第302話 遊戯人達の宴 ③
使い慣れた操縦桿にフットペダル。懐かしい空気感に包まれたコックピット。しかし、一つだけ違うのが――
「これはわたくしも復活枠に入っているのかしら?」
愛した妻がオペレーターとして存在し、本来ならば一人用のコックピットが複座式に改良されていた。その妻はオペレーターシートに座って、困ったような苦笑を浮かべていた。
「相手は神様だからなぁ」
嬉しさを隠しもせず、にこにこと朗らかに笑う美しい男性アーサー・ペンドラゴンは、自分の影と戦いながら妻の言葉に応じる。
「この感じからすると、タツローさんって言うよりかはTOTO様かな。こっちに合わせるような調整は。タツローさんの場合だと力引き出されるような感じになるし」
「妖精ちゃん達を託したお友達ね?」
「そうそう。そっちは全く大丈夫だったようだしね」
ちらりとモニターに視線を送れば、どこかの施設だろうか、結構な大自然の中で各々自由に元気に遊んでいる様子が映し出されているし、この戦闘に参加している妖精達は、契約者を鼓舞する為に歌っている姿も確認出来る。
「良かった。うまく馴染めてるようだ」
「ええ、ティターニアやヴィヴィアン達には寂しい想いを沢山させてしまったから、こうやって笑っている姿は嬉しいわ」
かつて自分にベッタリだった妖精が、新しい主人にベッタリになっている様子を、少し寂しそうに見つめながら彼女、グィネヴィアが優しく微笑む。
「何でヴィヴィが怒り狂ってるのか分からないけどね」
自分の契約妖精ヴィヴィアンが、何やらモニターに向かってゲシゲシ蹴りを入れている様子に、アーサーは小首を傾げて苦笑を浮かべる。まさかタツローのうっかりで、アルペジオに取り残され、その事に気付いたヴィヴィアンがモニターのタツローに向かって罵詈雑言を吐き捨てながら怒っているとは、さすがに察しろと言うのは無理があるだろう。
「さて、この趣味の悪い奴を倒して、苦戦してるところへ助けに向かおうか?」
「ご随意に。わたくしにとって今は夢のような時間ですもの」
「……そうだね」
アーサーは司書長やクマとは違い、ちゃんとフェリオ、アルテミスの要請を受けてこちらの世界へ介入した。目的は、アダム・カドモンの妨害。将来、確実にタツローが出現する事は分かっていたので、それに向けて色々と種を蒔く事を使命としていた。
王国を建国したり、技術の復活を推奨したり、かなり多忙な日々を過ごしていた。だから、こうやって妻と二人っきりの時間など、ほぼ全部思い出せるのでは? という位に希少であった。
妻ではないが、まさに夢のような時間である。
「でもデートと呼ぶには少し殺伐としてるかな?」
クスクスと笑いながらアーサーが言えば、グィネヴィアはその背中に手を添えて微笑む。
「どんな場所でどんなシチュエーションであっても、あなたと共にいられるのなら、そこがわたくしの居場所です」
「……ありがとう」
まさかこの一瞬だけの逢瀬とかじゃないよね? デミウス君、と心の中で呟きながら、アーサーは軽々自分の影を圧倒し完全に消滅させて、次の獲物を求めてフッドペダルを踏み込むのだった。
○ ● ○
ルック・ルックとフランク・カリオストロは巨大な困惑の中にいた。
「なんつーか、何でもありだよな」
「ええ……ちょっと頭がバグりそうです」
確実に先程まで自分達はワゲニ・ジンハンの肉体でアダム・カドモンと戦っていたのに、今は元のアバターに戻り、懐かしきランサー3のコックピットにいるのだから、これで混乱するなという方が無理だ。
「ただまぁ、あちらさんは拒絶されたようですが」
「……ああ」
ルックはフランクが言いたい事をすぐに理解し、興味無さげにモニターへ視線を向ける。そこには幽霊船団のままで元のアバターに戻る気配すらないバット・トリップ達の姿があった。
『ずっけぇぞ! どういう事だよ! 俺達も戻しやがれ!』
『お前達が戻れてどうして俺達は戻れん? 何をした? チートか? それともリアルマネーで取引でもしたのか?』
『お前らこっち側だろうが! 何をしれっとそっち側に戻ってやがる!』
残された三人は口々に罵って来るが、元に戻れたルック達ですら仕組みを理解出来ていないのに説明出来るハズもなく、言われるがままに罵詈雑言を流し聞きしていた。
そんな中、フランクが何かに気付いて、くっくっくっくっと悪い顔で笑う。
「お前達、人を殺したろ?」
フランクの言葉にルックは、ああ! なるほど! と納得した。ルックとフランクはアダム・カドモンに従う気がゼロで、召喚された時点でやる気も皆無だったから、自分達から進んで悪事をやっていない。
いやもっと直接的な言葉を使うなら、命を奪う行為を行っていないが正しいだろう。だが、バット達は自分達から進んで虐殺行為を行い、既に四桁近い命を奪っている。この差がアバターに復帰できた要因じゃなかろうか、とフランクは思い付いたのだ。
『ザコをいくら殺そうが関係ねぇだろ!』
『懺悔でもしろと?』
『下らん』
三者三様の言葉に、ルックとフランクは初めて深く反省をした。いや、宇宙バカとして社会的に抹殺された時にも反省はしたが、改めて自分等がこういう馬鹿であった事を直視させられ、自分達の行いを深く深く恥じ入った、というのが正しいか。二人そろって、これはねぇよ! と思った訳だ。
「これって、俺らの手でって事だよな?」
「そうだろうねぇ。アダム・カドモンの弱体化方法を教えてくれた神、女神フェリオ様だったか? 彼女の意志なんだと思う」
「だよなぁ」
こんな阿呆に付き合うのは御免だ、とアダム・カドモンの支配に抵抗していた時、ルックとフランクは女神フェリオから信託を受け取っていた。
かの邪神の真なる名前はアダム・カドモン。その名前を広めなさい。さすれば、かの邪神はたちまちその力を弱める事になるでしょう……二人はそれを聞いてすぐに、遊戯人の宴の関係者だと分かるアベルやカオス、マルト達へアダム・カドモンの名前を暴露したのだ。
「まぁ、同じ宇宙バカだしよ、ここで引導を渡してやるのも優しさじゃねぇかな?」
「そういう浪花節は好かないのだがね?」
「そう言うなって。この後の事も多分俺と同じ結論なんだろ?」
「……」
ルックのニカッとした笑顔に、フランクは苦笑を浮かべて呆れたように首を横に振る。
「君に内心を見抜かれるとか」
「まぁ、短いが濃い時間だったしよ、何となくそうじゃねぇかなぁって思っただけよ」
「はぁ……」
ルックは現実世界へ戻るつもりはない。神が実在するのなら、自分はワゲニ・ジンハンとして生まれ変わる事を願うつもりであった。それはあの心優しい巫女の行く末が心配だというのもあるが、結果論だが自分達が召喚された事でワゲニ・ジンハンが滅亡へ向かったのも事実だ。その落とし前をきっちりつけてからじゃないと後味が悪すぎる。
フランクもルックと同じ考えだが、フランクの場合は、巫女に借りを残して生き返るのは御免であるという、彼らしい矜持の為だ。
「なら、さっくり終わらせよう。なるべく点数は稼ぎたい。女神様のご機嫌を取る為にもな」
「了解。まぁ、こいつら相手なら苦戦はしねぇだろ」
ルックとフランクは悪党顔でせせら笑い合う。そんな二人の変貌に気付いて一目散に逃げようと背を向けたバット達へ、情けは無用! と容赦のない攻撃を叩き込む二人であった。
○ ● ○
帰って来た、まさにその一言に尽きる状態であった。
「縮地は出来ないみたい」
「兵装もこちらより劣るかな」
「ちょっと! いつまで泣いてるのよ!」
「なっ泣いてないっ!」
大粒の涙をポロポロ流しながら、いそっぷは力強く操縦桿を握りしめる。
ブレイブ・ブレイバー2いや、ソード・オブ・ソーサリスのコックピットは全くいつも通りだった。
あやめが皆をまとめて、ニンフが的確に状況を分析、ムーナがちゃちゃを入れ、まゆなが無気力な言葉を口にし、NANAがムードメイクをして、翼が苦笑を浮かべて嗜める……夢にまで見た日常がそこにあった。
あの日あの時、反射的に申し出を断ってから後悔しなかった時は無かった。何度やり直したいと願った事か。何度自分自身を呪った事か。夢なら頼む覚めないでくれ、といそっぷは願わずにはいられなかった。
「泣くのは良いけど、トチらないでよ? ママ達に迷惑掛けたくないから」
「それ続けるの?」
「続けるわよ! 絶対あの子達、子供が生まれたら私達の名前つけるわよ?」
「それは……ごめん、否定出来ないかも」
「でしょ? それこそ男の子が生まれたら、いそっぷとかつけそうだし」
「うえぇっ?!」
自分が憑いていた少年の、どこかお人好しな笑顔を思い出し、いそっぷはありそうだと思った。
「でも……これで現実に戻ったら大変かも」
「何が?」
「だって現実じゃ一夫多妻は外国の話よ? どうやって決着つけようかしら……」
「「「「あ……」」」」
長年浮遊霊をやっていた影響からか、すっかりこっちの世界の常識に染まってしまい、一夫多妻もしくは一妻多夫が当たり前と思っていた女性陣は、うおぉぉぉぉぉっ! と唸る。
「……こっちに残ってタツローさんの国で生活するとか?」
ぼそっとまゆなが呟くと、全員でその手があったかと喝采をあげる。だが、そこに冷静な翼が突っ込みを入れた。
「現実世界の生活はどうするんだい? まさか全部ほっぽり出して、という訳にはいかないだろう?」
まぁ色々とブランクがあって、正直どこまで記憶が正しいのか自信は無いのだけども、家族とか残して来るわけだし、と翼に言われて全員が冷静に戻る。
「……それも全てが終わってから、かな」
操縦桿を握りしめるいそっぷが、グイッと涙を拭いながら笑う。
「多分、タツローさんに相談すれば色々と助けてくれるはず」
そこで他力本願なのかよ! と突っ込みを入れられ、いそっぷは笑う。
「何でも自分一人で決めるのはコリゴリだもの。今度は分からないなら分からないって言って、分かっていそうな人に聞こうと思うんだ」
それで取り返しのつかない失敗をしてる訳だし、といそっぷは続け、だからまずは目の前の事に集中しよう、と話を締めた。
「そうね。ここでわーわー言ってても始まらないものね」
「アダム・カドモンころころがし! です!」
「そうだね。実に好き勝手やってくれたものね」
口が裂けたような錯覚を覚える笑顔を浮かべる女性陣から、そっと視線を外したいそっぷは、こんなやり取りも懐かしい、と苦笑を浮かべた。
「さあ! 偽物倒して別の場所に行こう!」
「「「「了解!」」」」
影の中で一番のテクニックを持つ自分のコピーを、その後さっくり倒したいそっぷは、通信を拾って苦戦している場所へと船首を向ける。
「全部、上手く行けば最良なんだけど……」
それは望み過ぎかな、ちょっとだけ重いモノを腹の内に感じながらも、いそっぷはフットペダルを踏み込んだ。
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