第110話 テントより快適です


 海のある街を目指した旅は順調だ。

 街道は馬車が頻繁に通るので、しっかりと踏み固められており、歩きやすい。

 商隊や乗合馬車の通り道なので、街道沿いには野営用の広場も設けられていた。


 村や集落に近い場所だと、休憩所として活気がある。良い稼ぎ場らしく、村人たちが野菜や肉などの食料品を売っていた。

 中には馬車を屋台に改造して、スープやパンを売っている者もいて、賑やかだ。

 そういう休憩場には井戸が掘られていることが多いので、自然と旅人たちが集まる。

 馬の飼葉を売っていたのには感心した。

 

 人が多いと盗賊や魔獣、魔物に襲われる確率は下がる。安全が買えるなら、少し高い値が付けられた商品でも財布の紐が緩むというもの。

 シェラも最初は乗合馬車や、大勢が休む休憩所を勧めてきたものだが。


「テント泊なんて、もう絶対にしません! 馬車に乗るより、タイニーハウスが快適過ぎますっ!」


 今や、すっかり意見を翻して力説している。

 それほどに、このタイニーハウスの居心地が良いのだろう。俺も同意見なので、力強く頷いておく。


「乗合馬車に三日も揺られるなんて嫌だからな。狭いし、尻は痛くなるし、荷台でゴロ寝なんだろ? それだったら、時間が掛かっても徒歩で移動したい。美味い飯を食って、夜は風呂に入って、ふかふかのベッドで寝たいよな」


 夕方になると、街道を逸れてタイニーハウスを設置する。手間は掛かるが、下手な宿よりよほど快適な我が家でのんびり出来る方が良い。

 シェラも最初の一泊で、あっさりと靡いた。

 美味しい肉料理や甘い菓子の誘惑が一番大きいが、風呂やトイレにも喜んでいた。


 ちなみに、タイニーハウスは一人と一匹が暮らすにはちょうど良かったが、もう一人増えるとキャパオーバー。

 なので、こっそりと改築リフォームした。

 空間拡張は便利な能力だと、しみじみ思う。とりあえずは二畳分ほど広げて、ロフト部分を増築した。それなりのポイントを消費したが、背に腹は変えられない。

 ロフトにはシェラ用の布団セットを購入して敷いてやった。

 2.5メートル四方の広さがあるため、シェラはロフトを自分の部屋にしている。

 布団はシングルサイズなので、狭いながらも自分だけのスペースが出来て嬉しそうだ。


 部屋の奥に置いていたキャットタワーは撤去して、そこにトイレルームを常設した。

 コテツは少々拗ねていたが、キャットタワー代わりにロフトへ登って、シェラと遊んでいるようだ。


「トイレルームには驚きました。見た目は小さな箱なのに、中がとっても綺麗で広い! トイレは清潔だし、大きな鏡にふわふわのタオル。何より、お風呂まであるなんて!」

「バスタブじゃなくて、樽風呂になるけどな」

「充分ですよ。ギルドの宿泊所では、濡らした布で体を拭くのが精一杯でしたから」


 俺やコテツは生活魔法の浄化クリーンがあるが、シェラは水場でどうにかするしかなかったのだ。それが今や、たっぷりの湯に浸かれる。

 良い匂いのする石鹸、シャンプーにリンス、トリートメントを使うようになったシェラの肌や髪は艶めいていた。

 その美貌を隠すためにフードをかぶって顔を汚していた初対面の時と比べても、見違えるほど綺麗になっている。


「お風呂って最高ですね。綺麗に汚れが落ちるし、疲れも取れますし……石鹸やシャンプーのおかげで、とっても良い匂い」

「はいはい、分かったから。料理が出来ないなら、せめて皿だしくらいは手伝え」

「はーい!」


 風呂上がりでほかほかに上気したシェラは楽な夜着姿でテーブルに皿を並べていく。

 邪魔なのでベッドは【アイテムボックス】に片付けてある。

 シェラが風呂を堪能している間、夕食を準備しておいたのだ。


「今夜はボア肉のブラウンシチューだ。あと生野菜とポテトサラダな。ハムもたくさん入れてあるんだから、ちゃんと食えよ?」

「むー…お野菜はなくても良いんですけどー。でも、ハムが入っているなら食べます!」

「ん、好き嫌いなく食う良い子には食後のデザートが待ってるぞ」

「デザート! トーマさん、私良い子です! 今日もたくさんお肉を狩りましたし、レベルも上がりました!」

「はいはい、知ってるよ」


 のんびりとした旅路中、たまに森に入っては食材の確保とシェラのレベル上げをしている。

 魔獣肉の在庫はしこたまあるのだが、シェラが遠慮するのだ。食事や寝場所の世話になっているので、せめて肉は自分で狩りたいのだ、と。

 そういう律儀で生真面目なところは好感が持てる。


(食い意地は張っているけど、良い子なんだよなぁ……)


 異世界旅を楽しみつつ、従弟たちのフォローを、と考えていた今回の小旅行。

 なぜか、幻獣に変化できる少女を拾い、その面倒を見ることになって。

 コテツとの気儘な旅、たまにドラゴン。

 そんな予定がすっかり狂ってしまったが。


「んん…っ! おいひい…っ! お肉が口の中でほろほろに崩れていきます……!」


 ハヤシライスもどきのブラウンシチューにうっとりと舌鼓を打つ少女に、すっかり情を覚えてしまったのも事実で。


(シェラがレベルアップすれば、幻獣から聖獣に変化する。聖獣は魔人が穢した地を浄化できる、勇者の味方だしな! うん、れっきとしたサポート仕事。アイツらにも叱られないはず……!)


 実はまだ、三人の従弟たちにはシェラのことを告げていない。

 十代の少女と旅をしている、とはちょっと言いづらかった。特に夏希には。


(アイツ、何でか俺が女の人と一緒だと機嫌が悪くなるんだよな……)


 ハルやアキもナツには女の影を匂わせるな、と注意されている。

 なので、コテツの頭に止まったシマエナガの写真だけ送っておいた。


『新しい旅の仲間です。シマエナガのシェラ、よろしくな』


 真っ白でふわふわの綿毛のような小鳥と子猫の組み合わせはとんでもなく可愛らしかったので、三人とも大喜びだった。

 もはや誰も「シマエナガが旅の仲間?」などと突っ込まない。うん、可愛いは正義。知ってた。

 まさか、このシマエナガが人の姿になるとは、さすがのアキも思うまい。


(まぁ、その内ちゃんとシェラを紹介するつもりだけど。もうちょいデカい幻獣に変化できるようになってからかな)


 ワイルドボア肉のブラウンシチューは我ながら会心の出来だった。肉が美味いのと、市販のルーが大活躍したのだが。

 ポテトサラダにはゆで卵とハムを多めに入れておいたので、野菜嫌いなシェラでも美味しく食べて貰えた。

 デザートはコンビニスイーツ。よく冷えたフルーツゼリーだ。カットされた桃、みかんにパイナップル、マンゴー入りの贅沢なやつ。


「ふわわわ……⁉︎ これ、何です? 冷たくて、ぷるぷるしていて……美味しいです!」

「スライムっぽいよなー」

「これ、スライムなんですか⁉︎」

「ごめん、嘘。スライムじゃない。えーと、海の草とか、そういう素材で作ったデザートだよ」


 説明が難しくて、つい適当に口走ってしまった。ゼラチンとか寒天とか、違いが分からない男です。


「はぁぁ……今日もご飯、美味しかったです。ご馳走さまでした」

「どういたしまして。シェラが狩って来てくれたボア肉も旨かったぞ」

「えへへ。ホーンラビットしか狩れなかった頃からしたら、すごく成長しました!」


 レベルが上がり、風魔法の威力も強くなり、さらに【弓術】スキルが強化されたシェラはすっかり腕の良い猟師だ。

 接近戦は苦手だが、逃げ足は早いので今のところ問題なく、ディアやボアを余裕で狩れている。


「次はオーク狩りかな」

「オーク……!」

「ああ。怖いかもしれないが、その脅威を乗り越えてこそ──…」

「美味しいオーク肉がようやく狩れるんですね!」

「……シェラさん?」

「はい? 何ですか?」


 きょとん、と可愛らしい表情で見返してくるシェラ。恐怖の色は欠片も見えない。


「怖くないのか、オーク」

「昔の私なら怖かったんですけど、今はコテツくんもトーマさんもいますし? 弓の腕前も上がりましたし、何よりアイツら足が遅いんですよね」

「あー……確かに遅いな、重いもんな、体」

「いざとなったら、飛んで逃げられるので怖くないです!」

「ニャッ」


 うんうん、あいつら雑魚だよとコテツが頷いている。そうですけども!


「うん、頼もしいよ、シェラ……」


 俺の周囲の女子はどうしてこんなに強いのだろう、と嬉しいような、複雑な気分で。

 食後のコーヒーをそっと口にした。




◆◆◆


更新遅くなりました……!


六月とは思えぬ暑さが続いていますので、皆さんご自愛くださいませ。

ギフトもありがとうございます!


◆◆◆

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