第103話 シェラの目標


「大森林を突っ切って抜けてきたのか。大変だったろうに」

「何度も死にかけました。でも、あのまま集落に残っていても飢えて死にそうだったので、頑張りました!」


 むんっ、と胸を張るシェラ。

 薄い胸や浮き出た鎖骨が目立ち、これまでの食生活の貧しさが思い知れて哀しくなる。

 いっぱい食わしてふくふくにしてやるからな。と、つい保護者目線になってしまう。

 こちらも同情したのか。コテツがシェラの肩に跳び乗り、頬を舐めてやっている。


「そっか。頑張ったんだな。えらいぞ」

「ニャ」


 風魔法と弓が少し使えるだけの少女が大森林を抜けられたのは、奇跡に近い。

 よほどの強運の持ち主なのか、それとも秘密のスキルがあるのか。

 当の本人は嬉しそうにほくほく笑っている。


「今日は良い日です。お店のお手伝いで稼げたし、獲物もたくさん狩れました! それに美味しいご飯も食べられたし」

「獲物はギルドに売るのか?」

「はい! ホーンラビットとコッコ鳥は魔獣なので、ギルドが買い取ってくれるんです! 雉は魔素にやられていない、普通の鳥なので私のご飯になります!」

「なるほど……」


 無邪気な笑顔で教えてくれた。

 雉は二羽、仕留めている。かなりの大物なので、食い出はあるだろう。


「雉の羽根は綺麗なので、街の雑貨屋で買い取って貰えるかもしれません」

「羽根か。飾りにするとか?」

「長めの尾羽は帽子の飾りに使うそうです。あとは矢に使いますね。雉の羽根は使いやすいって聞きました」

「なるほど……矢羽か」


 シェラが嬉しそうな理由が分かった。

 雉肉はたっぷり食えるし、素材も売れるのだ。

 味は断然、魔獣の方が旨いが、食べるよりも売る方を彼女は選んだのだろう。文字通り、断腸の思いで。


「雉肉はどうやって食うんだ?」

「? 焼いて食べます!」

「焼くだけ? 塩を振って串焼きにするのか?」

「塩は高いので使わないです。串ももったいないから、森の中で太めの枝に刺して焚き火で焼くだけですよ?」

「…………」


 原始的すぎるシェラの発言に言葉をなくしてしまった。ハーブで臭みを消せ、とまでは言わないが、せめて塩を振れ。

 

「直火は焦げないか……?」

「あ、はい! 焦げちゃいますけど、まぁ食べられますし。焼いたお肉、美味しいんですよ!」

「にゃお……」


 マジかコイツ。コテツが目を剥いているが、同意しかない。ふぅ、とため息を吐いて、シェラの細い肩にそっと両手を載せた。


「あのな、……良かったら、俺が料理をしてやるから、その雉肉預けてみる気はないか?」

「えっ? あっ、そうですよね! もちろん、トーマさんとコテツくんにもお裾分けしますよ! 二人のおかげで狩ることができたんですから」

「そうだけど、そうじゃなくて。いや、なんでもない。じゃあ、明日も昼食はここで食べようか……」

「喜んで!」


 市場は今日の売れ行きから見ても、午前中に完売できるだろう。

 午後になれば、俺は料理、シェラは狩りに集中すれば、彼女もそれなりに稼げるはず。

 コテツをお供につけてやれば、そう危険な目には遭わないはず。大森林を突っ切った度胸と逃げ足があるなら、普通の森は余裕だろう。

 とは言え、仮の保護者としては少しばかり心配でもあったので。

 

「俺も冒険者ギルドに登録しておこうかな……」


 ぽつりと呟くと、すごい勢いで歓迎された。


「いいと思います! ギルドの会員になれば、素材も買い取ってもらえるし、解体場も無料で使えるんですよ」

「解体は自分でするのか?」

「有料でギルドにお願いもできますよ。私はお金がないので!」


 笑顔で主張する内容でもないが、シェラらしい。


(まぁ、俺は素材化できるスキルがあるから、解体場は使わないだろうけど)


 上機嫌で前を歩く少女の後ろをコテツとのんびり追いかけた。



◆◇◆



 午前中は市場で行商、午後からは近くの森で料理をし、シェラの狩りを手伝う日々を過ごして、七日。

 こつこつと稼いでいたシェラは、俺が貸していた銀貨五枚を無事に完済した。


「トーマさん、ありがとうございました!」

「どういたしまして。完済した上に、ちゃんと装備も揃えることが出来たな」

「はい! おかげさまで、弓矢も革鎧も買うことが出来ましたっ」

「良かったな。シェラが真面目に頑張ったからだ」

「えへへ」


 何となく頭を撫でてやると、きょとんとした後、照れ臭そうに、はにかんでいる。

 撫でてやった箇所を自分の手でおそるおそる触れて、ふにゃりと微笑む。


(褒められ慣れていないのか? まさか、初めて撫でられたってことはないよな……?)


 ちくりと、胸が痛んだ。

 こんなに優しくて良い子なのに、自分たちと違うからと迫害する一族に、あらためて腹が立った。


 七日の間に三食おやつを食べさせてやった成果は上々。

 銀の髪は艶を取り戻したし、青ざめていた肌の色も血の気が戻っており、今のシェラは健康的だ。

 まだまだ、ほっそりとした華奢な肢体のままだが、種族的なものかもしれないので様子見中ではあるが。

 そのシェラは綺麗なアクアマリン色の瞳を輝かせて、武器屋で買った弓を見せてくれた。


「魔道武器の弓のおかげで、たくさん魔獣を狩ることが出来て、レベルも上がったんです! それに、弓術のスキルも覚えることが出来たし、風魔法の威力も上がりました!」


 ダンジョンでドロップした魔道武器の弓は魔力を込めると魔法の矢を射ることが出来る。

 毎日こつこつと魔獣を狩っていたおかげで、風魔法のコツをつかむことが出来たのだろう。

 魔法制御を覚え、良く使ったことで魔力量も増えたらしい。

 驚いたのは普通の弓も風魔法を纏わせて命中精度を上げたり、威力を強める技を覚えたことか。


「すごいな、シェラは。本当に努力家だ」

「お肉を手に入れるために頑張りました!」

「ああ、そう……」


 ふんす、と鼻息荒く説明してくれる肉食系美少女。最近ではギルドに卸す魔獣肉の他にもホーンラビット一匹分は自分用に確保している。

 さすがに三食世話になることに抵抗が出てきたようで、夕食に関しては自分で用意したいらしい。

 朝食と昼食は売り子の手伝いのバイト代も兼ねているので食べてくれている。

 百円ショップの塩とバーベキュー用の鉄串を鉄貨1枚で譲ってやっているので、以前よりはマシな夕食のはずだった。

 冒険者ギルド内の宿舎には調理部屋があるらしく、燃料の薪さえ自分で持ち込めば、自炊も出来るのだとか。


「トーマさんがもうしばらく、この街にいて下さることになって良かったです! お小遣いを貯めて、調理器具や野営道具も買いたいので」

「ダンジョンを目指すんだったか」

「はい!」


 稼ぐことはもちろんだが、ダンジョンでの目当ては【認識阻害】の魔道具だ。

 シェラに貸してやっている指輪と似た物がどうしても欲しいらしい。

 幾つか在庫もあるし、譲ってやっても良いのだが、頑なに断られていた。


「魔道具は金貨十枚以上する物ばかりなんですよ? さすがに受け取れません!」


 レベルが上がり、以前よりも強くはなったが、華奢な少女が厳つい冒険者たちを蹴散らせるとは思えない。

 ソロで活動するシェラには、やはり【認識阻害】の魔道具は必須だった。


「個人的には【隠密】の魔道具や【隠蔽】系の魔道具、あとは【結界】の魔道具もシェラは持っておくべきだと思うけど……」


 ぶつぶつと呟いていると、コテツに「落ち着け」と呆れられてしまった。

 そうだった。つい保護者気分が暴走しそうになったが、シェラは妹でも従妹でもない。


(とは言え、ダンジョンに潜れるくらいの装備は整えさせてやりたいから、もうしばらくはこの街で暮らそう)


 定期的に連絡を取っている黄金竜のレイはまだお仕事中で、しばらくは合流出来そうにないのでちょうど良い。

 従弟たちも今は帝国領土内の特急ダンジョンでレベル上げと魔族の討伐に力を入れていると聞く。

 ちなみにシェラのことは従弟たちには伝えていない。

 なぜか、ハルやアキに異世界人との交流については報告しないで良いと言われていたのと、歳の離れた美少女の面倒を見ていることをからかわれたくなかったので。


「市場でこの国の貨幣を稼いで、シェラがダンジョンに潜れるようになったら、ちょっとだけ手伝ってやるか」


 それから、念願の海を目指そう。

 海に辿り着いたら、新鮮な魚介類を大量に仕入れる予定だ。

 

「コンビニの海鮮丼だけじゃ物足りない。いい加減で新鮮な刺身が食いたい」


 良い魚が手に入ったら、勇者を頑張っている従弟たちにも送ってやりたいし。

 銀髪の肉食少女も、魚は好きなのだろうか、とふと気になった。

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