第64話 こねこ育て


 あれから、子猫の妖精ケット・シーはこんこんと眠りについた。

 怪我は治癒魔法で完治したはずだが、弱りきっていたので、回復するためにも静養が必要なのだろう。

 妖精は魔力を摂取する生き物なのだと創造神から聞き出したので、回復系の魔法をこまめに掛け、三時間ごとに蜂蜜ミルクを飲ませてやった。

 付きっきりで看病したおかげか、三日目になって、子猫はようやく目を開けた。


「お、目が開いた? 綺麗な目をしているな、お前」


 ずっと閉じられていたから、子猫の目を覗き込むのは初めてだった。

 普通の子猫はキトンブルーという、青い目の色をしていると聞いたことがあるが、この子猫の妖精ケット・シーは、明るい翠色の目をぱちぱちと瞬かせている。

 小さな子猫は己が置かれている状況に困惑しているようで、不安げに周囲を伺っていた。母親や兄弟を探しているのだろう。


「ああ、そうだよな。襲われて、多分ずっと意識がなかったんだろうな……。にゃんこ、俺の言葉が分かるか?」


 そっと子猫を抱き上げて、瞳を覗き込む。

 本物の猫とは目を合わせない方が良いと聞いたことはあるが、この子は妖精。

 嘘偽りなく、対峙した方が良い。

 何となく、そう思ったのだ。

 子猫もこちらの意図を汲み取ったのか。暴れることもなく、じっと俺の目を見詰めてくる。


「お前の家族、……仲間か? 彼らは残念ながら、もういない。お前ひとりだけ生き残っていたのを、俺が保護した」


 大きな瞳でこちらをじっと見据えて、子猫が耳を傾けている。


「怪我は治したが、まだ体力は戻っていない。それにお前はまだ小さな子猫だ。保護者が必要な弱い存在だから、俺が責任を持って育ててやる。今日から俺たちは家族だ。……分かったか?」


 その小さな額に己のそれをそっと触れ合わせて、回復魔法を掛けてやる。淡く発光する自分たちの姿を、子猫が不思議そうに見た。

 ぽかぽかと温かくなってきたのか、翠の瞳を気持ち良さそうに細めて。

 ぴぁ、と小さな声音で鳴いた。


 いいよ、と許された気がして、ほっと肩の力が抜ける。腕の中に子猫を抱いた体勢でその場にしゃがみ込んでしまった。 

 子猫は特にこちらを恐れることもなく、じっと腕の中でうずくまっていたが、やがて顔を上げて、俺の顔をじっと見上げてきた。


「ん? なんだ?」


 途端、ピャアアアと甲高い声で鳴き叫び始めた。

 びくっと飛び上がって、おろおろしてしまったが、子猫が前足で俺の胸元をふみふみしているのに気付いた。


「あ、メシか! 腹が減ったんだな。ちょっと待ってろ」


 ブランケットでくるんだ子猫を段ボールハウスに戻し、蜂蜜ミルクを準備する。

 もう意識はあるので、スポイトはいらないだろう。猫好きなアキに相談したところ、生後三週間くらいの子猫なら自分で飲めるはず、と教えてくれたのだ。

 豆皿に温めたミルクを入れて、そっと差し出してみる。すんすん、と匂いを嗅いで、子猫はすぐに豆皿に顔を埋めた。

 ピチャピチャと勢いよく皿を舐めている。

 すぐに空になり、まだ欲しいとミアミア鳴かれて、急いでミルクを追加した。

 すぐに与えられるようにと、作り置きしておいて良かった。

 蜂蜜ミルクは子猫の口に合ったようで、満足そうに口元を舐めている。


「ああ、ほら。汚れているぞ?」


 顔や口周りだけでなく、胸元までびちゃびちゃに汚した子猫に、浄化クリーンを掛けてやる。

 うっとりと瞳を細めてじっとしている子猫はとても可愛らしい。

 綺麗好きなのか、随分と気持ち良さそうだった。


「あ、もしかして。俺の魔力を喰ってる?」


 回復魔法の他にも、自然に漏れ出る魔力を糧にするだろう、と創造神には教えて貰っていたが、どうやら生活魔法も美味しく頂かれてしまったようだ。


「まぁ、痛くも痒くもないし、それで回復が早まるなら問題ないか」


 たっぷりと蜂蜜入りのミルクと魔力を堪能した子猫は、ぽっこりしたお腹を抱えるようにして、ころんとラグの上に転がった。

 ぴるるっと丸っこい耳を揺らし、上目遣いでこちらを見上げてくる姿はとんでもなく可愛らしい。


「ぴゃ?」

「あざといな、お前。嫌いじゃないけど」

「ぴゃあああん」


 目の前でひらひら揺らした指先に、子猫がじゃれついてくる。

 種族も全く違う自称保護者がいきなり家族になろうと宣言したのだが、全く動じた様子もなく、もう既に腹を見せていた。


(意外とちゃっかりしてる? まぁ、可愛いし、繊細で怖がりな子よりは育てやすいかな)


 ころん、と転がった子猫を抱き上げようとして、ふと気付く。


「お前、オスか。と言うか、妖精にも性別があるんだな……」


 いつまでも、お前やニャンコ呼びはどうかと思ったので名前を付けてやることにした。

 鑑定スキルで、この子猫が名無しなのはしっかり確認してある。

 妖精は自分たちで名前を付けないのかもしれないな、とは思いつつ、無いと不便なので。


「んー。キジトラ柄の男の子か。成長途中だけど、手脚は太いよな。大きく強くなりそうだから、コテツにしよう!」


 もうそこらの魔獣に負けないくらい、トラのように強い猫になれ、との祈りを込めて名付ける。


「……コテツ?」

「ぴゃう!」

「おお、もう自分の名前を覚えたか。賢いな、コテツは」


 でれっとだらしなく顔が弛むのは許してほしい。だって、子猫はかわいい。

 名前がちゃんと反映されているか、コテツのステータスを鑑定してみて、固まった。


「え? 俺、コテツをテイムしてる……?」

「ぴゃうう?」

「マジか! 名前か? 名前を付けたのがダメだったか? そういやテンプレだったか!」


 ウッカリしていた。

 家族のつもりなのに、テイムしてしまった。というか、妖精を従属できるのか? 普通は動物や魔獣をテイムするのでは?

 

「まず、いつのまに俺にテイム能力が生えてんだよ……。これは創造神ケサランパサランがアヤシイ……」


 スマホを取り出して、確認してみる。

 勇者メッセに新着。創造神からだ。


『テイム関係にある方が、君の魔力を食べやすくなるから、スキルを追加であげるね! その子は育つと化ける、とっても良い子だから、大切にしてあげてね! 創造神』


「あーもう! そういうことなら仕方ないけど、大きくなったら、解除するからな!」


 ハイエルフの特濃魔力は猫の妖精ケット・シーにはご馳走らしく、テイムで繋がってからは、目に見えてコテツは回復していった。

 寝て起きて、翌日にはもうテントの中を我が物顔で駆け回っている。


「おわあああ! 危ねぇ! テントを登るな! ほらぁ、降りられなくなってる!」


 爪が引っ掛かってはビャアアアと鳴き、高所に登っては降りられずに怖いと泣く。

 蜂蜜ミルクは特にお気に入りで、三時間ごとにおねだりされた。眠っていても、頬をぺちぺちと叩かれてミルクが欲しいと起こされてしまう。


 ちなみに段ボールベッドは翌日には踏破され、頑なに俺の側から離れようとしないため、今は一緒に眠っている。

 ぴるぴると震えながらしがみついてくるコテツが可愛すぎて、突き放すのは無理だった。

 頬をすり寄せて、ゴロゴロと喉を鳴らす子猫が側にいれば、不眠症になる暇もない。

 俺の首にマフラー状態に伸びて寝ていたり、顔の上で丸まって熟睡したりと、まさにやりたい放題、猫の王様だ。さすが、ケット・シー!


 夜になると、少し肌寒いのか、ブランケットの中に潜り込んでくる。

 ちゃんと人の肩を枕にして眠っているので、その賢さに身悶えした。

 スマホのアルバムはコテツの写真や動画で埋まり、従弟たちには定期的な自慢している。

 ハルとナツには呆れられているようだが、アキは本気で羨ましそうにしていた。

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