第3話 序

 不治の病に侵された少年に煙草を咥えた女は自分の血を「生きよ」と命じて飲ませた。


 歩行も困難だった少年は血を口にした傍から顔色を取り戻し、二本の足で立ち上がった。


 女は国でも並ぶ者がいないとされる名医だった。彼女は良くこう口にする。

「神が病を直し、私が金を取っているだけ」

「それにこれは医術ではないわ。だから私は医者じゃないの」



 それでも奇跡を起こす女医の元には多くの患者が訪ねてきた。


 少年は彼女の姿に感銘を受け、自らも医者になる事を心に誓った。

 医者になるためには練習は欠かせない。積み重ねのない者に実力は宿らないのだから。



 野良犬を捕らえて腑開けをしたのは少年が一〇歳の時だった。




 他所の飼い犬を捕らえて腑開けをしたのは少年が一一歳の時だった。




 犬では飽き足らずにとうとう人の墓を暴いたのは少年が一二歳の時だった。

 孤児院から適当な子供を【調達】するようになったのは少年が一五歳の時だった。

 人体について知識を徐々に深めていく少年。

 そして気付いた。まともなやり方では彼女の足元にも及ばない、と。

 女医が降霊術によって奇跡を起こしてると知ったのは少年が一六歳の時だった。

 女医が発狂して自分の口に猟銃を訳も分からず突っ込んだのは少年が一七歳の時だった。


 彼女の遺品からあるメモ書きを見つけた少年は記されていた内容に強い興味を持つ。


【儀式】なるものに必要なのは齢五つに満たない子供と腹を捌いた犬の死体。


 少年はどちらも調達方法を心得ている。


 孤児院から連れ出した子供はかつての自分と同じ病を患っていた。子供は言った。


「ぼく身体が悪いの。だから早く治して、いっぱい勉強してお医者さんになるんだ」


 少年は叫ばれないように石を子供の口に押し込んだ。歯が折れようと容赦なく。

 腹を割いて内蔵を取り出し、用意しておいた犬の死体に余さず詰め直した。



 少年の両手はドロッとした紅い血に塗れていた。



 最後に犬の腹を糸で塞いでようやく作業を終えた少年は、そこで気付く。


 死んでいるはずの犬の目玉がこちらを向いている。

 少年を。いや。少年の背後に視線を送っていた。彼はゆっくりと振り向く。

「やあ、こんにちは。どうやら儀式は成功したみたいだね。これからよろしくね」


 背後に立っていたのは髭の生えた大柄の男だった。不潔な襤褸を纏っている。


 シャがれた声で男が少年に尋ねた。


「かわいいねぇ。どこに住んでるの?」


 不潔な男は神か、悪魔か、それとも――。

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【連載全3話】 犬 『1話あたり3分で読んでみませんか?』 ツネワタ @tsunewata0816

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