第72話 樽風呂と肉巻き半熟卵


 さっそくワイン樽を使うことにした。

 テントの隅に設置しているトイレルームで【アイテムボックス】から取り出したワイン樽を置く。

 手洗い用の水道から引いても良かったけれど、すぐにでも風呂を試したかったので、水魔法を使うことにした。

 湯にするのには生活魔法の加熱ヒートを使い、適温に。

 大型家具店ショップで召喚購入したワゴンにバスセットを用意し、脱ぎ捨てた服もそのままに樽風呂に飛び込んだ。

 

「あー……」


 言葉もなく、緩んだ表情で樽風呂を満喫する。

 長風呂を見越して、温度は少しぬるめにしてみた。木の香りがする湯は心も身体もほど良く温めてくれる。

 汚れを落とす浄化魔法クリーンは便利だけど、やっぱり風呂は気持ち良い。

 うっとりと湯を堪能していると、後をついて来ていたコテツが興味深そうにこちらを見詰めていることに気付いた。

 猫は水に濡れることが嫌いだと思っていたけれど、猫の妖精ケット・シーの彼はどうやら平気らしい。


「コテツも一緒に入ってみるか?」

「ニャッ!」


 ほんの冗談のつもりで誘いかけてみると、思いの外元気の良い返事をもらってしまった。


「え? マジで? 水は平気なの?」

「にゃあん」

「そうか。平気なら、まぁ良いか……?」


 おいでと手を差し出すと、待ってましたとばかりに寄ってくる。抱き上げて、そっと湯に浸けてみた。子猫は暴れもせずに、じっとしている。本当に平気みたいだ。


「むしろ気持ち良さそうだな……?」


 お風呂好きな猫もいるのか。

 目をつむり、少し口を開いて心地良さそうに身を預けてくる子猫の姿に感心する。初めてのお風呂体験だが、どうやらかなり気に入ったらしい。

 

「そうか。お前も風呂が好きか。この世界にも温泉があったら、一緒に入りたいな」


 丸い後頭部が可愛くて、頬を擦り寄せると、ゴロゴロと喉を鳴らして甘えてくる。

 ここしばらくのダンジョンアタックで、コテツのレベルはかなり上がった。

 魔力量も増えたので、【生活魔法】を教えてやったのだが、あっという間に使いこなすようになったのには驚いた。

 今では自慢の毛皮のお手入れは浄化魔法クリーンで自力でこなしている。

 つやつやさらさらの毛並みの触り心地は最高だ。

 加熱ヒートもしっかり習得した猫舌のコテツは好みの温度になるように、毎食自分で温めている。うちの子、やはり天才なのでは?




「はー、気持ち良かった……。やっぱり風呂はいいものだ。今度は入浴剤を入れてみよう」


 風呂上がりに、コーヒー牛乳を飲む。

 コテツにはフルーツ牛乳をあげてみた。こちらも初めての味だったが、美味しそうに舐めている。

 蜂蜜入りのホットミルクは風呂上がりには合わないよな、さすがに。

 ルームウェアに着替えると、一人と一匹での夕食だ。


「今日もハイオーク肉にするか」


 文字通りに「美味しい」階層は何度か周回するので、必然的に肉の在庫が増えていく。

 オークよりも脂身が少なく、引き締まった赤身部分の多いハイオーク肉は食べやすくて美味しい。

 薄くスライスしたハイオーク肉を使って、肉巻き半熟卵を作ることにした。


「茹で卵は大量に作り置きしてあるんだよなー。半熟卵のタッパーはこれか」


 味玉が好きなので、麺つゆに漬けた半熟卵はたくさん作ってある。今回は肉に味を付けるので、漬け込んでいない半熟卵を使うことにした。

 作るのは簡単だ。ハイオークのバラ肉に塩胡椒をして半熟卵に巻き付けて焼くだけだ。薄く小麦粉をはたくのを忘れずに。

 フライパンにオリーブオイルを敷き、肉に焼き色がつくまで火を通していく。

 焼きすぎると、せっかくの半熟卵が台無しになるので、火加減には気を付けた。砂糖と醤油、みりんに料理酒で味付けし、煮込めば完成!

 レタスとトマトで飾りつければ、なかなか見栄え良く作れたと思う。

 

「ごあーん!」

「分かった分かった。コテツの分もあるって」


 最近ではカリカリに見向きもしなくなったコテツは、俺と同じメニューを食べたがる。こんなに小さいのに、一人前をぺろりと食べるのだ。

 肉巻き半熟卵を食べやすいように切り分けて、コテツ用の皿に載せてやると、大喜びで顔を突っ込んでいる。美味そうに食ってくれる相手と食卓を囲めるのは幸せだ。


「ん、美味い。さすがハイオーク肉」


 甘辛く煮込んだ肉と、とろりと黄身が絡まる半熟卵のマリアージュにうっとりとする。

 これは白飯がすすむ。肉巻きおにぎりも良いけれど、半熟卵巻きもありだな。濃い味付けなので弁当メニューにも最適に思える。


「うまいか、コテツ?」

「うみゃあ!」

「そうか。もっと食え」


 これが「食わせたがる」オカンの気持ちというやつか。いっぱい食べるうちの子かわいい。

 べっとりとタレで口元を汚した子猫の顔を拭いてやる。されるがままに身を任せて甘えてくるコテツをひとしきり撫で回すと、面倒な後片付けに取り掛かった。



 食後のアイスクリームはコテツと半分こにした。バニラアイスにブルーベリーソースを添えて。

 ちなみにブルーベリーはコテツが植え替えを手伝ってくれた木から採取したものを使った。

 ジャムほどには煮込まずに、水分が多く残ったフルーツソースを作ったのだ。

 ヨーグルトやアイス、たまに肉料理にも使っている。これがまた良いアクセントになって美味しいのだ。こってりとした肉料理にはブルーベリーの酸味がよく合う。


 コンビニで買ったファミリーサイズのバニラアイスにはブルーベリーソースの他に、森で採取したミントを添えている。

 ちなみにコテツのアイスにはキャットニップを載せてみた。西洋またたびとも言われているイヌハッカだ。猫とか犬とかややこしいが、同じハーブらしい。これはダンジョン内でコテツが見つけた。

 やたらと草に体をこすりつけて、コロコロ転がっていたので【鑑定】してみたら、キャットニップだったのだ。


「またたびより弱いみたいだけど、結構効いてる?」


 普通の子猫にはもちろん与えたらダメだが、コテツは猫の妖精ケット・シー

 森に棲む妖精なのだから平気かと思ったが、気持ちよく酔っ払っているようだ。

 またたびは見つけても、しばらくはお預けだな。


「猫にはキウィもまたたびと似た効果があるんだったかな……?」


 うろ覚えの知識なので、心もとない。あとでアキに聞いてみよう。


「そういや、アイツらもダンジョン攻略にかなり力を入れているみたいだよな」


 新しく解放された召喚魔法ネット通販のショップリストに大型家具店が追加されたと知り、三人とも張り切っているらしい。

 快適な寝具を切望されてしまった。

 さすがに消費ポイントがデカすぎるので、その旨を告げると二割り増しでも良いから! と切々と訴えられた。


(まぁ、ちゃんと餌として働かないとだしなー……)


 良い睡眠は肉体にも精神にも影響するもの。ベッドと布団、枕にシーツ類を早急に! と従弟だけでなく創造神ケサランパサランにまでお願いされてしまった。

 1人10万ポイント前後になりそうだったが、すぐに金貨二枚が送られてきた。

 賢者と名高いアキが必死で覚えた【空間拡張】をテントに施すことが出来たようなので、仕方ない。頑張ったご褒美だ。


「家が欲しかったけど、これだけ家具が揃ったら、意外とテント泊も快適になったんだよなー」


 しばらくはテントでも我慢できそうなので、かわいい従弟たちのためにポイントを消費して寝具を揃えてやろう。

 寝具が第一希望だが、残金でルームウェアも欲しいとのリクエスト。

 レベル80到達のお祝いに1割増しで売ってやろう。スキルや魔法も新しく、いくつか覚えたらしい。さすが勇者御一行。

 召喚購入した一式をそれぞれのアイテムボックスに送ってやった。

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