【改良版】無茶ぶり探偵~事件を解決するのは私では、ありません。あなたです!~

久坂裕介

第一話

 T中学校、一年一組。少し暑さを感じてしまう、五月の昼休み。

 僕、平野海太郎ひらのかいたろうむぎごはんと、高野豆腐こうやどうふとささみのゴマだれあえと、牛乳等の給食を食べ終わると、数学の教科書とノートを机から出した。次の五時間目は僕が大好きな数学の授業なので、り切っていた。


 ちなみに今日の時間割りは、一時間目が理科、二時間目が英語、三時間目が社会、四時間目が音楽、五時間目が数学、六時間目が体育だ。


 数学の教科書を見ながら、考えた。来年から、この中学校でも教科書は廃止はいしされてタブレットPCで勉強することになる。これはペーパーレス、教科書は重すぎる等が理由の、今の時代の流れなのだそうだ。本が好きな僕にとっては、少し残念だ。


 そうこうしていると昼休みの残り時間は、あと少しになった。余談よだんだが、数学と国語の教科書は出版社しゅっぱんしゃが同じである。『数学の教科書は使いやすい』という意見が先生から出たので、それならば国語も同じ出版社の教科書を使おう、ということになったらしい。なので数学と国語の教科書は同じ大きさ、同じ厚さだ。違うのは色だけなので僕はたまに、数学の教科書と国語の教科書を間違まちがえてしまう。


 さて、昼休みはもう少しあるから、それまで数学の自習じしゅうをしようかなと数学の教科書を開こうとしたら、となりの席で大きな声が上がった。


「え?! うそ?! 無い、無い、無い! 数学の教科書が無い! えー! どうしよう?!」


 声の主は、門脇咲子かどわきさくこさんだった。彼女は、ちょっと、おっちょこちょいな所もあるが、大人おとなしい僕にも笑顔で話しかけてくれる優しい人だ。


 だから僕は、思った。あー、お気の毒に。数学の押田おしだ先生は、ちょっとこわいから教科書を忘れたことがバレると怒られちゃうかも、と。でも僕には、だからといって自分の教科書を貸すほどの勇気が無かった。そうすると、僕が怒られるかも知れないからだ。と思っていると、勇者が現れた。


 クラス委員長の、瑞生ずいしょうみのりさんだ。彼女は一学期の始めに各委員を決めるときに、誰もがいやがるクラス委員長に自ら立候補りっこうほした、勇者だ。立候補したのは彼女だけなので、もちろん彼女がクラス委員長になった。


 そしてクラスのみんなは、気づくことになる。彼女は、クラス委員長に適任てきにんだということに。はっきり言おう。彼女は勉強が苦手である。それも、あらゆる教科が苦手である。


 押田先生からは『こんな計算も出来ないのか! お前は、ちゃんと小学校を卒業してきたのか!』と、たびたび怒られていた。でも音楽と美術は、得意だった。だから僕はみのりさんは将来しょうらい、シンガーソングライターか画家になると思っている。


 みのりさんは、親切で面倒見めんどうみが良かった。お調子者ちょうしものの男子が、背が低くて大人しい男子をからかっていると、『止めなさい! 彼は嫌がっているじゃない!』と止めた。


 大人しくてクラスに馴染なじめない女子には、『あなたは、どんな音楽をくの? 私はB’zの大ファンなの! 「つわものはしる」が好きなの!』と声をかけていた。


 更によく、みんなの相談に乗っていた。

『俺、あいつが苦手なんだよね~』

『私、隣のクラスに好きな男子がいるんだけど、どうしよう?!』

 そしてそれらに、適切なアドバイスをしていた。そんなみのりさんだから一学期も一週間を過ぎると、皆に一目置いちもくおかれるようになった。


 そして今、『数学の教科書が無い!』と騒ぐ咲子さんの隣に、つかつかとやってきた。更に銀縁ぎんぶちメガネのブリッジを右手中指で押し上げると、聞いた。

「数学の教科書が無いんですか? 咲子さん?」

「そうなのよ! どうしよう?!」

「うーむ、これは事件ですねえ……」


 僕は、いや、教科書が無いのは事件じゃないと思うんだけど……、と心の中でツッコみつつ、みのりさんを見た。彼女は、「いいわ! この事件、私の推理すいりで解決してみせるわ!」と言い放ったあと、少し考え込んだ。


 すると突然、みのりさんは僕を指差ゆびさして宣言せんげんした。

「この事件、五分で解決かいけつしてみせるわ! 彼が!」


 思わず立ち上がった僕は、聞いた。

「え?! ぼ、僕?!」

「そうです! 海太郎君に、この事件を解決してもらいます!」

「ど、どうして僕が?!」


 すると、みのりさんは満面まんめんの笑顔で説明した。

「それは海太郎君は、数学が得意だからです! だから、きっと無くなった数学の教科書を見つけ出してくれるはずです! これが私の推理です!」


 ええ~、そんな理由? それって推理じゃないよ。それってただの、無茶むちゃぶりだよ~と思ったが、大人しい僕にはことわることなど出来なかった。


 更にみのりさんは自分の左手の腕時計を見ながら、言い放った。

制限時間せいげんじかんは、五分です。始め!」


 ええ~、五分?! たったの五分で数学の教科書を見つけるの?~と思ったが、やるしかなかった。僕は取りあえず、咲子さんに聞いてみた。

「ちゃんと今日、持ってきたの? 授業で使う、教科書を?」

「うん」と咲子さんは机の中の教科書類を、机の上に出した。


 理科の教科書とノート、英語の教科書とノート、社会の教科書とノート、音楽の教科書、国語の教科書と数学のノート。なるほど、確かに数学の教科書が無い。


 僕は、再び聞いてみた。

「ちゃんと昨日きのうの夜に、準備したの?」

「ううん。いつも私は、朝に準備をするの。でも今朝けさは、ちょっと寝坊ねぼうしちゃって、あわててたの。それでも今日は五冊の教科書を使うから、ちゃんと五冊の教科書をバックに入れたの!」


 なるほど、確かに教科書は五冊あるな、と確認した僕は少し考えた。そして、ひらめいた。

「どっかに、忘れてきたんじゃないの? 例えば音楽室に! ほら、四時間目の授業が音楽だったから、音楽室に忘れてきたんじゃないの?!」


 すると咲子さんは、『はっ』とした表情になった。

「あ! そうかも! ほら私って、おっちょこちょいだから、音楽室に忘れてきたのかも?!」


 だがもし、そうだとこまる。あと数分で昼休みが終わり、数学の授業が始まるからだ。あと数分で音楽室に行って数学の教科書を探して戻ってくるのは、不可能だ。


 みのりさんは、腕時計を見ながら冷静に告げた。

「あと、二分です」


 あと二分?! 無理だよ、あと二分じゃ絶対、数学の教科書を見つけることは出来ないよ!


「はあ~」と、ため息をついて視線しせんを下げた僕は、自然と咲子さんの机の上の教科書とノートを見つめた。


 すると、ひらめいた。いや、咲子さんは音楽室に数学の教科書を忘れてきたわけじゃない。なぜなら咲子さんは、今日の授業で使う教科書を五冊、持ってきたと言っていた。そして今、咲子さんの机の上には、五冊の教科書があるからだ。


 すると、これは一体、どういうことなんだ……、と五冊の教科書を見つめた。理科の教科書、英語の教科書、社会の教科書、音楽の教科書、国語の教科書と数学のノート。あれ? と、違和感に気づいた僕には、全てが分かった。なるほど、そういうことか!


 再び、みのりさんは告げた。

「あと、一分です」




★   ★   ★ 




 僕は、咲子さんに聞いてみた。

「ねえ、咲子さん。今朝、ちゃんと数学の教科書をバックに入れた?」

「もちろんよ! だって教科書は、ちゃんと五冊あるし。今日の授業で使う教科書も五冊だし!」

「じゃあ、どうして国語の教科書があるの? 数学のノートはあるのに? 今日は国語の授業は無いよ」


 咲子さんは、目を丸くした。

「あ! そういえば、そうだ! どうして国語の教科書を、持ってきちゃったんだろう?!」


 僕は咲子さんの国語の教科書と、僕の数学の教科書をピタリと合わせて説明した。多分、国語の教科書と数学の教科書を間違ったんだと思うよ。国語の教科書と数学の教科書は、出版社が同じで大きさと厚さが一緒だから。咲子さんは今朝、寝坊して、あわてていたって言っていたから、きっと間違えたんだと思うよ。僕もたまに国語の教科書と数学の教科書を、間違えるんだと。


 すると咲子さんは、「あ~、そうかも知れない……。ほら私って、おっちょこちょいだから。てへ」としたを出した。


 僕はこの状況下じょうきょうかで、『てへわらい』が出来る咲子さんのメンタルは相当そうとう強いな、と感心した。数学の教科書を忘れてきたので、押田先生に怒られるかも知れないのに。

       

 すると、みのりさんが告げた。

「はい、そこまで! うんうん、無事、事件は解決したようね!」


 いやいや、みのりさんは何もしていないじゃん! ただ残り時間を告げて、僕を追い込んでいただけじゃん! もちろん、そんなことは言えないが。


 すると、みのりさんは自分の席から数学の教科書を持ってきて、咲子さんに手渡てわたした。

「咲子さん、これを使って」

「いいの?! みのりさん?!」

「いいの。困った時は、おたがさまよ」


 咲子さんは、みのりさんにきついた。

「えーん! ありがとう、みのりちゃん!」


 と、感動的なシーンの途中とちゅうに、教室に押田先生が入ってきた。

「はい、皆、すわれー! 授業を始めるぞー! ほら、お前たちもだ!」


 僕と咲子さんは、すぐに自分の席に座った。だがみのりさんは自分の席へ戻らなければならないので、時間がかかり目立めだった。


 押田先生も、注目ちゅうもくしていた。そして、気づいた。

「何だ、瑞生? お前、数学の教科書を忘れてきたのか?」


 みのりさんは立ち上がり、右手を高々たかだかと上げて言い放った。

「はい、今日は数学の教科書を忘れてきました!」


 押田先生は、しぶい表情で告げた。

「おいおい、そんなことを堂々どうどうと言うもんじゃない……。しょうがない、隣の席の生徒に見せてもらえ」

「はい!」


 みのりさんは隣の席の男子の、数学の教科書をのぞき込んだ。その姿を見て、僕は思った。結局は彼女の推理というか無茶ぶりで、事件は解決した。みのりさんは将来、名探偵めいたんていになるかも知れないと。



                              完結

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【改良版】無茶ぶり探偵~事件を解決するのは私では、ありません。あなたです!~ 久坂裕介 @cbrate

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