第69話 雨季の終わり


 ダンジョンで暮らし始めて、気が付いたら三週間経過していた。

 大森林の雨季は短いと二週間、長雨の年は1ヶ月ほど雨が続くようだが、大抵は三週間で落ち着く。


「ちょうど二十階層をクリアして、転移の腕輪を手に入れたところだし、ちょっと外の様子を見てくるか」

「ニャッ!」


 元気よくコテツが返事をする。

 良く出来たもので、ダンジョンはとある階層に到達すると、それ以降はクリアした階層ならば、好きな場所に転移が出来るアイテムが手に入る。

 【アイテムボックス】のような、特殊なスキルがない冒険者は長期間の滞在には向かない。

 食料や水を含む物資が不足するため、長くとも十日ほどで帰還するらしい。

 

「帰還も一瞬でダンジョン入り口まで転移させてくれるんだもんな。親切だよなー」


 クリアした階層までなら、再トライするのも可能なので、まずはこの転移アイテムを入手するまで冒険者たちは必死になってダンジョンに挑むようだ。


「まだ雨が続いているようなら、ダンジョンに戻れば良いしな。コテツも外に出たことはないんだろ?」

「ニャア」


 こくりと頷くキジトラ子猫、生後2ヶ月。

 成長した彼は、ダンジョン内で魔法を覚えてレベルもかなり上げた今、子猫ながらに凛々しい表情をしている。


「よし、じゃあ行こう」


 荷物はテントも込みで既に【アイテムボックス】に収納してある。

 身ひとつで身軽に、一人と一匹は二十階層の扉にてのひらを押し当てた。


「ダンジョンの外へ、転移」


 ふわりとした浮遊感。腕の中の子猫とはぐれないよう、しっかりと抱き締めて。

 次に目を開けると、見覚えのある場所に立っていた。目の前に広がるのは、濃い緑の樹海。振り返るとダンジョンへの扉がある。

 目当ての場所への転移が成功したようだ。


「どうやら、雨季は終わったようだな」


 地面はまだしっとりと湿っているが、空は雲ひとつない青空が広がっていた。

 恵みの雨を堪能した植物が歓喜の声を上げているようだ。エルフの性質か、何となく、木々の気分が浮き立っているのが分かる。

 それは、腕の中の猫の妖精ケット・シーも同じようで。


「にゃあああん」


 まるで唄うように高らかに鳴くと、腕の中から飛び降りた。ふんすふんすと周囲の匂いを嗅ぎ、楽しそうに跳ね歩いている。

 ダンジョン生まれの妖精なので、外の世界が珍しいのだろう。

 

「遠くから通うのも面倒だし、いっそダンジョンの入り口前に拠点を置くか」


 ならば、見晴らしは良くしておきたい。

 夢中で周囲を探索する子猫には遠くに行くなよ、と念押しをして、辺りを整えることにした。


「前は魔法で切り倒していたけど、今はこれがあるんだよなー」


 ニヤニヤと笑いながら、【アイテムボックス】から取り出したのは魔法の武器マジックアイテムだ。

 十五階層の特殊個体レア魔物を倒したらドロップした、水の刃を持つ魔法剣。所謂いわゆる、ロングソードなので、ハイエルフである自分にはあまり向いていない武器だが、伐採にはとても役立つ優れもの。

 魔力を込めて、刀身を研ぎ澄ます。

 うっすらと青みを帯びた刃には濃厚な水の魔力が込められている。

 

「ウォーターカッター」


 脳裏に思い浮かべるだけでは不安なので、小さく囁きながら、その剣を振るう。

 目の前には、ひと抱えほどの太さの立派な木が生えている。その幹にするりと剣を滑らせた。


(まるでバターを切ったみたいな感覚だ)


 刃を当てた感触はあるが、力はほとんど込めていない。魔力消費はそれなりにあったようだが、ハイエルフ的にはまったく気にならないレベルの魔力量だった。

 

「よ、っと」


 綺麗に斬ったために、木は倒れない。

 仕方なく、そっと押してみると大きな音を立てて地面に倒れた。見事な切り口だ。

 てのひらで撫でるとつるつるしている。


「切り株のイスもメルヘンちっくで良いけど、テントを張るには邪魔かな」


 テントの結界内にハンモックも吊るしたいので、しっかりと根を張った二本だけ残して、水の魔法剣でさくさくと伐採していく。


「せっかくのスローライフだし、畑も作りたいから広めに伐採しておこう」


 創造神の祝福のおかげで、テントには破壊不可で更に不可視の術が掛かっており、ありがたいことに自動修復機能付き。

 しかも、テントを起点に十メートル四方にドラゴンブレスにも耐えられる結界も常時発動している。


「結界内に野菜を植えて育てれば、魔素を含んでとびきり美味しい野菜ができるかもしれない。せっかくだから、果樹も植えたいな。植え替えが出来れば良いんだけど……」


 ちょろちょろと足元で転がっていたコテツがぱっと顔を上げて、大きな声で鳴いた。


「にゃあ!」

「ん? どうした」


 可愛らしくて、つい抱き上げて頬擦りする。

 腕の中の子猫はもどかしげな様子で、てちてちと頬を優しく叩いてきた。


「んん? ……あ、そうか。固有ギフト【植物魔法】持ちだったな、お前」

「みゃおん」


 そうそう、といった風に頷く子猫を地面に降ろしてやる。じっと観察していると、コテツは真剣な表情で草に触れる。途端に五センチほど成長した。

 早送り動画を眺めているような驚きの光景だ。


「植物を育てることが出来る能力なんだな。他には何か出来るか?」

「んにゃっ」


 ついて来い、と言うように木々が茂る方向に歩いて行く子猫の後を追う。

 魔獣や魔物が心配なので【気配察知】スキルで警戒しながら進んで行くと、ブルーベリーの果樹の側で立ち止まった。

 小さな前脚をそっと木の根元に当てて、なーんと唄うように鳴く。ざわり、と木々が震えて。


「木が縮んでいく……⁉︎」


 ちょうど身長と同じくらいの高さのブルーベリーの木がみるみると縮んでいき、やがて胡桃ほどの大きさの光の珠に変化した。

 コテツはそれをそっと前脚で押して、差し出してくる。慌てて受け取って、まじまじと眺めた。

 【鑑定】では、ブルーベリーの果樹(休眠中)となっている。


「……これを結界内で植えると、植樹できるのか?」

「にゃん」

「…………なるほど。便利だな、【植物魔法】……」


 可愛らしい愛猫の訴えだ。疑問は放り投げて、テントから少し離れた位置に植えてみることにした。

 念のため、土魔法で柔らかく耕してから、光の珠を植えてみる。

 

「水をやればいいのか……?」


 なんとなく、魔力をたっぷりと込めた水を小雨のように降らせてみる。

 コテツがとことこ歩いてきて、ぺたんと光の珠を植えた場所に触れた。


「おお……! 芽が出た?」


 可愛らしい双葉が芽を出し、どんどん成長していく。それは苗木になり、枝を伸ばし、葉が茂って花が咲く。スズランに似た、白くて愛らしい花だ。

 早回し動画のように、ブルーベリーの木は大きく育ち、見事に結実した。


「すごいな。ちゃんと、ここに根を張って、元気そうだ」


 移植する前より、少しだけ小さくなったような気がするが、ちゃんと実は育っている。

 【植物魔法】を扱う猫の妖精ケット・シーのコテツとハイエルフ族が揃っているので、きっと立派に育つだろう。

 ドヤ顔の子猫をこれでもかとモフり、褒めてやる。


「拠点を広げて畑を作ったら、一緒に果樹を探そう。お前の好きな果物の木を植えようぜ、コテツ」

「にゃあん」


 野菜の種は、百円ショップで手に入る。花を植えてみるのも良いかもしれない。

 外来植物云々は一応、創造神ケサランパサランに確認してみたが、どんどん新しい種を大森林に放ってほしいとのことだったので、遠慮するつもりはなかった。


「まずは野菜を第一目標に。あとはコンビニで手に入る果物の種を植えてみるのも良さそうだよな……」


 この世界に地球産のバナナやマンゴーを増やすのも楽しそうだ。

 果物好きな子猫の妖精も楽しそうにブルーベリーの木の周辺をくるくる回っている。

 何はともあれ、快適に暮らせるように開拓を頑張ろうと思う。

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