第68話〈幕間〉夏希 4


 足手まといになっていた神官と兵士たちと別れてから、私たちは三人だけでダンジョン攻略に挑んだ。

 二十階層をクリアすると、転移扉に触れて念じると攻略済みの好きな階層へ跳べるようになる。

 ダンジョンチャレンジを途中で止めて帰還するのも一瞬で移動が出来るので、とても便利だ。


「これまでは帰りの余力を考えて行動してきたが、転移できるなら、もう少し長く潜れるな」


 アキの提案に、ハルも私も賛成する。

 順調にレベルが上がり、新しくスキルも覚えた。この勢いのまま先に進みたい。

 物資はトーマ兄さんから購入すれば良いので、潜ろうと思えば資金を使い果たすまで潜り続けることが出来る。


「ドロップアイテムを売り払った資金を数十倍に増やしたから、1ヶ月以上はダンジョン暮らしが出来そうよ」

「ナツ、お前、どんだけ売り付けたんだよ……」

「ふふっ。王族はもちろん、王城勤務の女官さん達って結構、高給取りだよねー?」

「……まぁ、王城勤務なら下級貴族の子弟が多いだろうし、それなりに資金はあるだろうな」

「そうなんだ?」

「賓客をもてなすには、それなりの品格と教養が必要だからな」


 どうりで金払いが良いと思った。

 百円ショップと三百円ショップで購入した格安コスメ類は、女官やメイドを中心に販売した。

 コンビニコスメを王族の女性陣だけに提供したのは、我ながら良い判断だったと思う。

 先に渡した格安コスメより上質な化粧品だと、彼女たちはすぐに気付いてくれた。

 基礎化粧品はもちろんのこと、ファンデーションや口紅リップにチーク、アイメイク用品も解禁した。

 もったいぶって見せながら、使い方をレクチャーした際の彼女たちの興奮ぶりは凄かった。


(特にパール系のチークやアイシャドウに感動していたんだよね)


 どうやら、真珠のような煌めきを放つ化粧品に宝石やパールの粉末を使っているのだと誤解しているようだった。

 まだ値段も提示していなかったのに、王妃はもっともらしく頷きながら、金貨を数十枚差し出してきた。

 元値は基礎化粧品からメイク用品フル装備でも一万円弱だったので、とんでもない儲けになった。

 流石に怖くなったので、これらは一点物でもう手に入らないのだと説明して、ありがたく頂戴した。


「一万円が三百万円になっちゃったんだよねー……」


 アキの数千万単位の売上には敵わないが、充分だろう。メイドや女官達からの売上金額も金貨五枚分はある。


「これだけあれば、三食コンビニ弁当とデザートにスイーツを堪能しても余裕で暮らせるよね」


 たまにドロップした肉を焼いて食べても良いし、階層によっては美味しい果物が採取できるようなので、コンビニ弁当に飽きれば、それらで気分転換しても良いだろう。

 トーマには簡単なキャンプ飯のレシピ本を送ってもらったので、不器用な自分たちでもどうにか調理は出来そうだった。



 そうして挑んだ、ダンジョンブートキャンプの三回目。

 【気配察知】や【魔力感知】のスキルを得てからは、余裕を持って魔物を殲滅出来るようになった。

 特殊個体やフロアボスを倒すと、便利な魔道具や魔道武器を入手することが出来る。

 魔道武器は特に優秀で、それぞれの特性に合った武器ならば威力が倍増した。

 

「うん、この魔法の弓は最高ね。矢が尽きることなく放てるなんて夢のよう」


 魔力を込める必要はあるが、召喚勇者である自分たちは魔力量も人並み外れている。


(それに聖女の称号持ちの私が放つ矢には聖属性? 光属性だったかな……とにかく魔物の嫌う効果が付与されるから、アンデッドも瞬殺できる)


 臭くて見た目もよろしくないアンデッドとはなるべく近くで戦いたくなかったので、この魔法の弓には感謝している。

 ハルの火魔法にも魔物を浄化する効果があるようだし、アキは全属性が使えるので、光魔法も自在に扱っていた。

 兄も従兄もアンデッドとは至近距離で戦いたくなかったらしく、遠方からの瞬殺を繰り返して、無事に厄介なフロアを抜けることができた。


「お、フロアボスのリッチが何か落としたぞ」

「宝箱?」

「! まさか、それ、トーマ兄さんが自慢していたアレ……⁉︎」

「おい、早く開けろハル」

「おわっ、分かったから、アキ! そう急かすなよ」


 宝箱からはてのひらサイズの小さな箱がドロップした。

 手にしたハルが『それ』をそっと地面に置くと、箱は大きく変化する。

 木製の仮説トイレ風のボックスだ。

 三人は手を取り合って喜んだ。


「やった! 念願のトイレ!」

「長かった……」

「早く入ってみよう!」


 フロアボスを倒したので、この場所は今はセーフティエリアになっている。

 他の魔物や魔獣が寄ってくる恐れはないので、三人はウキウキしながらトイレルームに足を踏み入れた。




「素敵なトイレだったわね……」


 ほうっとため息を吐く。

 まさか、自分がトイレに関してそんな感想を呟くことになろうとは思いもしなかったが、本気の感想なので仕方ない。

 従兄が教えてくれた通り、まるでホテルのサニタリールームのよう。

 日本橋に本店のある某高級百貨店のゴールドサロン内のトイレルームにも似ていた。

 さっそくコンビニで購入したペーパーやタオルなどを設置し、さらに快適な空間作りに励んだ。


「トーマにトイレボックスを手に入れたと伝えたら、おめでとう、だと」

「余裕だな、トーマ兄」

「あと、ダンジョンから出たら、空樽を手に入れて送って欲しいとのリクエストをもらった」

「空樽? 樽って、ワインとかが入っているアレ?」

「そうだな」

「どうして、そんな物が……あ、待って。もしかして、バスタブ代わりに使うつもり?」

「正解。さすがだな、ナツ」

「あー……その手があったのね……」


 なんちゃってヨーロッパな異世界連想で、バスタブときたら猫脚のそれしか思いつかなったが、たしかに見栄えを気にしなければ、風呂には入れたのだ。


「なるほどなー。さすが、トーマ兄。思いつきもしなかったぜ。そういや、泊まる予定だったコテージにも外にドラム缶風呂があったな」

「さすがに、この世界にドラム缶はないだろうが、樽はあるからな」


 厨房に良く出入りしている三人は、食糧庫に大きなワイン樽が置かれていることを知っていた。

 確かに、あの大きさならバスタブ代わりに使うことも可能だろう。

 ドラム缶風呂のように湯を沸かすことは出来ないが、自分たちには生活魔法がある。


「水魔法で樽に水を溜めて、生活魔法の加熱ヒートを使えば、適温の湯を楽しめるわね……。トイレルームの一角に樽を置けば、安心して使えるし」

「良い案だから、俺たちも次回からそうしよう。浄化魔法クリーンで清潔さは保てても、リラックス出来ないのは辛いからな」

「おう。久々の熱い風呂、楽しみだな」


 どちらにせよ、ワイン樽の風呂を堪能できるのも、もう少し先になる。

 今はもっと強くなるために、ダンジョンの下層を目指さなければ。


「それにしても、トーマ兄さんが保護したのがオスの子猫でほんっとうに良かった……。助けた相手がエルフの美女や猫耳美少女とかだったら、心配で夜も眠れなくなっていたもの」


 日本では、彼に近付く悪い虫を徹底的に排除できたが、今は遠く離れた場所にいるので、どうしようもない。

 ただでさえ、お人好しで人たらしな彼のこと。

 本人にその気がなくとも、うっかり餌付けしたり世話を焼いたりで、異世界人に惚れ込まれる可能性は高い。


「さっさと邪竜をぶっ倒して、トーマ兄さんを迎えに行かないとね。さ、行くわよ二人とも!」


 何とも言えない表情でこちらを見やる男共の背を叩き、次の階層への扉を開いた。

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