第99話 商人になりました


 商業ギルドの会員登録には、入会金と年会費が必要だった。

 入会金は金貨一枚、年会費は銀貨六枚。

 日本円にして、合計で十六万円が高いのか安いのかは分からない。

 だが、商業ギルド会員証が手に入ったのはありがたい。

 この会員証があれば身分証明となるし、街の出入りの際の通行税も免除される。

 堂々と行商人を名乗ることも出来るし、街の市場で露店を開くことも可能なのだ。


「審査とかもないんだな。簡単すぎて、むしろ不安になってきた」


 一応、犯罪者かどうかは確認された。

 冒険者ギルドや商業ギルドでは犯罪を犯した連中の人相書きが受付カウンターに貼られており、職員に「犯罪行為をしたことがあるか」と問われている。 

 どうやら、手元にある水晶玉が魔道具らしく、発言が真実かどうか見極めることが出来るらしい。

 感心しながら眺めていると、ダンジョン産の魔道具です、と自慢された。

 そんな物まであるのか、異世界。


「嘘発見器だよな。これからは発言を気を付けよう……」


 犯罪行為をするつもりはないが、無抵抗で殴られる趣味もないので、襲われたらやり返す気満々だ。

 とりあえず、先に手を出すのだけは我慢しておこうと思う。正当防衛、大事です。

 あと、極力嘘は吐かない方向で。



 目当ての会員証も手に入ったし、次はシェラの身支度を整えることにした。

 問答無用で浄化魔法クリーンを掛けられたシェラはピカピカだ。

 何日も洗髪していなかった銀髪は今では天使の輪が浮かんでいるし、泥で汚れていた顔は艶めいた白磁のよう。

 着ていた服は随分と草臥くたびれていたが、汚れが落ちるだけで、随分と見違えた。

 当の本人は落ち着かないようで、フードをしっかりと被っているが。


「サッパリして、気持ち良かっただろ?」

「う……確かにサッパリしましたけど、落ち着かないです……」

「慣れろ。汚れたままだと病気になりやすい。体が資本の冒険者が寝込んだら、あっという間に借金が嵩むぞ?」

「ううぅ……そうなんですけど、でも私、男の人が怖くて……」

「男が怖いのか? なら、俺と同行するのは辛いんじゃ──…」

「あ、トーマさんは平気です! 男の人っぽくないので!」


 申し訳なかったな、と戸惑いながら謝ろうとしたところ、なぜか食い気味に否定された。解せない。

 やはり、この母親似の女顔か。

 創造神ケサランパサランに弄られたハイエルフ顔(めっちゃ美形)が元凶か!


「……そうか。俺が平気なら、それで良いんだが。とにかく、目立つのが嫌なんだな? じゃあ、これを貸してやろう」


 シェラに渡してやったのは、ダンジョンでドロップした指輪だ。

 シンプルな銀のリングは魔道具で、特別なスキルが付与されている。

 小さな魔石が飾られており、魔力を込めると発動し、人の興味を逸らす効果があった。


「これを指に嵌めて魔力を流すんだ。……そう、それで【認識阻害】のスキルが発動する。すれ違った相手の目にシェラが映っても、そいつはシェラに気付かない」

「私に気付かない? 見えなくなるんですか?」

「少し違う。見えるけど、認識がぼやけるんだ。よほどの高レベル冒険者や魔法使いじゃないかぎり、シェラの容姿に誰も興味を持たなくなる」


 ぱっとシェラの顔が輝いた。

 よほど、これまで苦労してきたのだろう。

 嬉しそうに指輪を撫でていたが、ふと顔を上げた。


「そんなすごい魔道具、お借りして良いんですか?」

「いいぞ。指輪をしたままでも接客はちゃんと出来るから、むしろそっちの方が助かる」


 商品ではなく、シェラ目当ての厄介な男連中が集まるのは不本意なので。

 それに指輪の魔道具はあと三つほど在庫がある。大森林のダンジョンではそう珍しいドロップアイテムではなかった。


「なら、お借りします! ありがとうございますっ!」

「ん。じゃ、次は服屋だな。従業員の制服を買いに行こう」

「はっ? はわわ……」


 少しの付き合いだが、シェラの扱いが何となく分かってきた。

 臆病だが、気は優しくて生真面目な少女で、押しに弱い。矢継ぎ早に話しかけ、返事を聞かずにそのまま歩き出せば、慌てて追いかけてくる。

 あとは女性店員に銀貨を数枚握らせて、少女を任せるだけで良い。

 気風の良い中年女性店員は俺の希望を笑顔で聞いてくれて、シェラを店の奥に連れて行ってくれた。



◆◇◆



「こんなにたくさん、良いんでしょうか……?」

「いいって。福利厚生だ」

「ふくり……?」

「あー…うちで雇われた従業員へのおまけみたいなもん。似合ってるぞ」

「あ、ありがとうございます」


 ほんのりと頬を赤らめて照れている姿が可愛らしい。

 申し訳なさそうに遠慮していたが、買ってやった服を大切そうに抱きしめて、えへへとはにかんでいる。


 ちなみに購入したのは、市場で売り子をしてもらう時用の制服、町娘風の小綺麗な服である。

 ドイツの民族衣装にデザインが似ており、とても可愛らしい。

 襟元が開いた半袖の白いブラウスに前開きのコルセット風な胴衣と薄緑色のロングスカート。スカートの前面には白いエプロンが縫い付けられている。

 ドイツのオクトーバーフェスでビールガールが身に付けているのはセクシー風なミニスカートだが、こちらはデザインの系統は似ているが露出は少なく、シェラに良く似合っていた。


 あとは、冒険者活動用の生地がしっかりとした動きやすそうな上下の衣服とパジャマとして利用できる、ゆったりとした部屋着と替えの下着インナーウェアを何枚かを購入した。

 古着屋だったので、合わせて銀貨三枚ほど。まぁ、こんなものだろう。

 こちらの世界では、庶民は古着か自分で仕立てた服を着ているのだ。


(本当は新品の服を買ってやりたかったけど、高価すぎて受け取ってくれないだろうし)


 せっかくなので、自分も何着か服を購入した。

 もちろん古着は避けて、新しい服を選ぶ。

 アキほどの潔癖症ではないが、ビンテージより新品の方が好きなので。


 それから、二人でしばらく市場や商店を冷やかして歩き、夕食は屋台で済ませることにした。

 スープとパン、串焼肉の屋台が並んでいる。


「シェラは何が食べたい?」

「お肉が食べたいです!」

「分かった」


 清楚な美少女が綺麗な水色の瞳を輝かせながら「お肉!」と主張する様に驚いたが、まぁ、この世界の肉は旨いから、それほど意外ではない。

 ボア肉の串焼きを十本ほど、あとはスープも三人分購入し、街の中央にある広場へと歩いて行く。

 木製のベンチに並んで座り、【アイテムボックス】から取り出した大皿に串焼肉を盛り付ける。

 コテツもいそいそと肩から降りて、皿の前にお座りした。

 

「じゃあ、食おうか。シェラも遠慮するなよ。足りなかったら、また買ってくるから」

「ありがとうございますっ!」

「んにゃっ」

「んんんっ! 久しぶりのお肉美味しいですー!」


 さっそく串焼き肉に齧り付いて、幸せそうやに瞳を細めるシェラ。

 昼間、結構食べていたはずだが、よほど腹が減っていたのか。

 あっという間に三本ほど食べ切った。

 のんびりと一本目を咀嚼していたので、少し驚いたが、追加を買ってきてやることにした。


「ほら、これを食うといい。追加で買ってくるから」

「えっ、でもコレはトーマさんの……」

「また買うから平気だ。コテツの串を外してやってくれるか?」

「はいっ!」


 猫の妖精ケットシーのコテツは器用に前脚を使って串焼肉を食べられるが、さすがに人前でその技を披露させると、普通の猫でないことがバレてしまう。

 せっせとシェラが串を外してやった肉をコテツがのんびりと口にする。

 食いつきがあまり良くないのは、俺と同じで味が物足りないのだろう。

 屋台の串焼き肉は薄い塩味しか感じない。

 臭み取りのハーブや胡椒などの香辛料も使っていないため、多彩な味に慣れ親しんだ自分たちには、とても物足りなく──端的に言うと不味かった。


「ボア肉は脂も乗っていて、それなりに旨いんだけどなー……」


 足すか、スパイスを。

 一緒に買ったスープはもっとひどい。

 根菜類とキノコ、干し肉らしき物がほんの少し浮かんだスープには殆ど味がしなかった。

 干し肉の塩分とキノコに頼り切って、塩さえ使っていないのだ。


「あれは飲めない。きつい。やはり足そう、スパイスとコンソメを」


 追加の串焼肉を二十本買って【アイテムボックス】に収納する。

 余ったら明日の昼食にしよう。

 ベンチに戻ると、大皿の中身は空になっていた。コテツはまだ一本目の串焼き肉を虚無の表情で噛み締めている。

 串焼き肉を八本ぺろりと平らげたシェラは追加の肉を取り出すと、歓声を上げた。


(まだ食うのか。健啖家だな)


 そのほっそりした肢体のどこに食べ物が収まっているのか、心底不思議だ。

 が、よく食べる子は好感が持てるので、笑顔で肉を振る舞った。


「あ、ちょっと待って。一手間加えて、美味しくするから」


 こっそり取り出した、クレイジーソルトを串焼き肉にふりかける。

 ついでにスープにも粉末状のコンソメを少々。


「これで少しはマシになったと思う」

「? 充分美味しかったですけど」

「いいから食え。ほら、コテツもこれなら旨いだろ?」

「んにゃう!」


 ぴんと尻尾を立てて、ガツガツと串焼き肉を頬張るコテツを目にして、シェラも慌てて手を伸ばした。

 塩とハーブに胡椒がブレンドされた日本製の調味料にかかれば、微妙な味だったボア肉も途端に美味しく変化する。


「な、なんですか、これ。ぜんっぜん違う味……! 美味しいお肉がさらに美味しくなりましたよ?」

「だろ?」

「しかも、このスープ! お腹を温めるためだけの飲み物が、天上の神々のご馳走みたい……美味しいです……」


 そこまでか。

 うっとりと頬を染めて身悶える少女の様子に少し引いてしまう。

 試しに口にしたボア肉の味はまぁ、普通。

 さっきと比べたら美味しくなったが、散々ダンジョンで狩った上級魔獣の味を堪能していたため、普通のボア肉は物足りない。

 とは言え、美味しい美味しいと涙ぐみながら食事を堪能する痩せた少女には大いに同情してしまっていたので。


(しばらく面倒を見てやる間、旨い物をたらふく食わせて、もっと肉を付けさせてやろう)


 華奢というよりも、痩せぎすな少女をこっそり観察して、あらためて誓っていた。

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