第112話 屋台広場
商業ギルドから紹介された宿は海寄りの場所にあった。煉瓦作りの宿で、個室オンリーのこぢんまりとした建物だ。
さっそく二部屋を取り、良い時間なので昼食を取ることにした。
宿の一階にも食堂はあったが、昼の食事は出していないとのことで、市場の場所だけ宿の女将に教えてもらう。
「中央通りの広場に屋台が揃っているみたいだから、そっちで腹ごしらえをしよう」
「海の街の屋台、楽しみです!」
海鮮市場で魚介類を手に入れて食べるつもりだったが、屋台を冷やかすことにした。
どうせ自炊するなら、新鮮な食材を堪能したい。太陽が中天にある、この時間帯の市場の魚にはあまり期待が持てそうになかったからだ。
「どうせなら、新鮮な刺身が食いたいもんな?」
「ニャウ!」
コンビニショップで寿司と海鮮丼を食べたことのあるコテツは真顔でこくこくと頷いた。
もっとも新鮮な刺身を使ったものは種類が限られており、海鮮丼もサーモンがメインでエビはボイルされたものばかり。
寿司もメインはお稲荷さん、サラダ巻きが殆どで、刺身も炙り系やネギトロ、たまご焼きなどなど。
物足りなさはあったが、それでも久しぶりの魚介類に舌鼓を打ったものだった。
特に、期間限定販売だった海鮮丼の記憶は強く脳裏に焼きついている。
「美味かったよな、サーモン……」
「にゃーにゃん……」
うっとりとした表情で同意するコテツ。
固有ギフトである【
海鮮丼も期間限定販売の商品で、後日再購入しようとしたところ、ショップリストに掲載されていないことに気付き、地面に崩折れたものだった。
「でも、シーズン物と連動しているなら、節分時期に豪華な海鮮太巻きが食えるってことだしな! こまめに確認しとかないと」
ちなみに、その推測を従弟たちに語ったところ、皆大喜びしていた。
男子二人は唐揚げ系ホットスナックやカップ麺の期間限定品を楽しみに、紅一点のナツはパティシエとコラボで開発される限定スイーツを熱望していたことを思い出す。
ナツは他にもバレンタインフェアやクリスマスのホールケーキも狙っているようだ。
「チョコはどうでもいいけど、クリスマスケーキは気になるよな。黄金竜のレイも喜びそうだし、シェラなんて卒倒しそうだ」
「私が卒倒するご馳走……」
こくりと喉を鳴らすシェラ。きらきらと輝く瞳が眩しい。
豪華なケーキをいきなり食べさせるのは怖いので、焼き菓子やコンビニスイーツから少しずつ慣れてもらった方が良さそうだ。
「あ! 屋台がありましたよ、トーマさん! 良い匂いがしますっ」
「おう。色々種類がありそうだから、いっぱい買ってシェアしよう」
目当ての広場には切り株ベンチが置かれており、屋台で買った昼飯をそこで食べられるようになっていた。
屋台は木製の屋根付きカウンターで、七輪に似た道具で煮炊きしている店主が多い。
中には魔道コンロを使っている屋台もあり、そこは具沢山のスープを売っていた。
ガタイが良く、古傷が目立つ初老の店主だ。こっそり鑑定してみると、魔道コンロはダンジョンからのドロップアイテムのようだった。
(魔道コンロをドロップして、冒険者を引退したのか。海辺の街でのんびり魚介スープを売る第二の人生、悪くないかもな)
憧れのスローライフに近い生き方だ。
仕込みだけしっかりして、あとはじっくり煮込めば良いだけだし、スープ屋台は良い案かもしれない。
毎日具材や味を変えれば、飽きられることもないだろうし、スープとセットでパンを売れば、ランチとしては充分。
(従弟たちが『勇者』を終わらせて、無事に日本に戻って。俺もこの世界の探索に飽きたら……)
のんびりと日替わりのスープ料理の屋台をするのは悪くない老後だ。
まぁ、ハイエルフの寿命は長いらしいが。
【
野菜は庭に畑でも作れば、ハイエルフの魔法と
(異世界あるあるのカレースープにしたら、めちゃくちゃ売れそうだよなー)
ニヤニヤと取らぬ狸の皮算用中の俺を置いて、焦れたシェラはさっさと屋台に突撃して行く。
屋台の売り子は可愛いエプロンを付けたシェラ、とまで妄想していたので、慌てて後を追いかけた。
シェラが真っ先に向かったのは、焼き魚を売っていた屋台だ。塩化粧をほどこされた串焼きは良い匂いを漂わせている。
七輪で焼かれている魚はハタハタに似ていた。
「わぁ……! 川の魚よりも大きいですっ」
「美味そうだな。三匹もらえるか?」
「おう、ありがとよ」
受け取った串焼きをさっそく齧りながら、屋台広場を冷かして歩く。
行儀は悪いが、万一落としたとしても虎視眈々とおこぼれを狙う野良猫や野良犬が片付けてくれるらしい。
コテツのような精霊や魔獣ならともかく、犬猫に塩分は良くないはずだが、異世界の動物は大丈夫なのだろうか。
心配になり、こっそり鑑定した野良猫親子にはしっかり【毒耐性】スキルが生えており、さすが異世界と感心した。
さて、異世界初の海の魚の塩焼きの味はどうなのか?
串焼きにかぶりついて、咀嚼する。味もハタハタに近く、淡白な身だ。
だが、海の街だけあって、たっぷりと塩を使っているため、なかなか美味しい。あぐあぐと奥歯で噛み締めながら味わうコテツも満足そう。
そして、ずっと海の幸を楽しみにしていた少女は───
「美味しいですっ! 全然生臭くないし、身もふっくらしていて食べ応えあって最高です!」
夢中で焼き魚を頬張っていた。
どうやら、これまで食べたことのある川魚は生臭くて痩せていたようで。
ほんのり甘みのある魚の身が口に合ったらしく、あっという間に食べ切ってしまった。
「もう一匹食べたい……」
「気持ちは分かるけど、どうせなら色々試してみよう。あそこの屋台は切り身を売ってるみたいだぞ」
「酸っぱい匂いがする、お魚……?」
「塩焼きにレモンを絞っているみたいだな。サッパリして美味いと思うぞ? あと、あそこの魚介スープも食ってみたいな。ちょっと高いが、香辛料を使っているようだし、行列ができてるからハズレじゃないはず……」
「食べましょう!」
ふんす、と鼻息荒く頷いて突進するシェラの後を苦笑まじりに追い掛ける。
ざっと観察したところ、屋台の魚料理はシンプルな塩味のものが殆どだ。
海の街だけあり、鮮度は抜群なので、塩味だけでも充分美味しい。
(と言うことは、刺身にしたら、もっと美味いよな?)
明日は絶対に早起きして海鮮市場に行こうと思った。
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更新、遅くてすみません。
体調が良い日と悪い日が日替わりで、なかなか集中できず…💦
なるべく週一で更新できるよう頑張ります!
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