第65話 空間拡張


 蜂蜜ミルクを数時間ごとに飲ませ、回復魔法をせっせと掛けたおかげか。

 猫の妖精ケット・シーのコテツはすっかり元気になった。


 人の言葉をちゃんと理解しているため、聞き分けもかなり良い。

 とは言え、いまだ幼い子猫の妖精。

 性質も猫寄りなため、悪戯もするし、明け方には運動会も開催する。

 片手から両手サイズにまで成長したが、まだ体重は1キロと少し。

 多少の暴れっぷりは我慢できたが。


「ふぐっ…! こら、コテツ! 顔を踏むんじゃない! 爪も引っ込めなさい!」


 真夜中から早朝にかけての運動会だけは勘弁してもらいたい。

 無防備に熟睡しているところを凄い勢いで駆け抜けられると、とても心臓に悪い。

 あと鳩尾にピンポイントで飛び降りられると、一瞬息が止まってしまう。

 唯一素肌も露わな顔の上を全速力で踏み締められるのも辛い。地味に痛いし、興奮して小さな爪が出ていれば、顔に傷が付く。


「ったく、もう!」


 治癒魔法で小さな爪痕を消し、俺は居心地の良いベッドから起き上がった。

 猫の妖精ケット・シーの子猫を保護してから、しばらくは拠点にした湖の側で暮らしていたため、時間と体力だけは有り余っていた。

 ついでに魔力も持て余すほどだったので、付与魔法をどうにかマスターし、テントに空間拡張を施すことが出来た。


「めちゃくちゃ魔力を喰ったけど、おかげでかなり広くなったよな、テント」


 元々は四人用のテントだったので、それなりの広さはあった。

 が、たっぷりの魔力を注ぎ込んで、広げたテントの中は今や二十畳ほどの空間に変化している。

 子猫も興奮して走り回れる広さだ。

 幅だけでなく、高さもある。

 中腰で過ごしていたテントが、今は普通に立って歩けた。天井まで二メートルの余裕があるので、圧迫感も無くなった。

 そりゃあ、子猫も大喜びで飛び跳ねて遊ぶことだろう。


「せっかく拡張できたけど、家具がないから微妙に寂しいな……」


 クッションやマットを繋ぎ、シーツをかぶせて作ったベッドは入り口から一番奥の場所に置いてある。

 コットはベンチ代わりに使っているので、少し離れた壁際に。ジョイントラックを組み立てて作ったスチール製の頑丈な棚にはキャンプ用品や雑貨類を収納してある。


 テント内ではさすがに煮炊きはできないので、調理用の道具はテントの外のタープ下に纏めてあった。

 が、せっかく二十畳もあるテントにグレードアップしたので、真ん中にリビングコーナーを作ってみた。床には倒したウルフ系の魔獣の毛皮を敷き詰め、ラグ代わりにした。

 折り畳みのテーブルひとつとチェアを二つ並べてある。片方のチェアには、コテツが寝そべれるように膝掛けサイズの小さなブランケットを敷いてあった。

 のんびりとお茶を飲み、クッキーを摘むにはちょうど良いミニリビングだ。

 俺がゆったりとそこで過ごしていることに気付くと、コテツはもう一つのチェアによじ登り、オヤツをくれるのを期待する。

 暴れん坊のくせに、そういうところは健気で可愛らしくて猫はずるい。ついついコンビニで買い込んだ猫用のオヤツなどを手ずから与えてしまう。


 コテツのための部屋も作った。

 百円ショップと三百円ショップには今やペット用品がかなり充実しているため、それなりの物が召喚購入できる。

 ペットベッドはふかふかのクッションが敷き詰められているし、ボックス型の棚にしか見えない猫用の家もあった。

 重ねると猫マンションにできるらしい。

 これはキャットタワーに代用できるので、いくつか購入して、テント内に並べたり重ねて置いてある。

 そのおかげで、コテツの運動会はさらに激しくなり、少しだけ後悔した。

 百円ショップにはお洒落な猫用テントまで売っており、もちろん手に入れてある。  

 居心地は良いようで、たまに入ってお昼寝している様はとんでもなく可愛らしいので撮影が捗った。

 

 テントの入り口近くには携帯用のトイレルームを設置してある。

 テントの外に置くか迷ったが、せっかく拡張したので中に置いてみた。おかげで真夜中にも気軽にトイレに行けるので、大変便利になった。

 ダンジョンの宝箱は積極的に探そうと誓いを新たにした。

 

「おいで、コテツ」

「ピャウ」


 叱られることを恐れて、耳をぺたんと寝かせながらも、子猫は呼ばれるとやって来る。

 テイムしたので、命令には逆らえないのだろう。特に命令のつもりはないのだが、名前を呼んで頼みごとをすると、断れなくなるようだった。

 そろりそろりと近寄り、ベッドによじ登ると、コテツはそこでころんと寝転がった。

 ふわふわの柔らかな腹毛を見せての絶対服従ポーズだ。ぐねぐねと身をくねらせながら、ピンク色の可愛らしい肉球もチラ見せするあざとさぶりに、俺は速攻で陥落する。


「仕方ないな。子猫は遊ぶのが仕事だもんな。幸い俺には治癒魔法もあるし」


 厳しく叱れないため、運動会は続行だ。

 仕方ない。子猫かわいい。

 テイムした妖精なので、創造神から与えられた結界が働かずに爪が立つのだが、攻撃の意思は皆無なので、あまり強く叱れない。

 みゅう、と可愛らしく鳴きながら、コテツは俺の指先をぺろぺろと舐めてくる。

 好きにさせていると、今度は指を吸ってくるので、ため息まじりに蜂蜜ミルクを用意してやった。


 もう豆皿では物足りない大きさに育ったので、ペット用のフードボウルにミルクを満たしてやる。

 最近ではミルクだけでは物足りないらしく、ペースト状の猫おやつもねだられた。

 噂には聞いていたが、このおやつへの猫の執着は凄まじい。

 四つ足のくせに人のようにぺたんと座り、両前脚で必死におやつの袋を抱え込んで、吸い上げている。回収しようにも抱え込み、齧り付いているため苦労した。


「このペーストおやつで、他のケット・シーも簡単にテイムできる気がする……」


 どうにかゴミを回収し、あらためてコテツを見下ろす。口元についているペーストを舐めとろうと、必死でぺろぺろと可愛らしい前脚を使って顔のお手入れ中。まるっこかった耳も今は三角にピンと伸びているし、尻尾も太くなった。

 肋骨が浮き出るほどに痩せていた身体も、今はふっくらとしており、触ってもゴツゴツしない。


「来い、コテツ」


 名を呼ぶと、足に飛び付きよじ登ってくる姿はすっかり健康体だ。いつもの定位置、肩口まで登り詰めると、コテツはぴたりと頬に寄り添った。


「うん、もう大丈夫そうだな。拠点を移動しようか」


 一週間ほど拠点に篭っていたので、そろそろダンジョン攻略に復帰したい。

 魔力をたっぷりと与えたおかげで、コテツは目を見張る勢いで成長したし、色々なスキルや魔法も覚えた。


 創造神には「いくらなんでも魔力与え過ぎ! その子、めちゃくちゃ強くなってるよ??」と呆れられたが、強くなる分には全く問題はないと思う。

 また怪我をして死にそうになるよりは、よほど良い。


「あれだけ動けるようになったんだから、いざとなったら、ちゃんと自分で隠れろよ?」

「ニャア」

「ケット・シーも魔獣を倒せばレベルが上がって強くなるみたいだしな。頑張って成長して、家族のリベンジをしたら良い」


 喉を撫でてやりながら、そう言うと、コテツは綺麗な翡翠色の瞳を光らせて、元気よく鳴いて返事を寄越してきた。

 やる気に溢れて結構なことだ。

 頼もしい相棒バディに笑みを浮かべ、一人と一匹はテントを出た。


「よし、休暇は終わり。明日から、ダンジョン攻略に復活だ」

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