第58話〈幕間〉秋生 3
ピロン、とスマホの通知音で目が覚めた。
昨夜はダンジョンから帰還して、久しぶりの宿屋のベッドにダイブしたのだが、その後の記憶がない。
どうやら夕食も食べずに爆睡してしまったようだ。
かろうじて
枕元に置いた腕時計は、こちらの世界の時刻に合わせてある。午前六時過ぎ。朝食は八時の予定だったので、まだ起きるには早い時間だが、二度寝は出来そうになかった。
寝台から起き上がり、身体を伸ばす。
元々、剣道部で鍛えていた肉体だが、こちらの世界での鍛錬の成果か、更に研ぎ澄まされた気がする。
実践的な、使える筋肉がまるで鎧のようにうっすらと肌を覆っているような、不思議な感覚だ。
不思議と言えば、レベルが上がるごとに身体能力が向上していき、ついでに視力も上がった。
日本ではメガネ必須、両目とも0.1以下だった視力が、今は裸眼で過ごせるほどに復活したのだ。これは嬉しい誤算だった。
体質的にコンタクトレンズが合わず、苦労していたので、とてもありがたい。
「……さて、少し早いが起きるか」
夕食を抜いたため、今更ながらに肉体が空腹を訴えてくる。
【アイテムボックス】に大事に収納しているコンビニ弁当の誘惑はどうにか耐え切って、着替えを済ますと部屋を後にした。
ダンジョンを出てすぐの宿屋は冒険者御用達だ。個室のある清潔な宿のため、値段は木賃宿の十倍ほど。
日本人的には微妙な部屋だが、こちらの世界の冒険者には人気の宿だ。
一階にある食堂に向かうと、同じく腹を空かせた従兄妹たちとかち合った。
ハルがにかりと笑いながら、手招いてくる。誘われるまま、二人が座るテーブルに同席した。
「起きたか、アキも」
「おはよ、アキ」
「ああ。おはよう。二人とも早いな」
「腹が減ったからな」
「私も。あと、トーマ兄さんのメッセに起こされた」
「……ああ、そういえば通知音で起こされたな」
スマホの確認はすっかり忘れていた。
無造作にポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出すと、勇者メッセを開いてみる。
『ダンジョン飯なう』
能天気な一言と共に、美味そうな肉料理の写真が送られていた。
ローストチキンだろうか? キツネ色に焼かれた肉は見るからに旨そうだ。
彩りの良い野菜炒めも食欲をそそる。
「コッコ鳥のピカタだとよー。旨そうだよなー。こっちの世界の厨房でも作ってくれねーかな?」
「レシピと調味料がないと無理でしょ。ってか、そんなことより!」
「……ダンジョンにいるのか、トーマは」
「それ! 個別でメッセして聞き出したんだけど、どうも大森林が雨季に入ったらしくて。しばらくはダンジョンで住むって言ってるのよ、トーマ兄さん」
意味が分からない。
でも、何となく彼らしいとは思ってしまう。
大森林にもダンジョンがあったのには驚いたが、この大陸の三分の一を占める土地なのだ。未発見のダンジョンもたくさんありそうだとは思う。
「ダンジョンって住む場所か? さすがトーマ兄だな」
「セーフティエリアに加護付きのテントがあるから、まぁ、外で雨風しのぐよりは快適なのかも……?」
楽しそうに笑う兄と心配そうな妹は対照的だ。どちらの意見にも頷きながら、こんな状況でも全力でキャンプを楽しんでいる従兄の様子に呆れていた。
「何にせよ、楽しそうで良かったよな」
「そうね。悔しいけど、日本でいた時よりも生き生きしてるわ、トーマ兄さん」
「あー…。下の奴らの面倒を見なくて済むから、一人を満喫しているんだろうな……」
それに関しては、少しばかり申し訳なく思ってはいたので、苦笑する。
伊達家一族の子供たちは、皆いちばん年上のトーマのことが大好き過ぎたのだ。
何でも出来て、優しくて面倒見の良い従兄。
構ってくれない大人たちと違って、口は悪いが、ちゃんと向き合って遊んでくれる彼のことを皆慕っていた。
何だかんだで突き放せない、彼の優しさにつけ込むようにして甘えていた自覚はある。
「──絶対に邪竜とやらを倒して、トーマを連れて日本に帰るつもりだが。それまでは気楽な一人暮らしを満喫してもらおう」
「そうだな。転生後のあの姿で街に住まれるより、人のいないダンジョン暮らしの方がよっぽど安心できるもんなー」
「ハルに同意ね。ハイエルフだっけ? とんでもない美形になっちゃって、もう……!」
「落ち着け、ナツ。トーマは元々、素材が良かっただろう。あれは完全に伯母さん似だよな」
アーチェリー界の女王と名高い、彼の母親そっくりの容姿。
ハイエルフに進化させられて、更に人並外れた姿となったので、更に性質が悪い。
(あれじゃ、拐ってくれって言っているようなものだ)
「トーマ兄、ダンジョンでポイント稼ぎまくって家を建てるのが目標だと」
「レベル上げもするみたいね。良い武器が手に入ったって。私がプレゼントしたかったのに!」
嘆く従妹にため息を吐いて、テーブルから立ち上がる。腰に下げたウエストポーチから取り出した風に見せかけて、調味料を幾つか取り出した。
「ほら、いつまでも嘆くな。厨房で特製朝食を頼むぞ?」
「! 行く行く!」
「特製メニュー? 頼めるの?」
「そこは神殿と国王陛下から借りた身分証を散らつかせば大丈夫だろう」
あまり権力のおこぼれに与るのは良い気分はしないが、この宿の食事は口に合わなかったので仕方ない。すみません、と厨房の奥に声を掛けた。
特別に作って貰ったのは、ベーコンエッグとじゃがいものガレットだ。
百円ショップで手に入れた塩胡椒と粉チーズを料理人に手渡し、カウンターごしに作り方を伝えて作ってもらった。
ガレットはトーマにたまには手伝え、と命じられて、一緒に作ったのでレシピを覚えていた。
新じゃがを洗って皮付きのまま細切れにして、薄力粉と塩胡椒を加えて和えて、オリーブオイルで焼いた。
焼き色が付くようにフライ返しで押し付けながら火を通し、粉チーズを振りかけて。
最後にケチャップをまぶしただけのシンプルな料理だったけれど、とても美味しかったのを覚えている。
「スープはお湯を貰ってきたから、好きなのを自分で作って飲め」
「ん、ありがと。私はオニオンスープの素を入れようっと」
「俺はコーンポタージュ!」
ガレットがボリュームがあるため、パン代わりにした。この宿のパンは硬くて酸味がキツくて食べられそうになかったので、苦肉の策でもある。
オーク肉のベーコンステーキと目玉焼きは日本産塩胡椒のおかげで、絶品だ。
インスタントのスープも充分美味しい。
朝からエールやワインは飲みたくなかったので、自分たちで用意したお茶やジュースをのんびりと堪能した。
「ふぅ、ご馳走さま! 美味かったな。毎回、コレだとありがたいんだけど」
「それ。コインを握らせてでも特別メニューを用意して貰いたいわね」
「この宿にいる間は頼めるだろうが、三日ほど休んだら、またダンジョンに潜るぞ?」
「そうだった……」
「休暇、短すぎない……?」
「とっととレベルを上げたいからな。お前ら、トーマに追い抜かれるぞ、このままじゃ」
「あ…………」
トーマは自分たち勇者組と違って、強力な攻撃用のスキルを持ってはいないけれど、魔力が豊富で魔法の得意なハイエルフに転生したのだ。
ダンジョン内でソロ狩猟に励む彼の方がレベルの上昇率は高いだろう。
「……二日の休みで良い」
「私も。今日は物資を補給して、明日はゆっくり休みましょう」
負けず嫌いの似た者兄妹は、大きく頷き合いながら、休日の返上を申し出た。
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