第109話 旅の道連れ


 ショックを受けたシェラを慰めるために、菓子をたくさん貢いだ。

 百円ショップの安価な菓子ではなく、コンビニのクッキーやチョコレート、とどめの生菓子、スイーツ系。

 カスタードとホイップがたっぷり詰まったシュークリームを最後に平らげて、シェラは笑顔で宣言した。


「決めました! 私、トーマさんと一緒に旅をします!」

「何でそうなる⁉︎」


 ふんす、と鼻息荒く、薄い胸を張るシェラに慌てて突っ込んだ。


「だって、私一人じゃレベル上げは難しいですし、幻獣やら聖獣やら、意味が分からないです! そんな珍しい存在だと知られたら、絶対に追手が掛かりますよぉ! トーマさんからお借りしている魔道具が無いと、すぐに連れ戻されちゃいますっ」

「よし、【認識阻害】の指輪はシェラにやる。これで見つからないぞ、良かったな!」

「冷たい! 冷たいですっトーマさん! こんな高価な物、貰えないですよっ! それにトーマさんと別れたら、美味しいお肉やお菓子が食べられなくなっちゃうじゃないですかっ!」

「それが目的じゃねーか!」


 きゅっと服の裾を掴まれて、涙目で訴えられる。それはズルい。ほら見ろ。コテツまでウルウルした目で見上げてきやがった。


「俺は自由気儘にこの世界を旅したいの!」

「行商のお手伝いも頑張りますから!」

「ダンジョンでも稼ぎたいし!」

「私も一緒にダンジョンに潜ります!」

「にょおーん?」

「コテツ、お前なぁ! 自分が面倒見るからって……可愛い上に優しい良い子っ!」


 ふぅ、と呆れたようなため息が部屋に響いた。通信の魔道具の手鏡が、まだ繋がっていたらしい。


『良いではないか、トーマ。連れて行ってやれば』

「レイさんっ! ありがとうございますっ!」

「おい、レイ。何を勝手に……」

『聖獣は魔族に汚染された土地を浄化出来るぞ?』

「……浄化?」

『ああ。神獣ほどではないが、聖獣もまた創造神さまに祝福された、聖なる生き物だからな。その聖なる力は、浄化はもちろん、対魔族の切り札にもなろう』

「むっ……」


 それは、召喚された勇者である従弟たちにとっても朗報だ。

 今はまだ、よわよわのシマエナガだが、レベルアップすれば、魔族にも対抗できる存在へと進化するのか。従弟たちのフォローをすると決めた身には、とても心強い存在だ。


『それに何より、シマエナガは可愛い』

「まぁ、それは同意しかないが……あ、」

「可愛い? わたし、可愛いですかっ?」


 ぱっと瞳を輝かせたシェラが本日三回目の【獣化】を試みた。止める暇もない。

 衣服の下から這い出してきた、小さくてまろい生き物が「チュイッ!」と元気よく鳴いた。

 胸元の羽毛をふくふくにした純白の小鳥が身軽く飛び上がり、俺の肩にちょこんと止まる。

 つぶらな瞳は綺麗なアクアマリンカラー。

 頬にすり寄り、耳元で切なくチュイチュイ囀られて──これに陥落しない者はいないだろう。


「かわいい」

「ちゅっ? ちちっ?」


 小首を傾げての上目遣いなんて、誘惑以外の何物でもない。

 気が付けば、そっと両手で包むように抱き寄せて、頬をすりすりしていた。


「かわいすぎる、シマエナガ」

「ピョッ⁉︎」

「いや、無理でしょ。これを愛でないでいるとか無理かわいい。羽毛ふあっふぁ……」


 すりすり、すりすり。

 硬直していた小鳥が我に返り、パサパサと翼で頬を叩いてくるが、気持ち良いだけである。

 猫の尻尾の先で撫でられた時のような、得も言われぬ幸福感に浸っていると。


『トーマ、それはセクハラなのでは』


 冷静な声音で黄金竜に突っ込まれて、はっと我に返った。

 手鏡の中からじっとりとした眼差しで睨んでくるレイと目が合って、慌ててシマエナガを解放する。

 シェラは逃げるように飛び立ち、コテツの頭に止まった。可愛いが二乗。


「ナンッ!」

「うっ、ごめん。悪かったって、コテツ。シェラもごめんな?」

「チチッ!」


 愛猫に叱られて、慌てて謝った。

 シマエナガさんもご機嫌斜めな様子で、毛繕いをしている。


「機嫌直してくれ、シェラ。旅の同行、認めるから」

「ピョッ?」


 ヒヨコみたいな声音が出たのは、よほど意外だったのか?

 可愛さに身悶えしそうなところを、どうにか抑え込んで真面目な表情を保った。


「俺と一緒に旅をしたいんだろ? 秘密を守れるなら、同行を許可するよ」


 シマエナガは喜びのあまり、ぴょんと飛び上がって、コテツの頭の上でダンスを踊っている。  

 軽やかにステップを踏みながら「チチチッ」と忙しなく歌っていた。

 素早くスマホを取り出して撮影する。

 この愛らしい一瞬を、動画に残さねば!


『あー…トーマ。問題が解決したなら、通信を切るぞ。私も忙しい』

「悪いな、レイ。助言、感謝する。そっちはどのくらい掛かりそうなんだ?」

『当初の見込みより、魔族の侵攻が激しい。ダンジョンのスタンピードの始末があるから、あと半月は掛かりそうだ』


 神獣の仕事は大変らしい。

 お疲れの様子に少しばかり同情した。

 従弟たちみたいに【アイテムボックス】内で物を送れたなら、肉料理や菓子を差し入れするのだが。


「こっちはもうそろそろ移動するつもり。次は海を目指すから、お前も早く仕事を終わらせて合流しよう。とびきり美味い海鮮料理を食わせてやるから」

『む……なるべく早く片付けよう。サシミが食いたい』

「嫌ってほど食わせてやる」


 餌で釣ると、俄然やる気が出てきたようだ。そして、漏れ聞いた一羽と一匹も何故か喜んでいる。

 まぁ、猫は魚が好きだもんな。

 シマエナガが魚介類を食う姿はちょっと想像がつかないが。




◆◇◆



 そんなわけで、旅の仲間が一人増えた。

 有翼人のシェラ。肉食(文字通りの方で)な女子の可愛い少女だ。

 あらためて自己紹介されて、初めて彼女の年齢が十八歳なのだと知って驚いた。


(十五歳くらいだと思ってた……)


 口にすると拗ねそうなので、そっと心の中で呟いた。栄養状態が悪かった少女は、成長も遅かったのだろう。

 しかし、成人年齢が十五歳のこの世界で、彼女は立派な大人の女性。

 いつまでも、妹扱いは失礼だろう。

 と、思ったのだが。


「あっ、コテツさん! それは私のお肉ですぅ! 返してくださいっ」

「ンニャッ!」


 コッコ鳥の唐揚げを猫と真剣に取り合っている姿は、小さな子供にしか見えない。


「ほら、おかわりはまだあるから。喧嘩すんなよー」

「おかわりっ!」

「にゃあ!」


 森の中での調理も手慣れたものだ。

 底の深めなフライパンでひたすら揚げ物を作りながら、一人と一匹に飯を食わせてやる。

 

 シェラの秘密を知った、あの日から二日後。

 俺たちは滞在していた街を発った。

 当初の目的である現地通貨もかなり稼げたので、次の目的地である海を目指している。

 街道は避けて、少し遠回りになるが、森を抜けることにしたのはシェラのレベル上げと安眠を確保したいからだ。

 森の中の魔獣や魔物を倒し、肉を確保。その他の素材は海辺の街の冒険者ギルドで売り払う予定だ。

 街道沿いでのテント野営や集落の宿で泊まるよりも、より快適な家で過ごしたかったので、このルートを選んだ。

 より快適な家──タイニーハウスを旅の間は使っている。本当はコンテナハウスで過ごしたかったが、さすがに悪目立ちするので、木造のタイニーハウスで夜を過ごした。



 シェラとは大森林のダンジョン下層でドロップした契約の魔法書を使って、秘密を共有している。

 シェラの秘密、【獣化】について口を噤む代わりに、俺の秘密を誰にも話さないように。

 そうして、自分にはレアスキルがあり、異世界から物を取り寄せることが出来るのだと教えた。

 素直な性質のシェラは驚きはしたが、珍しい菓子や調味料はもう味わっていたので、素直に頷いて終わった。


(異世界について、もっと突っ込まないのか、普通!)


 へーそうなんですか。すごい便利ですね!

 と、笑顔で感想を口にして、それきりだ。積極的に異世界のお菓子をねだられるようにはなったが。


(まぁ、追及されても困るから、これで良いんだけど……)


 異世界から召喚された勇者との繋がりは、極力内緒にしておきたい。


「トーマさん! 唐揚げ美味しいです!」

「おう。腹いっぱい食え」


 だが、今は。

 幸せそうな表情で唐揚げを噛み締める少女の笑顔を守るため、せっせと肉を揚げることに集中した。

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