からの追手がもし現れたとしても、彼女に気付くことはないだろう。


「じゃあ、行くか」

「はい!」


 海が見える街を目指して丘を越えていく。

 今回は二人とも冒険者として滞在する予定だ。軽装備だが、ちゃんと武装してある。

 大容量の収納スキル持ちだとバレないように雑貨屋で手に入れた背嚢はいのうも背負い、意気揚々と街を目指した。

 冒険者ギルドには登録してあるので、タグはしっかり首にぶら下げてある。

 背嚢の上に優雅に寝そべるコテツも従魔登録済み。しばらくは海の側で冒険者として稼ぐつもりだった。



◆◇◆



 街の名はオリヴェート。

 果樹園と漁業を主産業としており、規模は大きくないが、それなりに豊かな街のようだった。

 石造りの建物には赤茶けた煉瓦の屋根が敷き詰められており、可愛らしい。

 街の大通りには商業ギルドはあったが、冒険者ギルドの建物はなかった。


「この街では冒険者の仕事は少ないから、商業ギルドが代理で出張所を構えているんです」


 商業ギルドの受付嬢が笑顔で事情を説明してくれた。

 まさか、冒険者ギルドがないとは。


「魔獣討伐の必要がないくらい平和な土地だとか?」

「この街は海の側にあるので、どちらかと言えば海の魔獣の領域ですね。沖に出なければ大物もおりませんので、腕利きの漁師で対処が可能でして」

「マジか……」


 大物でなくとも、魔獣は人を見れば襲いかかってくる凶悪な生物なのだ。

 それを冒険者でない漁師が倒してしまうとは。


「すごいですね、漁師さんって」

「だなー……。じゃあ、この街じゃ冒険者は稼ぎにくいか」


 感心するシェラの隣でため息を吐いていると、受付嬢が慌てて首を振った。


「いえ、少ないですが、ちゃんと冒険者の方はいらっしゃいますよ? 陸の討伐依頼も定期的にあります」

「定期的に?」

「はい。果樹園を狙って出没するんです」


 オリヴェートの果樹園で栽培しているのは、オレンジとオリーブらしい。

 オレンジを狙って鹿ディア系の魔獣が、オリーブを狙ってボア系の魔獣が現れるのだ。


「オリーブがあるのか。へぇ、それは楽しみだ」

「ふふ。興味がおありでしたら、そちらの売店で取り扱っておりますので」


 奥のスペースに街の特産品を扱う売店があるらしい。後で寄ることにしよう。


「採取依頼は?」

「この周辺の地には薬草があまり生えていなくて。主に海産物の採取依頼が中心ですね」

「……海産物の採取依頼?」


 予想外の返答に、ぽかんとしてしまったのは仕方ないだろう。



◆◇◆



「海の幸を採取するって、楽しそうですね!」

「そうだな。まさか、冒険者の仕事に貝掘りや魚獲りが含まれるとは思いもしなかったけど……」


 常設の採取依頼の内容は、食用の貝の採取、岩場に潜む魚の捕獲なのだと言う。

 何でも、その貝が生息する岩場にはサハギンが棲みついており、さすがに危険なため冒険者が対処しているらしい。

 商業ギルドを後にして、教えてもらった宿を目指す足取りは自然と軽くなる。


「採取対象の貝や魚の図鑑を見せてもらったけど、牡蠣やアワビが獲れるらしい。この依頼は絶対に受けるぞ」

「かき……あわ、び……? それ、美味しいんですか?」

「美味いかどうかは好みだが、どっちも高級品だ」

「高級品っ⁉︎ ということは美味しいやつ……!」

「納品分以外は自分たちで食っちまおう。刺身もいいが、バター焼きにしたらシェラも食べやすいんじゃないかな」

「楽しみです!」


 久々の海産物、しかも牡蠣やアワビが手に入るのだ。

 商業ギルドの売店ではオリーブのピクルスとオリーブオイルを手に入れてある。牡蠣のオイル漬けを自作するのも楽しそうだった。




◆◆◆


更新遅くなりました。

海の街編です!


◆◆◆

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