第71話 果樹園と畑


 快適な暮らしを求めるあまり、つい買い過ぎてしまったが、後悔はしていない。

 空間を拡張したテント内には立派な家具が揃った。特にクイーンサイズのベッドと本革ソファがお気に入りだ。

 コテツもベッドやソファは気に入っているようだったが、人や猫をダメにすると噂の巨大ビーズクッションにトロトロにされている。

 猫は液体。なるほどと思う。

 てろん、と伸びた手足が驚くほど長い。

 お前そんなに長かったのか、と。


 

「とは言え、ポイント残高が一気に目減りしたよなぁ……」


 残高の150万ポイントでは倉庫サイズの小屋くらいしか買えそうにない。

 雨季の間、ダンジョンでせっせと稼いだポイントだったが、使うと秒で消えた。


「仕方ない。しばらくは真面目に稼ぐか。コテツもダンジョンへ行くか? ポイントが貯まれば、おやつが食えるぞ」

「なーん」


 コンビニで買える高級猫用おやつにスッカリ骨抜きにされたコテツは乗り気の様子。

 ダンジョン内でレベルを上げたおかげで精霊魔法を自在に操れるようになったのだ。

 魔獣や魔物を倒すとドロップする素材を俺に渡すと、美味しいおやつを貰えるのだと、彼はちゃんと理解している。

 これで生後3ヶ月だと言うから驚きだ。

 うちの子優秀すぎじゃね?



 拠点には、既に果樹園もどきと畑が完成していた。土魔法を駆使して作った畑には、大森林の腐葉土を漉き込んでいる。ふかふかの土は栄養たっぷりなので、良い野菜が育ちそうだ。

 今のところ、畑に植えたのは百円ショップで召喚購入した野菜の種を数種類。

 葉物野菜に飢えていたので、ホウレンソウとベビーリーフ、カイワレ大根を選んだ。

 後は育てやすそうなイメージから、ミニトマトとキュウリとナス。

 根菜類はニンジンとカブ。大根は早く収穫ができそうなハツカ大根をチョイスしてみた。

 季節? そんなものは気にしない。

 濃厚な大森林の魔素とコテツの植物魔法に頼る気満々だ。ハイエルフ補正も少しはあると嬉しい。


「成功したら、畑を増やしていってもいいな。トウモロコシとかブロッコリー、そら豆も食いたい」


 農業の知識は皆無に近いので、種の袋に書いてあった通りに種を蒔いてみた。

 幸い、百円ショップには家庭菜園用の道具は揃っていたので、初期投資として購入してある。

 水やりは水魔法で済ませ、後は猫の妖精ケット・シーのコテツにお任せだ。

 お駄賃は猫まっしぐらな、『にゃーる』を用意した。まぐろ味、かつお味にささみ味と取り揃えてある。

 張り切ったコテツが頑張って植物魔法を使ったおかげで、種は根付いて可愛らしい芽が畑から顔を出した。

 大喜びでオヤツを進呈すると、コテツはうっとりと瞳を細めながら『にゃーる』を堪能した。

 ちゃっちゃっと音を立てながら無心に小さな舌で舐める姿が可愛らしい。

 もちろん動画は忘れずに撮影した。

 後で猫好き仲間のアキに自慢しようと思う。


「果樹もいい感じだよなー」


 拠点の周囲を探索ついでに、果樹を移植して回った。ブルーベリーにラズベリー、リンゴと梨の木にスモモの木もコテツが見つけてくれた。

 果樹はまだ他にもありそうなので、良さそうな果実があれば、持ち帰るつもりだ。

 ダンジョン内の果樹は果実だけでなく、まるごと持ち帰っても、リポップするのだろうか?


「ま、採りすぎない程度にテイクアウトするか」


 緑に囲まれた環境を猫の妖精ケット・シーは好んでいるようで、ずっと上機嫌だ。

 居心地の良い『家』に憑き、その持ち主と共存することを好む妖精らしいので、大きく強く育ったら、いずれ独り立ちさせる予定だが。


(ああ、でも俺の『家』を気に入って、ずっと側にいてくれたら良いのにな)


 気分はすっかり、子離れできないダメ親だ。

 ミルクから育てたのだから仕方ない。


「居心地が良い最高の『家』を手に入れるためにも、まずはレベル上げとポイント稼ぎだ。行くぞ、コテツ!」

「にゃん!」


 勇ましく鳴く子猫を抱き上げて、ダンジョンの入り口の転移扉に触れる。

 転移先は攻略途中の二十階層だ。

 


 森林に囲まれた廃墟エリアの二十階層には、ハイオークの集落がある。

 数にして五十頭以上。上位種もいるため、警戒が必要だ。とは言え、一度倒した連中なので集落の場所は把握してある。

 一人と一匹で襲撃し、属性魔法を纏わせた矢と精霊魔法であっと言う間に殲滅した。

 

「よし。【気配察知】にも引っ掛からないし、討ちもらしはなさそうだな。じゃあ、戦利品を拾ってくるか」


 ハイオークのような怪力の魔物デカブツと生真面目に剣を交わしたくはなかったので、遠方からの攻撃で押し切ったのだが、ドロップアイテムを拾い集めるのだけは面倒だ。


「目で見ただけで収納出来るんじゃないのかよ、アイテムボックススキル……!」


 転生初期3点セット、【鑑定】【全言語理解】【アイテムボックス】の内のひとつだからか、便利だけど微妙に制限があるのがキツい。

 レベルを上げたので収納量はかなり増えたし、時間停止付きなのはありがたいが。


「にゃあん?」

「お、悪い悪い。手伝ってくれたんだな。ありがとな」


 コテツの首輪はダンジョンでドロップした宝箱から出てきた、収納機能付きの魔道具マジックアイテムだ。装着者のサイズに合わせて大きさが変わり、収納量は10平方メートル。

 鑑定結果を確認すると、すぐにコテツに装着させた。首輪というより、腕輪バングルだったようだが、細い銀細工の加工が施された繊細なデザインの魔道具で、彼にはとても良く似合っている。

 収納したい物に近付けて、装着者が願うと、するりと物を吸い込む優れ物。

 おかげでドロップアイテム拾いに、大いに役立ってくれている。


「ハイオーク肉がいっぱい手に入ったな。今日はステーキにしよう」


 ほくほくと口許を綻ばせながら、ドロップアイテムを拾い上げる。上位種は宝箱を落とすことが多いので、中身が楽しみだ。

 ハイオークの集落ともなれば、武器や装飾品、道具類も戦利品となるので黙々と【アイテムボックス】に放り込んでいく。

 宝箱の中身は黄金の延べ棒だった。

 便利な魔道具や武器でなかったのは残念だが、ポイントに変換すると数十万ポイントになるので、外れではない。

 戦利品は肉以外を全てポイントに換えた。

 

「よし、じゃあ下に降りるぞ」

「みゃう!」


 レベルが上がってご機嫌なコテツがよじ登ってくる。定位置の肩に腰を下ろして、喉を鳴らした。

 すっかり便利な足代わりに使われていることに苦笑しつつ、転移扉に触れた。



 

 半日ほどダンジョンにこもり、日帰りで拠点に戻る。一日で二階層ほど潜って稼ぐと疲れも少なく、効率が良いようだ。

 レベルも下層へ行くほど上がりやすい。

 今のところ一人と一匹の魔法で、苦戦することなく順調に進んでいた。


「レベル82か。普通なのか弱いのか、良く分からないな……」


 コテツのレベルもかなり上がっている。

 魔力も増え、精霊魔法の威力もレベル1の時と比べても桁違いだ。

 今日だけでポイントは100万と少し稼いでいる。さすがダンジョン、宝箱だけでも相当な儲けだ。

 宝箱はドロップアイテムだけでなく、遺跡などに隠されていることがあるので宝探し気分で探せるのも良い。

 上機嫌で【アイテムボックス】を整理していると、ポロンとスマホから着信音がした。


「勇者メッセか? ん、何か送ってきたのか、アイツら」


 収納物リストをざっと確認すると、一番下の欄に従弟たちからの贈り物があった。


 ・ワイン樽(空)×1


「これは待望の! 風呂に入れる!」


 わっと歓声を上げてしまう。

 さっそく【アイテムボックス】から取り出して確認してみる。

 中古の樽でいいから、とお願いしていたが、ちゃんと新品を用意してくれたようだ。

 ブナの樽板を鉄製の輪っか状のたがで縛った、円筒形のワイン樽。中央部が膨れているところが日本の樽とは少し違う。

 だが、形などどうでも良い。

 大事なのはその大きさと水漏れがしないか、だ。

 

「うん、完璧! 一人風呂にはぴったりの大きさだな」


 500リットル用くらいの大きさだろうか。

 高さは1メートルほど。膝を伸ばしては入れないが、肩までゆったり浸かれたら満足だ。

 

「さっそく入るぞ!」

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