第61話 妖精の子
「七階層も森林フィールドか」
転移扉の先には、六階層よりもさらに緑が濃い、深い森が広がっていた。
森林浴やハイキングが楽しめる、爽やかなフィールドが六階層だったなら、七階層は樹海に近い。
植生も先程までとはかなり違った。
苔むした大木がうねり、蔦に似た植物が木々に絡みついている。
日中なのに陽光は届きにくく、薄暗い。
「水は豊かそうだな」
しっとりと湿った地面を踏み締める。
足元に気を付けないと、足首までめり込みそうだ。小さな沼のような水場がそこかしこに顔を覗かせていた。
この森はベリー類の宝庫らしく、ブルーベリーやラズベリーだけでなく、クランベリーにブラックベリー、ワイルドストロベリーも実っていた。
「これだけベリーの宝庫なのに、いちごは見かけないんだよな」
ワイルドストロベリーは見かけたが、野生種のいちごは、日本産の美味しいいちごに慣れた身にはすでに別物だ。
せっかくなので採取はするが、気まぐれに味見して、後悔した。
「すっぱい……」
大学の女友達が「恋愛運が良くなるって聞いたから」と張り切って鉢植えのワイルドストロベリーを栽培していたが、味は二の次だったのだろうか。
たしかに見た目は可愛らしかったが。
「すっぱいけど、クセになりそうな?」
不思議ともう一口食べたくなる。口に放り込んで噛み締めると、やはり酸味がキツい。
甘さはほぼ皆無だったけれど、微かにいちごの香りがするので、これは風味を楽しむものなのかもしれない。
「意外と、ドライフルーツにしたら美味しくなるかもな」
魔獣の気配が少ないのを良いことに、カゴいっぱいにベリーを採取する。
うん、ビタミン不足になるのも嫌だし、たまにはこういうのも有りだろう。ジャムを作るのもスローライフっぽくて楽しそうだ。
百円ショップやコンビニのジャムも悪くはないのだが、肉と同じく、果実も異世界産の魔力をたっぷり含んだ物が美味しいのだ。
「ジャムにするなら、ブルーベリーとラズベリーだよな。大森林で収穫した、
ここしばらくは働き詰めだったので、一日くらいはのんびりしても良いだろう。
樹海キャンプもなかなか趣きがありそうだし。
「……うん、せめてもう少しだけ景色の良さそうな場所を探すか」
キャンプはロケーションが大切だ。
開けており、居心地の良い場所がマスト。水場に近いと嬉しい。
ダンジョン内なので、急な気候の変化やらで氾濫することもないので、川や湖の側でも安心してテントを設置できる。
そんなわけで、本日の目標は拠点探しに決まった。
「景色よし、水場あり、地面よし! ここを本日のキャンプ地とする!」
意外とすぐ、良い場所は見つかった。
ひらひらと舞う綺麗な蝶を見つけて、何となく後を追った先で、拠点に良さそうな場所を見つけることができたのだ。
青い蝶は澄んだ湖面上を舞い、大きな睡蓮の花びらを宿に選んだようだった。
「大木が腐り落ちたのか。邪魔だから収納しておこう。これも売れるのかな? おお、結構良いポイントになるな」
二十本近く倒れていた大木を根こそぎポイント化した。邪魔な倒木がなくなると、その場は開けて見通しが良くなった。せっかくなので、土魔法で周辺を均し、固めてみる。
セーフティエリアではないが、創造神の加護付きテントを設置すると、あっという間に安心安全エリアに様変わりした。
慣れた手付きで調理台や折り畳み式のテーブルを並べていく。ハンモックとチェアは眺めの良い場所に設置した。
テントからは少し離れた場所に、土魔法で即席のカマドを作る。火種は大量にあるので、ここでは先程収穫したベリーを使ったジャムを煮る予定だ。
「木の枝や落ち葉なら大量に落ちているもんな。湿っているけど、生活魔法の
ジャム作りと並行して、夕食用の煮込み料理も作ることにした。ボアの森で大量に狩った、フォレストボアのブラウンシチューだ。
コンビニで買った、お手頃価格の赤ワインとビーフシチューのルーを使って、ことことと煮る予定。
じっくりと半日かけて煮込めば、とろとろのシチューが完成するだろう。
「せっかく目の前が綺麗な湖だし、釣りをするのも楽しそうだよな」
釣れるとは思っていない。釣り糸を垂らしておくのが楽しいのだ。
釣竿は百円ショップで購入し、餌は魚肉ソーセージを使うことにする。
ジャムとシチューの鍋は仕込みさえ終わっていれば、あとは焦げ付かないように様子を見ながらゆっくりと混ぜるだけ。
釣りも、竿に反応があるまでは放っておいて、魔法書をじっくりと読み込む予定だ。
「うん、なかなか良い休日じゃないか? この場所は樹海というより、屋久島っぽいし。森林浴も楽しめて最高だよな」
珈琲の香りを楽しみながら、クッキーをかじるのも幸せだ。
たまにテントの結界にぶつかる、うっかり者の魔獣は魔法の矢で仕留めてポイントに還元させているし、有意義な時間だと思う。
のんびりと夕方頃までダンジョンキャンプを堪能していたのだが、釣り糸を垂らしながら、ウトウトしている間に、森が酷く騒がしいのに気付いた。
「なんだ……? 木々が悲鳴を上げている? 珍しいな」
伐採される時でさえ大人しい木々が、悲痛な感情を垂れ流しているようだ。
ハイエルフの能力のひとつなのか、古い大木の声がたまに聞こえるのだ。
『たすけてあげて、あの子を』
耳を傾けると、そんな気持ちが読み取れるようだ。
「木々が助けを求める相手って、なんだ? まさか、俺の同族?」
森の番人と呼ばれる、エルフ。
または、その上位種のハイエルフがこのダンジョンにいるのだろうか。
「とうとう、第一異世界人に遭遇できるのか? しかも人間ではなく、同類に!」
すっかり独り言が癖になってしまった、今。同族かもしれない相手と交流ができるかもしれない。
「よし、行くか!」
手に馴染んだ魔法の弓を手に【身体強化】を発動し、最短距離で現場を目指す。
邪魔な木々や岩、魔獣はひょいひょいと交わし、適当に倒して、悲鳴が響く場所を目指した。
「! 血の匂い……!」
鼻をかすめる嫌な匂いに、眉を顰めてしまう。鉄が錆びついたような不快な匂いは覚えがある。なにせ、一度盛大に死んだ身だ。
【気配察知】スキルも不穏な気配を伝えてくる。かなり大きくて、強い。
しかも、そいつは血に酔って狂乱していた。
『ようせいのこを、たすけて』
ひらりと鼻先を横切ったのは、湖の場所を教えてくれた青い蝶だ。強い願いに魂が震える。
ようせい、……妖精か?
蝶が示した先には、真っ赤な毛皮を纏った巨大なクマの魔獣がいた。
「火魔法で燃やし、風魔法で切り刻み、土の槍で貫いて、水魔法で息を奪い、やっと倒せたぜ……」
肩で息をつきながら、ズタボロの死骸を【アイテムボックス】に収納する。
鑑定してみたが、どうやらもっと下層にいるはずの上位種の魔獣が紛れ込んでいたようだ。
「しかも、毒キノコを喰って狂乱していたのか。迷惑すぎる」
しゃがみこんで、クマの魔獣が襲っていた相手をそっと抱き上げる。
周囲には血が飛び散っていたから、きっと他の仲間は喰われてしまったのだろう。
「大丈夫だ。お前は俺が助けるから」
腕の中の小さなぬくもりに、そっと治癒魔法をかけてやる。弱々しかった呼吸音がやっと穏やかなそれに変化して、ほっと息をついた。
「鑑定。……うん、だよな。見たままの存在じゃねぇよな、こんな物騒なダンジョンに棲んでいるんだから」
腕の中で眠るのは、てのひらサイズの小さな愛らしい子猫に見える───
「
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