第100話 露店で稼ごう 1
夕食を屋台で済ませ、シェラを冒険者ギルドまで送ってやった。
明日は朝から市場で露店販売の仕事だ。
ギルドで待ち合わせをする約束をして解散する。
小綺麗になったシェラだが、貸してやった指輪の魔道具の【認識阻害】の効果のおかげか、誰も彼女に注目する者はいなかった。
「これなら大丈夫かな」
ギルドの宿泊所は女性だけの四人部屋だし、「おいた」をする連中はギルド会員資格を没収されるらしいので、安全だろう。
「さて、帰ったら明日の売り物の準備をしないとな」
「なぁぁん?」
肩に座ったコテツがご飯を売らないのか、と聞いてくる。楽しみにしていた屋台飯の味に、よほど落胆したのだろう。
「俺に屋台をしろって? まぁ、日本の調味料を使えば、あっという間に人気屋台になる自信はあるけど、めんどくさい」
「うにゃあ」
「シェラに手伝わせれば良いって? うーん、それならまぁ?」
俺の【アイテムボックス】には大森林とダンジョンで手に入れた魔獣肉がしこたま眠っている。
すっかり口が肥えてしまい、今ではダンジョン産の上級魔獣肉ばかり食べているので、
収納リストをそっと確認してみたが、どれも三桁近い在庫となっていた。
「屋台をやるにしても準備が必要だから、しばらくは雑貨販売だな」
「んんー」
コテツは不満そうだが、生活雑貨用の刃物を売るのは楽で良い。
百円ショップで仕入れた品を百倍近い値段で売る、悪徳転売屋だが、一応この世界では犯罪行為ではないのでセーフ。
「せっかく街に来たんだし、売る商品を増やしてみるか」
「んなっ」
「だから、食品は売らないってば」
部屋を押さえておいた宿に戻ると、おかえりなさいと笑顔で出迎えられた。
「後で部屋に湯をお持ちしますね」
「ああ、ありがとう」
風呂はないが、湯のサービスはある。
タライに張った湯はありがたく受け取り、せっかくなので顔を洗った。
タライは廊下に出しておけば回収してくれるとのことだったので、その通りにした。
「さて、後は明日の準備をして眠るだけだが……」
部屋の中をあらためて見渡して、ため息を吐いた。
街では上級宿に入るらしいが、清潔さと快適さに慣れた現代日本人にはなかなか厳しい部屋だった。
ゴミは落ちていないが、埃が気になる。
十畳ほどの広さの部屋は奥にベッド、サイドテーブル、手前に箪笥。
小さいながらも机とイスが置かれていた。
床は当然フローリング。絨毯なし。
部屋に入ってすぐの足元にだけ蔦で編んだような敷物が置かれていた。
「玄関マットの代わりか? 土足文化だもんな。ここで靴の汚れを落とすのか」
納得はしたが、不潔なのは嫌すぎるので、部屋中に
「うん、よし。とりあえず汚れは気にならなくなった。後はベッドだな……」
従弟たちから聞いて覚悟はしていたが、実物を目にするとため息しか出ない。
木製の寝台は頑丈そうだったが、快適さとは無縁そう。マットの代わりに藁が敷き詰められており、その上に毛皮が何枚か重ねられていた。
見栄えを良くするために、その毛皮の上にパッチワークされたベッドカバーが被せられている。
「高級宿でこれなら、シェラが言っていた新人冒険者御用達の宿のベッドはどんな……」
想像がつかない。
というか、したくない。
一応、ベッドカバーごしに触って確認してみたけれど、柔らかさや弾力は感じず、安眠とは無縁そうだった。
「うん、無理。と言うか、虫が怖いし、とっとと片付けよう」
申し訳ないが、宿のベッドは【アイテムボックス】に収納して、俺は日本製の快適ベッドを使わせてもらおう。
愛用のダブルサイズベッドを部屋に設置すると、待ってましたとばかりにコテツが飛び乗って丸くなった。かわいい。
アンモニャイト状態で眠る、ふんわり毛皮に顔を埋めたい衝動をどうにか抑えて、明日の準備をすることにした。
◆◇◆
宿の朝食はパンと野菜スープ、燻製肉のステーキと目玉焼きだった。
食堂ではなく、部屋に運んで貰って正解だったと、しみじみ思う。
パンは少し固めでパサパサしているハード系で、麦の香りがかなり強い。
燻製肉ステーキは端を少し切って口にしてみたが、塩味が効いており、まぁまぁ美味しかった。
野菜スープは相変わらず、薄めの塩味なので、コンソメスープの素を追加して飲むことにする。
「コテツ、食うか?」
「んにゃ」
ふいっと顔を背けられてしまった。
不味くはないが、旨くない。微妙なラインの朝食。捨てるのはもったいないので、シェラにあげることにしよう。
パンを半分に切り、バターを塗る。その上に【アイテムボックス】から取り出したレタスを挟み、燻製肉のステーキ、目玉焼きを重ねていく。
「照り焼きソースより、マヨネーズかな」
ほんの少しマヨネーズを載せて半分に切っておいたパンを重ねて即席のサンドイッチが完成した。
百円ショップで買っておいたクッキングペーパーで包んでおけば、片手でも食べやすいだろう。
「ごあーん」
「はいはい、俺らの朝食も用意するから」
宿の食事は拒否したが、美味しいご飯は食べたいのだと、ねだるコテツのために朝食を用意する。
ここしばらく、パン食が続いたので、今朝はお米が食べたい。
土鍋で炊いておいた白飯を丼によそい、作り置きしておいた、オーク肉料理を載せてみる。
オークの塊肉をブロック状に切り、コロコロステーキ風にしたものを甘辛いタレで照り焼きにした自慢の一品だ。
卵の黄身を割り入れて、ネギと七味とゴマを散らし、マヨネーズを格子状にふりかけたら完成。
「んにゃあー!」
「ん、どうぞ」
かふかふと凄い勢いでコテツがかぶりつく。気に入ってくれたようで嬉しい。
箸の先端をつぷりと黄身に突き刺して、肉と絡めて食べると最高に美味しかった。
食後のお茶を堪能すると、約束の時間にちょうど良い頃合いだ。
食後の散歩気分で冒険者ギルドまで歩き、シェラと合流する。
「おはようございます、トーマさん! コテツくん!」
「おはよう、シェラ」
「にゃあ」
市場が始まるのは、街の中央にある塔の鐘が二度鳴ってから。
一の鐘は早朝六時、二の鐘は九時頃に鳴らされる。三の鐘が正午、四の鐘が午後六時。
一日に四度の鐘の音を目安に、街の人々は生活しているのだ。
時計は希少で高価な魔道具なため、街長しか所有していないらしい。
冒険者ギルドは一の鐘の頃、午前六時から仕事始めらしく、勤勉さに感心してしまった。
露店市場は九時からなのでありがたい。
張り切ったシェラが先を歩き、市場まで案内してくれる。
「商業ギルドで割り当てられた場所は、あそこだな」
蔦で編まれた縄で区切られ、番号が割り当てられていた。少し早めに訪れたため、まだ周りには誰もいない。
「新参者はあまり良い場所が割り当てられないんですよね……」
「そうだろうな。まぁ、初日だし。のんびりやろう」
市場の隅っこに追いやられたようだが、かえって気楽だ。
「じゃあ、店の準備をするか」
「はい! お手伝いしますっ!」
張り切るシェラだが、ちょろちょろ動かれると邪魔なので、宿の朝食をアレンジしたサンドイッチを手渡しておく。
「とりあえず、シェラは先に腹ごしらえ! 食っている間にこっちで準備しておくから」
「うー……分かりました。明日からは手伝わせてくださいね?」
不満そうに唇を尖らせながら、出してやった木製のベンチタイプのイスに座るシェラ。
クッキングペーパーの包み紙を剥がし、サンドイッチにぱくりと齧り付いている。
「…っ、美味しいですっ! お肉と卵が入っていてとっても贅沢……」
うっとりと咀嚼するシェラを隣に座ったコテツが呆れたように横目で見ている。
ちょっと可哀想な子を見る目だ。
「んんっ? 何だか、初めての味が……おい、美味しいッ⁉︎ 何ですか、このソース!」
やはり子供はマヨネーズが好き。
喉を詰まらせないように、さりげなく水入りの皮袋を手渡してやる。
感動に震える少女を放置して、黙々と露店の準備をした。テーブルを取り出し、敷布で飾り、商品を並べていく。
獣人たちの集落でも大人気だった、刃物シリーズはイチオシなので目立つ場所に。
折り畳み式の髭剃りナイフ、爪研ぎに裁縫用のハサミと採取用の剪定ハサミ。あとは試しに百円ショップで購入した蓋付きのガラス瓶を三つほど。
「それと、様子見としてこれも出してみるか」
宿や食堂では木製の皿が使われていたが、昨日、街を散策中に高級品を扱う店で陶器のカップを目にしたのだ。
ゴブレットのような形の陶器とティーカップらしき陶器。ゴブレットは備前焼に似た色合いで、少し無骨な形をしていた。
ティーカップはベージュの地に絵付けされた物で、一客で金貨二枚の値が付けられていた。
「あんまり綺麗な品だと騒がれそうだから、シンプルな小鉢をひとつ」
薄緑色の陶器の小鉢を置いてみる。
百円の品だが、高見えする商品だと思う。
「まぁ、売れるとは思わないけど、とりあえず金貨一枚の値札を付けてっと」
髭剃りやハサミは集落と同じ、ひとつ銀貨一枚の値段にした。
この方がシェラも計算がしやすいはず。
食事を終えたシェラがおずおずと寄ってきた。我に返って騒いだことが恥ずかしくなったのだろう。
値段と簡単な接客の仕方を教えて、ベンチに並んで座った。
いつの間にか、周囲が賑やかだ。
地面に直接敷き布を広げている者、木箱を並べてその上に商品を並べる者、様々だった。
売り物も雑貨が多いが、中身は多彩だ。
木製の皿やカップ、蔦で編んだカゴや手作りのアクセサリー。
異国情緒たっぷりで、なかなか楽しそうだと感心する。
「ん、二の鐘の音か」
市場の始まりの時間だ。
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