第26話 有象無象

 次の月曜日、いつも通り学校に行くと、案の定噂が立っていた。


 「えっ、秋風さんが男の人とデートしてたってマジ?」

 「やっぱあれだけ美人だったら彼氏の一人や二人くらい居るよなぁ……」

 「ちくしょう妬ましすぎる……」


 「たまたま友達が見たらしくってさぁ………」

 「その相手ってのが、どうも新井君らしいんだよね〜意外」

 「こんなこと言うのもアレだけどさぁ、新井、別に顔は悪くはないとは思うんだけど、秋風さんとは流石に少し釣り合わなくない?」

 

 教室に入ると男女構わず噂話がされていた。無視しようにもクラスの半分くらいの人間がそれについて話していたので、どうしようもなかった。

 人の噂も七十五日とか言うけれど、確実にこれが続くと俺の心が持ちそうにないなと思ってしまった。


 少しして秋風灯花も教室に入ってきた。案の定、すぐに女子に囲まれて質問攻めに遭っていた。

 おそらく彼女のことだから上手い具合にはぐらかしているとは思ったが、気が気ではなかった。


 「ねぇ、新井ってひょっとして秋風さんと付き合ってたりするの??」

 結局この日は友人たちから何回もこの質問を食らった。俺はその質問を受けるたびに

 「ただの幼馴染だよ、たまたま買い物途中で遭遇して、お茶しただけだよ」

 と、うまくとぼけることにした。


 ……だが結局多くの男子生徒に

 「秋風さんとお茶出来るだけでも羨ましいぞこのやろう!!」

 といじられたことは言うまでもなかった。

 

 



 放課後、夕暮れがちょうど綺麗に見える時間帯。俺は帰宅しようと下駄箱で靴を履き替えていた。すると待っていたかのように彼女が現れた。


 「お疲れ様!やっぱ疲れてるね、大丈夫??」


 「……色々言われたけどまぁこれくらいは覚悟の上さ……ここまで噂立ってるとは思わなかったけど」

 確かにいつも以上に疲れていた。それは彼女からしても明らかだったらしい。

 

 「まぁそーんな有象無象うぞうむぞうの言うことなんて、いちいち気にしてたら体が持たないよ?」


 「クラスメイトを有象無象って言うのか……」

 俺は思わず笑ってしまった。


 「まぁ今回のことに関しては事実じゃん。」


 「……ろくでもない連中、色んな種類のくだらない人や物とかに使うけどさぁ」


 「数は多いけど取るに足らない……つまり、あんな人たちの言うことをいちいち気にしちゃダメだよ。気にしすぎて潰れちゃったら元も子もないからね」

 昨日の話を聞いていたため、妙に説得力があった。そうだよな、あれこれ考えても仕方ないし、多少堂々としてて問題ないか。

 

 「……さんきゅー、なんかこーやって喋れただけでもなんか元気出たわ」


 「そう?ありがとう。私もただ一回遊んだのを見られただけでここまで大きく広まるとは思いもしなかったから。……迷惑、だった?」


 「いや、迷惑なんてことないよ、むしろ俺なんかで良いのかなって気持ち」


 「むしろ涼じゃないとこんなに気を許して色々喋ったりしないよ。でも、そういうところ、ほんと優しいよね、ありがとう」

 

 そりゃあれだけの悩みを相談されたなら誰だって力になりたいと思うだろう。それに、小学生の頃、彼女が俺と遊んでくれていなければ、俺の性格はもっと性格が捻じ曲がっていたかもしれない。加えて、高校で同じクラスになっていなければ、こうやって学校が楽しいと思うことすらなかったかもしれない。


 ……この時、気づけば既に俺は秋風灯花という人間に陶酔し始めていたのかもしれない。


 

 「クラスの女子ったらさぁ、私と涼が付き合ってるんじゃないかってすごーく聞いてきたんだよね、やっぱ高校生にもなると、異性と二人っきりで遊んだだけでそう思われちゃうのも仕方ないのかなぁ?」


 「やっぱりそうなるんだな、これ以上噂が大きくなるようだったら────」

 

 俺の言葉を遮って、唐突に彼女が少し頬を赤らめて、小悪魔のような顔でこう言った。

 


 「──ねぇ、本当に、付き合っちゃう?」


 

 


 


 

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