第101話 露店で稼ごう 2


 市場の出展は商業ギルドの加入が必須で、一区画の利用料が銀貨一枚。

 一日一万円の場所代は少し高い気がするが、売り物には自信がある。

 見慣れない露店に興味を惹かれたのか、それなりに足を止めて覗いてくれる人はいた。

 刃物類を多く扱っているため、男性客が多い。


「これは小刀か? 鞘の代わりに中に折り込むのか。面白い」

「便利でしょう? これはヒゲを剃るための刃物ですよ」

「ほう! ヒゲだけかね? こんなに綺麗な刃はなかなか見ない。良い品だ」


 反応が良い男性客に、にこりと笑って見せる。


「ヒゲ剃り用ですが、体毛も剃れますよ。良ければ試してみませんか、奥さま」


 恰幅の良い男性の隣には似た雰囲気の女性がいた。声を掛けられて、あらと目を瞬かせている。

 ポケットからワセリンを取り出し、中年の女性を手招きした。

 夫婦の許可を得て、女性の腕にワセリンを塗り、ヒゲ剃り用のナイフを慎重に当てる。

 貴族のご婦人や裕福な女性ならともかく、体毛を処理し、肌を美しく保つ習慣のある市井の女性は滅多にいない。

 この少しふくよかな女性も腕の毛の処理はしていなかった。


(日本人よりは髪色が明るいから、ムダ毛が目立たないのは得だよな)


 明るい金髪の女性は腕毛も同じ色なため、それほど見苦しくはないが、近くで見ると、やはり気になる。

 ナイフを滑らせて、濡れた布で拭き取った後の肌は見違えるように美しかった。


「まぁ……! つるつるになったわ!」

「傷もないな。先程、塗ったのは特別な薬か?」

「いえ。肌を傷めないように、クリーム…軟膏状の物を使えば剃りやすいんです。たとえば、獣脂。剃り終わったら、肌とナイフはしっかり洗い流してくださいね?」


 いつの間にか、周囲に人だかりが出来ている。

 男性客だけでなく、女性客も興味津々の様子で剃り跡を確認していた。

 目論見通り、良いパフォーマンスが披露できて、内心でほくそ笑む。


「いくらだ?」

「金貨一枚です」

「買った!」

「私も買うわ」

「俺も買おう! 二本くれ!」

「私は三本よ」


 途端にわっと客が押し寄せてくるのをどうにか二列に並ばせて、シェラと二人で売り捌いていく。

 ついでに爪研ぎやハサミ類も順調に売れていった。女性客は目ざとくガラスの瓶に気付き、大喜びで購入する。裁縫用のハサミも使い方を説明すると、飛ぶように売れていった。

 値段を分かりやすく設定しているため、シェラも問題なく接客できている。

 ちなみにコテツはテーブルの下に置いたカゴの中で気持ち良さそうに眠っていた。



◆◇◆



「っし! 完売! 思ったよりも早かったな」


 テーブルの上の商品は全て売り切った。

 こっそりスマホで時間を確認したが、まだ午前十一時。二時間しか経っていない。

 途中、何度も【アイテムボックス】から在庫を取り出したが、並べる先から売れていった。

 やはり、便利刃物は強い。


「つ、疲れました……」

「お疲れ、シェラ。ほら、今日の給金だ」


 シェラに約束の銀貨を握らせてやると、ぱっと顔を輝かせた。


「ありがとうございます! あっ、じゃあコレ! 借りていたお金の返済に充ててくださいっ」

「え、いいのか。せめて半分ずつ返済に充てたら良いんじゃ」

「いえ! お借りした銀貨五枚で食い繋げますから。しばらくは露店で稼ぐんですよね?」

「そうだな。五日働いて、二日はのんびりしたいけど……」

「なら、その五日間で借金は返せますね!」


 律儀な少女は嬉しそうに笑っている。

 フードからこぼれ落ちた銀髪が陽の光を弾いてキラキラと眩しい。

 【認識阻害】の指輪の効力は抜群で、誰も彼女自身に興味を持つ者はいなかった。

 そのことが、とても嬉しかったらしく、満面の笑顔だ。


「誰も私を見ていませんでした!」

「ああ、そうだな」

「男の人に声を掛けられなかったのなんて、初めてですっ!」

「そうか」

「女の人からも意地悪されませんでした!」

「……良かったな」


 聞きようによっては、自信満々な嫌な女のセリフだが、本当に嬉しそうな様子からこれまでの苦労が偲ばれた。


「ま、こんな感じの仕事だが、大丈夫そうか?」

「はい、もちろんです! たくさん売れるのってすっごく気持ちが良いものなんですね。楽しかったです」

「それは俺も思う。おかげでいっぱい稼げたから、昼飯は豪勢に行こう」

「わぁ! やった!」

「にゃあん!」


 それまで足元で爆睡していたコテツが、豪勢な昼飯発言に喉を鳴らしながら擦り寄ってきた。

 しかも、屋台や店よりも俺の料理が食いたいとねだってくる。


「俺に作れって? せっかく街中にいるんだから、店で食べよう」

「んにゃあ」

「トーマさんが作ってくださるんですか! 楽しみですっ!」


 ダメだ、と断ろうとしたが、期待に満ちた美少女からの眼差しには勝てなかった。



◆◇◆



 結局、昼食は街の外で提供することになった。

 宿の部屋にシェラを連れ込んで料理をするわけにもいかず、露店道具を【アイテムボックス】に収納すると、そのまま街の外を目指した。

 

「まさか午前中に終わるとは思わなかったです。でも、おかげで午後からは冒険者活動で稼げそう!」


 シェラは足取り軽く、近くの森を目指して先導してくれた。


「冒険者ギルドに寄らなくて良かったのか? 依頼を受けないといけないんじゃないのか」

「街中依頼や特別な採取依頼、討伐依頼は依頼票が必要ですけど、私は弱い魔獣しか狩れないので……」

「ああ。素材買取の場合は依頼票は要らないんだったか」

「はい。運良く、依頼に出ている魔獣の素材や薬草などが手に入ったら、ギルドに戻って依頼票と一緒に受付に持参すれば良いし」

「意外とゆるゆるだな」


 シェラが案内してくれた場所は、森の中だが開けており、ピクニックには最適だった。

 切り株がイス代わりにちょうど良い。


「うん、いい場所だな。じゃあ、シェラとコテツには周囲の見張りを頼む」

「にゃっ」

「任せてください!」


 ふんす、と張り切って弓を構えるシェラの肩にコテツがちょこんと座った。

 大森林と違い、普通の森なため、現れたとしてもボアかオオカミくらいのはず。

 結界の魔道具は必要ない。

 【アイテムボックス】から取り出すのは、調理用のテーブルと魔道コンロ、調理道具類。

 あとは食材だけ。


「さて、何を作ろうかな」


 あまり高級な魔獣肉を出せば、シェラが遠慮しそうなので、ここは大量に在庫のある鹿ディア肉を使おう。

 全員が健啖家だと知れたので、肉は大きめの塊を三つ用意した。

 ブロック肉に塩胡椒、すりおろしたニンニクをすり込んで、フライパンでオリーブオイルを熱しておく。焼くのは中火。

 本当はオーブンを使いたいところだが、まさかここでコンテナハウスを出すわけにもいかないので、フライパンで代用する。

 トングで肉を押さえつけ、表面に綺麗な焼き色がついたところで、こっそり鑑定。

 うん、良い焼き加減。


「シェラは……ウサギ狩りか。ま、コテツがついているし、大丈夫か」


 綺麗に焼き色のついた塊肉をアルミホイルに包み、三十分ほど余熱を通す。

 その間にもう一品、スープを作ることにした。


「味噌や醤油味はやめておいた方がいいよな。突っ込まれたら説明しにくいし。よし、オニオンスープにしよう」


 玉ねぎを薄く切り、バターで丁寧に炒めていく。レンジで時短ができないので、十分ほど焦がさないように炒めると、飴色に色付いた。

 後は大鍋に移し替えて、水とコンソメを追加して煮込むだけだ。

 弱火でじっくり、塩胡椒で味を整えたら完成。


「主食はパンだな。硬いパン……バゲットをスライスしてガーリックトーストにしよう」


 バゲットはコンビニショップで購入し、フライパンでガーリックトーストを焼く。

 ガーリックバターもコンビニで買っておいたチューブ式の物を使った。仕上げにみじん切りにしたパセリを散らす。うん、良い匂い。


「ソースを作るのは面倒だから、ローストビーフソースを買おう。やっぱ市販のソースが最強だよなー」


 鼻歌まじりに、購入召喚する。

 手抜き上等! 出汁の素も化学調味料も麺つゆにも大変お世話になっております。


「……で、アイツら何処に行った?」


 ランチは完成したのに、見張り役のはずの一人と一匹が見当たらない。

 【気配察知】スキルで探してみると、ちょうど獲物を抱えて帰ってくるところだった。


「あ! トーマさん! 見てください、たくさん狩れましたっ」


 エルフと見紛うほどの銀髪美少女が泥まみれ、返り血まみれで魔獣の死骸を引き摺りながら笑顔で手を振ってくる様は、少しばかりホラーな光景だった。



◆◆◆


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