第104話 狩りと採取
冒険者装備を整えてからのシェラの活躍はめざましかった。
これまでは薬草などの採取でこつこつ稼いでいたのだが、魔獣の討伐依頼もこなせるようになったのだ。
魔道武器の弓は返却し、貯めた金で買った自分の弓でせっせと魔獣を狩っている。
今ではホーンラビットやコッコ鳥だけでなく、ワイルドボアやワイルドディアも狩れるようになっていた。
自信がついたのか、次は大森林付近の討伐依頼を受けることにしたらしい。
「さすがに危なくないか?」
「大丈夫です。無理はしませんから!」
「じゃあ、俺も行く」
一人で大森林に向かうのは心配だ。
断られるかと思ったが、シェラは俺たちの同行をむしろ喜んでくれた。
「トーマさんとコテツくんが一緒だと心強いです!」
「なら良かった。討伐依頼は市場の休みの日に受けるのはどうかな」
「そうですね。半日だと不安だし、その方が焦らずに過ごせそうです」
市場での行商は週に二日の休みは確保しつつ、続けている。
おかげで、この国の貨幣はかなり稼げたと思う。きちんと数えてはいないが、金貨三十枚以上は確実に儲けている。
一日に銀貨一枚のバイト代を手にするシェラも安定して稼げている方だろう。
とは言え、まだまだダンジョンに挑戦するには装備が足りない。
野営のためのテントに毛布、着替えに調理器具。調味料と食料も必須なのだ。
ドロップアイテムを持ち帰るための大きな背嚢は中古でも銀貨五枚はすると聞く。
マジックバッグでもなく、普通の小汚いリュックがその値段なのには驚いたが、魔獣の皮で作られた、防水防火機能付きの丈夫な代物らしい。
(ちょっと欲しいな、それ。こっそり空間拡張機能を付与しておけば、たっぷり収納できて、便利だよな)
手ぶらでダンジョンに足を踏み入れようとしたら、とんでもなく目立ちそうだ。
日本製のリュックも高品質、謎素材で人目を惹きそうだし、ここは俺もシェラとお揃いの背嚢を買うべきか。
シェラは大森林に向かう前に背嚢を買うことにしたらしく、銀貨を握り締めて道具屋に向かった。
俺は保護者の顔をして、それに着いていく。
うん、ちょうど良いから俺も買おう。
シェラは中古の背嚢を、俺は新品の背嚢を購入して、次の休みを楽しみに待つことにした。
◆◇◆
そうして迎えた、休日。
一の鐘が鳴る前の早朝に待ち合わせて、二人と一匹で大森林を目指した。
片道一時間ほどで、大森林の入り口に到着する。そこは獣道から少しだけ進化した細道で、冒険者がよく利用している場所だった。
「今回の討伐依頼は魔物。ゴブリンとオークは魔石が討伐の証明になってます。肉や皮などの素材も買い取って貰えるので、たくさん狩りましょう!」
「ん、分かった。魔獣も買い取って貰えるんだろ?」
「もちろん! 討伐報酬は出ませんが、素材は買い取って貰えます。特にお肉は大人気です!」
「分かった分かった。なるべく肉や毛皮を損ねないように狩るのが良いんだな」
「はい!」
シェラはもちろん、なぜかコテツもやる気に満ち溢れていた。街中暮らしは彼には少しばかりストレスの多い日々だったらしい。
精霊の類のコテツにとって、魔素の満ちた森の中は落ち着く環境なのだ。
もともと猫の妖精なので、狩猟本能も強いため、今回の討伐依頼を楽しみにしていたようだった。
「じゃあ、行くぞ」
「はい!」
「ニャッ!」
懐かしい森の香りを胸いっぱいに吸い込みながら、地面を踏み締める。
シェラやコテツのことを笑えない。
ハイエルフであるこの身が、誰よりも緑豊かな森を満喫していた。
とは言え、ここは危険な大森林。【気配察知】スキルで警戒は怠らない。
まだ浅い場所なので、気配を感じるのは小型の魔獣ばかりだ。ホーンラビット、グラスマウス、スモールフォックスあたりか。
頭上にも少し気配がある。
小鳥の魔獣は狩っても魔石は米粒サイズだし、食える肉もないのでスルー推奨。
エイプ系の魔獣は集団で襲ってくることがあるので、弱くても注意が必要だ。
シェラは油断なく弓を構え、コテツが彼女に寄り添っている。
コテツの【気配察知】は俺よりも優秀で、妹分のシェラに魔獣の位置を教えていた。
言葉は通じないはずだが、シェラはコテツの視線の先を読み、慎重に矢を放っている。
キュイ、と甲高い悲鳴。ホーンラビットを仕留めたようだ。続けて二射、三射。悲鳴が続く。
「三匹、固まっていたみたいです! 今日のお昼ご飯が手に入りましたよ」
「腕が上がったな。じゃあ、肉はこっちで預かっておく」
シェラは笑顔でホーンラビットを寄越してきた。【アイテムボックス】に放り込み、ついでに素材化しておく。
彼女には解体のスキル持ちであることを伝えてあるため、収納から取り出した魔獣が枝肉になっていることに、全く疑問を抱いていない。
ありがたいけど、素直すぎて心配だ。
それから四時間ほど、休憩を挟みつつ狩猟と採取に集中した。
主に狩りはコテツとシェラ。俺はのんびりと薬草や野草、ベリーやキノコを採取した。
たまに厄介そうな魔獣と遭遇した時だけ、風魔法を放ってその首を落としておいた。
「お腹が空きました……」
「みょおーん……」
美味そうなキノコを発見して、ウキウキと摘んでいると、お腹を押さえた一人と一匹に切なそうに訴えられしまった。
そう言えば、もう昼に近い時間だ。
朝も早かったし、よく動いたので空腹に耐えられなくなったのだろう。
「昼飯にするか」
少し戻ったところに開けた場所があったので、そこで昼休憩をすることにした。
日除けのタープを張り、テーブルと椅子を人数分出していく。テーブルにはコンロを置き、まな板や包丁、フライパンに鍋も取り出した。
朝はサンドイッチで軽く済ませたので、昼はガッツリ食べたい。
食材はシェラから提供されたホーンラビット肉三匹分。
大人しく椅子に座ってそわそわしている一人と一匹からは可愛らしい腹の音が響いてきていた。
「よし、ホーンラビットの唐揚げにするか。これなら、その腹の虫も納得して大人しくなるだろ」
「からあげ!」
「ごあーんっ!」
「はいはい。唐揚げと米の飯を用意してやるから、良い子で待ってな?」
シェラには一度、コッコ鳥の唐揚げを食わせている。あまりの美味しさに涙を浮かべて食べていたのは、記憶に新しい。
それ以来、ずっと唐揚げのファンなのだ。
米は作り置きで炊いておいたのがあるので、シェラにはキャベツの千切りをお願いした。
一口サイズに切ったホーンラビット肉に市販の唐揚げの素をまぶして、ひたすら揚げていくだけの簡単なお仕事です。
タープの周辺には結界の魔道具を発動させてあるので、魔獣や魔物を気にせず、存分に揚げ物に集中した。
◆◇◆
キャベツの千切りに唐揚げ、白飯とインスタントの味噌汁。まるで学食の定食ランチを済ませると、狩猟と採取を再開した。
「ホーンラビットの唐揚げ、美味しかったですね、コテツくん」
「なぅ」
「はぁ……幸せ……思い切って集落を抜けて良かったです。こんなに美味しいお肉をお腹いっぱい食べられるなんて」
「分かったから、集中しろよ。大森林では一瞬の油断が命取りだぞー」
「はーい! ……はっ、ゴブリン!」
すっかり弓術のスキルレベルが上がったシェラは矢を二本同時に射て、ゴブリンの群れを着実に仕留めていった。
「今日だけで、討伐依頼のゴブリン十八匹にオーク二頭。討伐報酬と素材売却でかなり稼げたんじゃないか」
「えへへ。二人のおかげですよぉ! こんなに狩れたのは初めてです! 魔獣もたくさん狩ったから、今夜は少し奮発したいですっ」
「なら、さっき狩ったワイルドボアのステーキにするか?」
「ワイルドボアのステーキ! なんて贅沢! 食べたいですっ」
ぱあっと顔を輝かせるシェラは、出会った頃と比べて、格段と笑顔が増えている。
特に美味しいご飯を前にした時ほど、その笑顔は眩しい。
「ボアカツも旨いけど、さすがに揚げ物が続くのはなー」
「なぁん」
「は? 角煮? 旨いけど却下! めちゃくちゃ時間かかるじゃねーか。面倒くさい」
「ナァーン……」
「しおらしく上目遣いしてもダメ。ほら、ゴブリンの回収よろしく!」
んにー、と不満げに鳴くコテツを見つめていた俺は、気付くのが遅れてしまった。
いつの間にか、シェラが少し離れた場所にある果樹に登って、熟れた実を俺たちのために
あと少しで届く、と細い枝の上で懸命に指を伸ばしていた少女が体勢を崩してしまうのを。
「ひゃ……ッ!」
小さな悲鳴を上げて木から落ちる少女に気付いて、慌てて駆け出したが。
(間に合わない……!)
魔法を繰り出す余裕もなく。
彼女に届くはずもないことを知りながら、せめてと両腕を伸ばした。
その俺の目の前で、真白い羽根がふわりと舞った。
◆◆◆
宣伝失礼します。
拙作『異世界転生令嬢、出奔する』2巻の予約が始まっております。
書き下ろしもありますので、お手に取って頂けると嬉しいです…!
◆◆◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。