第63話〈幕間〉春人 4
「前回、二十階層までクリアしたから、転移が使えるようになったんだよな? アキ」
「ああ、そうだ。ダンジョン入り口の扉に手を当てて、二十階層を指定するといい」
「ファンタジーだよなー、つくづく」
「また一階から始めるのは面倒だったし、ちょうど良いでしょ。行くわよ」
「はいはい。ナツはせっかちだなぁ」
前回のダンジョンブートキャンプの後。
王城にも戻らず、ダンジョン前の宿で二日間の休養を取っただけで、俺たちは再度のダンジョンチャレンジ中だ。
(トーマ兄もダンジョンでレベル上げを頑張っているんだし、俺たちも早く強くならないとな)
邪竜とやらを倒すには、レベルをどれだけ上げれば良いのだろう。
アキはゲームではカンストまでレベルを上げてラスボスにチャレンジする派だったので、今回もそうするつもりなのか。
(いや、リアルでレベルのカンストってあんのかよ? こっちの世界での最高レベルがいくつか、聞いてみとけば良かった)
ラスボスを倒して、元の世界に戻る際に召喚された瞬間の時間と場所に巻き戻してくれるらしいけれど、さすがに何十年もこの国で暮らしたいとは思わない。
(トーマ兄のおかげで、日本の味が楽しめて、マシな生活は送れているけど、やっぱり元の暮らしに戻りたいもんな)
ファンタジーアニメやゲームは年相応に好きだった。こちらの世界をそれなりに楽しんではいるが、ゲームとリアルは違う。
現実世界では、死んだら、それで終わりなのだ。ゲーム機のスイッチを押して、生き返ることは出来ない。怪我をしたら痛いし、魔物は普通に気持ちが悪いし、……怖い。
四つ足の魔獣なら、まだ気にせず倒せたが、二足歩行の魔物を武器で殺すのは、今でも少なからず、心が荒みそうになる。
(でも、やらないと、こっちが殺されちまう。俺だけじゃない。妹のナツや従弟のアキにも迷惑をかけちまう)
だから、戦闘中はなるべく意識を切り離すようにして、淡々と魔物を討伐していった。
火魔法を駆使して、なるべく遠距離から仕留めて、炎から逃れて立ち向かってきた魔物はメイスで潰した。
ダンジョン外だと、獲物の解体作業が面倒だが、ドロップアイテムで素材が手に入るのはありがたい。
前回のダンジョンアタックでは、二十階層まで十日ほど潜ったおかげで、ドロップアイテムをかなり手に入れることができた。
休日に宿を抜け出して、三人で冒険者ギルドに行き、ドロップアイテムを売り払ったのだが、なんと一人金貨十枚にもなった。
(金貨十枚、日本円に換算すると百万円か。高校生の俺らが、十日で稼げる金額じゃないよなぁ……)
労働の対価なので、もちろん三人ともしっかり受け取った。神殿や王宮から付き従ってきた連中も当然の権利です、と勧めてくれたので、ありがたく懐に入れてある。
ナツもアキも、この金貨を更に十倍にする! と張り切って、トーマ兄から色々と仕入れていた。
また日本の便利雑貨を売り付けるつもりだろう。
ハルも投資して増やした方がいいぞ、とアキに言われて、悩みながら百円ショップで購入してもらった。
アキは相変わらず、調味料と紅茶に筆記用具と紙を中心に売り付けている。
ナツは王宮の女性陣に百均コスメを高値で売り捌くらしい。百円の品とはいえ、異世界では素晴らしい効果を得ることが出来るらしく、三十倍以上の値で競って買われていた。
(俺はキャンプ道具を売ろうかな。ハンモックに寝袋、折り畳みのイス、バーベキューツールもダンジョン探索では需要がありそうだよな?)
ダンジョンに大荷物を抱えて潜るのは大変だ。
稀にドロップするマジックバッグを持っているグループ以外、いかに荷物を減らせるかに苦心していると兵士たちに聞いた。
特に食事はダンジョン内で自給自足をすれば大幅に荷物量を減らせるらしい。
塩と調理用のナイフがあれば、焚き火で魔獣肉を焙って食べれば良いから簡単だ。
味気ない保存食より、よほど良い。
(うん。バーベキュー用の網なら嵩張らないし、かなり軽い。あとはメスティン。シェラカップもいいよな? 水を煮沸できるし、スープも飲める)
ふと思い付く。
これらのアイデア商品の情報を冒険者ギルドあたりに売れないだろうか。
アキが国を相手に製紙技術などを売ったように、便利道具をちまちま売るのではなく、技術を丸ごと売り付けた方が利益はデカい。
(よし、ダンジョンから出たら、デンカあたりに相談してみよう。三百円ショップで売っていた、ポップアップテントも便利だよな。テントを張る手間がかなり省けるし)
儲け話を考えていると、自然と口許がだらしなく緩んでいたらしい。
ナツに脇腹を肘打ちされてしまった。
「ハル、ぼーっとしないで! 行くわよ、二十階層」
「おう、悪い。二十階層、行こう」
ギルドで換金した金貨で、物資も補給してある。今回は宿の調理人を買収して、大量のお弁当も作らせたので、気分的にも余裕はあった。
「今回も十日はこもるぞ。できれば三十階層以上潜りたい」
「おう。レベルは70を目指すか?」
「ゲームだと、段々とレベルが上がりにくくなるんでしょ?」
「そうだけど、下層の敵は大物らしいし、まだ成長の余地は充分あるだろう。怖気づいたか、ナツ?」
「バカにしているの、アキ? トーマ兄さんを待たせているんだから、最短で力を付けて、さっさと邪竜だか魔王だか、倒すわよ」
我が妹ながら、頼もしい。
ニヤリと三人で笑い合うと、同時にてのひらに魔力を込める。二十階層へ、と強く念じながら、石の扉を押し開けた。
ダンジョンアタックは順調だった。
先制攻撃で魔法を存分に叩きつけて殲滅していたためか、魔法のレベルもぐんぐん上がる。
創造神にもらった【火魔法】は初級から一気に上級魔法が扱えるようになった。
魔力もかなり増えたと思う。
無心で魔物を潰しまくっていたら、【棍術】という新しいスキルまで覚えてしまっていた。
まるで自身の手足のように、重いメイスが軽々と感じる。
ナツやアキも魔法やスキルが育ったらしく、笑顔で敵を殲滅していく。ドロップアイテムを嬉々として拾っている姿はちょっと怖い。
レベルが60を越えたあたりで、付き添いの神官や王国の兵士たちは、足手まといになっていた。
自分たちでも理解しているようで。
「ここから先は勇者さま方だけでお進みください。もはや、我々の助力は不用でしょう」
笑顔で見送られてしまった。
信用してくれているのか、それはありがたいが、まるでセルフ追放劇だ。
気心の知れた三人だけの方が、気楽に進めるので良かったけれど。
二回目のダンジョンブートキャンプの五日目。早々にセーフティエリアにこもり、のんびりと夕食を取っていた時に、トーマ兄からメッセージが届いた。
「んあ? 画像だけ?」
タップしてみると、小さな子猫の写真が送られてきていた。布に包まれて眠っている。
「……ねこ?」
「なに。猫だと?」
首を傾げていると、猫好きのアキが釣れた。ナツも背後から覗き込んでくる。
「……子猫だな。生後三週間くらいか?」
「かわいい。トーマ兄さんからのメッセだよね? なんで子猫の写真が……」
ピロン、と新着メッセージ。
今度はちゃんと文章だ。
『しにそうな こねこ ひろった 助けろください』
「どんだけ動揺してんのトーマ兄」
「待て。拾ったって、ダンジョンに子猫がいるのか?」
「そうだよね……。この可愛い子猫が魔獣とは思えないし」
「あ、返事。はや」
『けっとしー』
「方言? なぞなぞ?」
「ケット・シーか」
「ああ、猫の妖精だっけ?」
「なんだそりゃ。魔獣か」
「ハルは知らないのか。魔獣じゃない。妖精の一種で、二足歩行の猫の王さまと聞いた覚えがあるが……」
リアルな猫の着ぐるみを想像してしまう。
うん、かわいいかもしれない。俺は断然犬派ではあるが、子猫は可愛いと思う。
特に猫が大好きなアキは目の色を変えて、すごい早さでトーマ兄とメッセを交わしている。
「襲われていた子猫をトーマ兄さんが助けたんだね。で、猫を飼ったことがない兄さんがパニックになってヘルプしてきたと」
ナツがうんうんと頷いている。微笑ましそうな表情だ。一人でいるトーマ兄のコト、ずっと心配していたから、子猫とはいえ、相棒が出来そうなことを喜んでいるのか。
「元気になって、トーマ兄を慰めてくれたらいいよな」
「そうね。子猫で本当に良かった。同族の女とかじゃなくて、ほんっっとうに良かったよね……?」
にこり、と笑う妹が何故だか、とても怖かった。
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