第60話 ボアの森


 何処かの神に祈りが通じたのか。

 六階層は四つ足の魔獣フロアだった。緑豊かな森林フィールドで、出没するのは猪系魔獣ばかり。

 里山周辺に棲むワイルドボア、深い森の主たるフォレストボア。珍しいところでは、やたらと巨体なジャイアントボアあたりか。

 どのボアの肉も美味しいので、もちろん見掛けたらすぐに弓で射抜いていった。

 赤毛のジャイアントボアはどうやら特殊レア個体だったようで、てのひら大のルビーに似た魔石と宝箱をドロップした。


「肉は落ちなかったのか。残念」


 ジャイアントボアなら、さぞや大量の枝肉が手に入ったはずなので少しばかり残念だったが、宝箱ドロップは素直に嬉しい。

 前回ドロップした宝箱の中身は、携帯用のサニタリールームだった。前世日本人的にはめちゃくちゃ嬉しいレアドロップアイテムだ。

 続けてのレアドロップは期待出来ないが、何が入っているのかは、とても気になる。

 宝箱自体に罠があるかもしれないので、慎重に【鑑定】スキルで確認した。罠なし。


「よし、開けるか」


 わくわくしながら、箱を開ける。

 布張りされた箱の内側に、三十センチほどの長さの黄金の短刀が入っていた。

 柄にも装飾が施されており、鮮やかな血色の宝石が埋め込まれている。呪いの装備品ではないことを確認して、手に取って観察してみた。

 鞘も黄金造りで、柄と揃いの紋様が刻まれている。いかにも飾りだけの宝飾刀に思えたが、鑑定によると、この刀で獲物にトドメを刺すと肉ドロップが確定するという、微妙な内容の魔道武器だった。


「うーん……。肉がドロップするのはありがたいけど、他の攻撃で半殺しに抑えなきゃいけないのは面倒臭いな」


 レア素材をドロップ確定の刀なら、もう少し喜んでいたかもしれないが。


「あー、でも次にジャイアントボアが出没したら、この刀で倒せば、大量の肉ゲットか? それは悪くないかな」


 ポイントさえ貯めれば、召喚魔法ネット通販で、食料品は買い放題だが、美味しい魔獣肉は自力で狩らなければ手に入らない。

 コンビニのネットショップのギフトコーナーで高級和牛は購入できるようになったが、かなりのポイント数が必要になる。


「しかも、味は魔獣肉の方が良かったりするんだよなぁ……」


 高級和牛肉ももちろん美味しいのだが、魔法を使う身体に転生したためか、魔素を含む魔獣肉をより欲してしまうようだった。


「魔獣の肉なら、狩ればそのうち手に入るしな。マイホームを買うためにもポイントの無駄遣いはダメだ。我慢しよう」


 宝箱ドロップの携帯用サニタリールームのおかげで、ダンジョン暮らしもかなり快適になった。

 創造神に祝福された日本製テントは魔除けの結界のおかげで、安心安全空間を提供してくれているが、やはりベッドが恋しくなる。

 コットや寝袋の寝心地も悪くはないが、何せ狭いのだ。寝返りを打てないのは、地味にしんどい。


「コンテナハウスか、ログハウス。最低でも、ベッドルームとバスルームが完備された部屋が欲しい……」


 トイレはこの際、付いていなくて良い。

 携帯用サニタリールームを展開すれば快適トイレ空間に繋がるので、最悪の場合は部屋の中にあの箱を設置すればどうにかなる。

 

「家を召喚するのに、まだまだレベルが足りないのなら、せめて家具が買えるショップを使えるようになりたい。候補にあるのは、某有名家具屋とホームセンターか」


 確実にベッドや布団が購入召喚できるのは、家具屋だが。

 家具の類はホームセンターでも扱っている可能性はある。それに、ホームセンターなら野菜の種や果樹の苗が手に入るのだ。


「悩ましいな……。ベッドも欲しいが、ホームセンターにも欲しい物がたくさんあるんだよなー」


 多種多様な品物を扱っているホームセンターか、家具やインテリア、家庭用品を取り扱う家具屋か。家具屋には調理器具類やルームウェア、最近ではブームに乗ってキャンプ用品やペットグッズも扱っていると聞く。

 とても悩ましい。悩ましいが、まずはポイント貯めだ。あとは、付与魔術の修得か。


「一人用じゃないだけマシだけど、さすがにテントが狭くてしんどいんだんな。空間魔法のスキルレベルを上げて、テントの中の空間を拡張したい」


 創造神から貰った魔法書に、付与魔術の項目を見付けたのだ。

 最高ランクの【無限収納インベントリ】スキルではなく、収納容量に限界のある【アイテムボックス】のスキル持ちでも、持ち物に拡張機能を付与出来ると記されていた。


「収納スキル持ちは少ないから、狙われることもあるみたいだし、アイテムバッグを目眩しに作るのも良いよな。いずれ、街にも行ってみたいし」


 もちろん一番に取り掛かるのは、テントの拡張だが。

 指南書代わりの魔法書はあるが、独学になるので、少しばかり時間は掛かりそうだった。


「まぁ、大森林の雨季は長くて一ヶ月、短くても二週間以上はあるみたいだし。ダンジョンにチャレンジがてら、色々と勉強しておくか」


 楽しいダンジョン行だが、無理をするつもりは元々ない。第一目的は景色の良い場所での、快適なキャンプ生活なのだ。


「森の中も悪くはないけど、もう少し開けた場所がいい。ボアばかりの六階層は飽きそうだし、さっさと移動するか」


 レアドロップの黄金の短刀も手に入れたことだし、もうこの階層では宝箱が落ちることはないだろう。

 ボア肉もたくさんゲットしたし、ポイントは先程のジャイアントボアの特殊個体からドロップした魔石の還元率が素晴らしかったので、本日のノルマは余裕で達成。


「うん、行くか。七階層。次こそはバスタブがドロップしますように……!」


 転移扉を目指して、颯爽と進んで行く。

 森林フロアはハイエルフに転生した身にとっては、近所の公園並みの難易度だ。

 ボアに絡まれるのが面倒で、パルクールの要領で樹木を足掛かりにして行った。


 石造りの転移扉を見つけて、さっそく手のひらを押し当てて魔力を流していく。

 いざ、七階層へ。


 そこに、新しい出会いがあるとも知らず、意気揚々と緑の濃い新エリアへと足を踏み入れたのだった。

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