第59話 宝箱の中身は


 遺跡エリアは五階層まで続いていた。

 出没するのは二足歩行の魔物ばかりで、食用肉のドロップはない。せめてオークがいれば、美味しい肉はゲット出来るのだが。


「ま、たまに宝箱がドロップするから、それを楽しみに進むか」


 宝箱から手に入れた魔道武器の弓には大変お世話になっていた。詳しく鑑定すると、ユグドラシルの枝から作られた物らしく、性能は抜群だった。

 弓を構えて風魔法を意識して魔力を流すと、風を纏った矢が顕現し、獲物を貫いてくれるのだ。

 もちろん込める魔力は他の属性の物でも良い。

 命中補正でもあるのか、狙いを外すことはまずなかった。

 通常の矢では倒せそうにないホブゴブリンなども、魔法の矢一本で面白いほどに仕留めることが出来た。


「魔力の消費が少なくて済むし、威力も文句なし。狙いも定めやすい。良い武器だったな」


 自身の性格的にも大剣などより、よほど相性が良かった。やはりエルフは弓の達人なのだろう。

 もしかしたら、種族補正もあるのかもしれない。

 弓術の腕前を上げるためにも、しばらくはこの魔道武器を愛用しよう。

 

「魔力を込めて放つから、それぞれの属性の魔力操作の練習にもなりそうだし」


 魔法の矢で瞬殺できるとは言え、遺跡エリアは油断できない。四階層は問題なかったが、五階層の遺跡には罠が仕掛けられていた。

 植物を使った括り罠や落とし穴、トラバサミ風の凶悪な罠には閉口したが、どれも【鑑定】スキルを常時発動すれば問題ない。

 ゴブリンやコボルトの上位種に罠作りの得意な奴がいるのだろう。冒険モノの映画のように、遺跡を守るための仕掛けではないようだ。


「狭い洞窟内で巨大な大岩が転がってくるような罠でなくて良かったけど」


 冗談まじりに呟いて、ふと不安を覚えた。

 今のところは魔物の手による原始的な罠で済んでいるが、ダンジョンの下層へ降りていけば、そんな罠も仕掛けられているかもしれない。

 大岩どころか、隠し矢やナイフが飛んできたり、槍の絨毯が敷かれた落とし穴があるかもしれないのだ。


「……うん、【鑑定】と【気配察知】スキルは常時発動。あとは、考え得るかぎりの罠を想定して、とっさの時に対応できるよう対抗策を考えるか」


 創造神の加護の盾は魔獣や魔物からの攻撃を防いでくれる。

 だが、強い衝撃は直接的なダメージは被らないが、弾き飛ばされることはあった。

 テントの結界も魔獣や魔物には有効だが、対人だと効果はまちまちらしい。

 レベルが高い冒険者だと、目眩しの結界もあっさり突破されるだろうと魔法の書には記されていた。


「つまり、創造神の加護や祝福も絶対ではない、と。魔物が放つ魔法攻撃は防いでくれても罠の攻撃は素通りする可能性もあるよな……」


 試しに罠を作動してみようか、という蛮勇は自分にはない。

 少しの油断が生死に関わる世界なのだ。

 ここは罠を自力で回避する、が多分正解だろう。臆病者だと笑われようが、全力で逃げてやる気満々だ。


「洞窟内の罠は土魔法の防御で大体は回避できるはず。土壁アースウォールのスキルレベル上げを頑張ろう」


 飛び道具攻撃は土魔法の壁で防御し、大岩は魔法の矢で粉砕する。

 土魔法のひとつに、岩石を砂に分解する魔法があるが、あれは集中してからの魔力操作が必要な繊細な技なので、咄嗟の反撃には向かない。

 やはり、粉砕の一択だろう。


「落とし穴はどうする? とりあえず【鑑定】で確認しつつ進むとして、うっかり踏み抜いた場合はやっぱり土魔法で床を作り出す、くらいしかないか」


 あとは風魔法で身体を浮かせてみるとか。

 水魔法を放って、噴水みたいに跳び上がるとか?


「微妙だな……。うん、防御に関しては土魔法が強そうだ。レベル上げを頑張るか」


 対策を考えながらも、着々とホブゴブリンやボブコボルトを魔法の矢で倒していく。

 ドロップアイテムを拾うことも忘れない。たまにレアドロップとの出逢いという楽しみがあるので、嫌いな作業ではなかった。

 やたら長い杖を持つゴブリンが現れて火魔法を放ってきたが、練習がてら土壁で防御し、お返しの火の矢を撃ち込んでやる。


「お、アイツここのフロアボスだったのか。宝箱を落としたな」


 ウキウキしながら宝箱を開けると、中にはてのひらサイズの小さな箱がひとつだけ入っていた。


「なんだ、これ?」


 長方形をした箱は、蓋がない。

 積み木の玩具にしか見えなかったが、鑑定して驚いた。

 すぐに試してみたくなり、セーフティエリアではないが、【アイテムボックス】から取り出したテントを設置し、結界内に入る。


「魔力を込めて、っと。場所はここで良いか」


 宝箱から出てきた長方形の箱をそっと地面に置いて離れると、箱は大きく変化した。

 

「っ、やっとか! 遅いよ、創造神!」


 特別な魔道具だった、その箱は。

 木製ではあるが、日本でも良く見かけた仮設トイレ、そのものだった。



 幅、奥行きは1メートルちょっと。高さは2メートルくらいか。

 少し狭いが、文句は言わないでおこう。

 スコップ片手に茂みに向かうより、よほど尊厳が保てる文明の利器なのだ。


 ドアを開けて、驚いた。

 てっきりそのままの大きさだと思った、そのトイレはどうやら空間拡張の術式が組み込まれていたようで、中は高級ホテルのサニタリールーム並みに広く、綺麗だった。

 3メートル四方の小部屋になっており、中にはタイルが敷かれてある。奥にトイレが設置されていたが、まさかの温水シャワー付き。

 自動で流れて温風で乾かしてくれる親切設計だ。

 さすがに音楽は流れないようだが、日本製のトイレと比べても遜色ない。


 入ってすぐの側面には洗面台も設置されていた。

 壁に貼られた鏡とシンクのみのシンプルな手洗い場だが、特にメイクをするでもない身には充分な設備と言える。

 小さな棚が付いていたので、歯ブラシセットをそっと置いてみた。壁は大理石だったので吸盤フックを百円ショップで購入し、タオルを掛けておく。


「うん、良さそう。というか、最高に良いんじゃないか、このトイレ」


 残念だったのは、バスが付いていなかったことだけだが、そのうちバスタブを手に入れて設置すれば良い。

 そうすることを想定したかのように、ぽかりと空いた空間があるので、自力でどうにかしようと思う。


「てのひらサイズで持ち運びが出来るのも最高だな。創造神、やるじゃないか」


 ダンジョンの宝箱から出たお宝だが、十中八九、創造神ケサランパサランからの贈り物だろう。


(転生させられる際に、快適な生活について訴えたこと、ちゃんと覚えていたんだな。そのうちどうにかすると言っていたけど)


 たしか、適当な魔道具職人に神託をして作らせるとか、無理そうならダンジョンからドロップさせるとか言っていた気がする。

 さすがに一から作らせるのは難しかったのか。


「ダンジョンからドロップする実物があれば職人も再現できるだろうから、アイツらも喜ぶだろうな」


 もっとも、修行のために潜ったダンジョンで自力で手に入れる可能性も高いが。

 勇者補正でドロップ運も良さそうだし。


「あとは風呂だな。バスタブ入りの宝箱がドロップしたら嬉しいんだが」


 ダンジョン攻略に対して、ますますやる気が溢れてきた。

 物欲やらの下心は、まあ、許して欲しい。

 魔道武器も嬉しくはあったが、元日本人的にはトイレルームのような魔道具を熱烈に歓迎する。


「よし、六階層に行くか」


 フロアボスのような強い個体やレアな亜種を倒せば、宝箱がドロップする可能性は高い。

 不要な物はそのままポイント化すれば良いし、便利な魔道具や武器は大歓迎。

 出来れば美味しいお肉も楽しみたいので、なるべくなら四つ足の魔獣フロアでありますように。

 現れた転移扉に手を掛けて、強く魔力を流した。

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