第301話 遊戯人達の宴 ②

 スペースインフィニティオーケストラ、VRゲームのトップバッターを華々しく飾り、そのままトップを駆け抜け続けた純国産VRMMORPGである。


 またVRゲームにおける数々の問題点を指摘し続けたゲームでもあり、かのゲームが叩き台となったお陰でVR新法という法律まで生まれた。


 更にゲーム内部の処理に使われていたAIの経験値が現実世界へコンバートされる事により、電気自動車の自動化運転技術へ転用されて流通革命を起こしたり、社会生活の細々としたサービス関係のサポートに活用されたり、とゲームの枠組みを完全に越えた活躍をSIOというゲームが担った。


 宇宙スゲー! とはネット上でSIOを称賛する時に使われる言葉である。


 が、そんなのはSIOというゲームの一部分でしかない。本当に恐ろしいのは、SIO熟練プレイヤー達の存在である。


 SIOに続けと後発のゲームは数々誕生したが、SIOに匹敵するようなゲームというのは誕生しなかった。いや、言い方を変えよう、SIOプレイヤーに太刀打ち出来なかったのだ。


 例えばファーストパーソン系、いわゆる一人称視点のシューティングRPGが二本程発売されたが、残念ながらサービスが三ヶ月で終了する。その引き金を引いたのがSIOプレイヤーだったりする。


 それぞれのゲームの内容は、荒野のポストアポカリプス的な世界で冒険をして世界の謎を解き明かす、的な物語を主軸とし、火縄銃から未来的なレーザーガンまで幅広い銃器を駆使して冒険を切り抜けよう、というサバイバル風のゲームであった。もう一本は現代の街を舞台にしたクライムアクション風のRPGで、どちらもシステムは似通った感じで差異はあまりない。


 前者は暇潰し目的にSIOプレイヤーであるマカロニが、後者は有名ではないほぼ無名に近いSIOプレイヤーが手を出し、それはもう酷い感じに無双してしまったのだ。


 しかもゲーム会社としては堅実な仕事をする事で有名な会社が作っただけあり、ゲームの基本部分は最後まで作り込まれていて、ゲーム内部のイベントのトリガーを引けば次々にエリアが解放され、ストーリーも進んで行くというのが不味かった。


 マカロニはログインから二週間程度で、無名プレイヤーは一ヶ月程度でそれぞれグランドフィナーレ(エンディング)を解放してしまった。そしてそれは実況配信という形で公開されてしまい、ゲーム会社もまさかそんなに早くクリアーされるとは思っておらず、配信関係の利用規約にも含まれておらず、気がついたら後の祭り状態で、鳴り物入りで世に出したゲームが発売三ヶ月で過疎化して終了してしまう、という事態となった訳だ。


 これだけではない。彼らは仮想世界だけじゃなく、現実世界でも無双している。VRゲームが脳の神経系を刺激して、色々な学習効果を引き出すという研究は論文として公開されているが、まさにそれを現実のモノとして世へ見せつける奴らが多かった。


 宇宙超人。いつからかSIOプレイヤーをそう呼ぶようになる。彼らの本質は、諦めない心、挫けない心、ねちっこい執念、ゾンビの如きバイタリティ、そして一番問題なのが……


『楽しければ全て! ヨシ!』


 つまりはそういうノリである。


「ヨシ! じゃない……全く、お前はどうしていつも考え無しで突っ込むんだ」


 グレートウェストでバスバスと長距離射撃をするマカロニを、男装の麗人といった感じのスミスが呆れた溜め息を漏らしながら呆れる。


「どう考えてもおかしいだろ」


 自分の戦闘艦キッド・キッドのコックピット内部で、システム回りや体の違和感、それらを冷静に観察しながらスミスが呟く。


『お前は気にしすぎなんだよ! これがデビジョン・セカンドの先行体験で、それ専用のシステムかもしんないだろ!』

「……そういう考えもあるか……」


 ああ、なるほどとスミスは納得してしまった。何しろSIOというゲームの完成度は異常の一言。ゲーム特有の違和感など、他ゲームと比較しても群を抜いて少ないのだ。それがますますリアルに寄せてきたと言われてしまったら、あの運営ならやりそうだ、となってしまう。


『それによ……許されんわ』

「……はぁ……全くお前は」


 バッコンバッコン射撃を撃ち込む先、そこでは戦う力を持たないコロニーへ群がる自分達と同じ姿をした戦闘艦が、ゲラゲラ笑いながら民間人NPCを襲う姿が見える。


『俺らはよぉ、荒野の無法者だがよぉ……通すべき仁義はあんだよ』

ちからを持たぬ者には手を出さない」

『おう! それが俺らよ! てめぇら! イベントとか関係ねぇ! あの俺らの姿をした腐れどもを喰い尽くすぞっ!』

『『『『おうっ!』』』』


 全く、と困ったように呟きながら、それでもスミスの表情は獰猛に笑っていた。


「だがまぁ――」


 こういうノリは嫌いじゃない、とスミスは呟き、全ての武器のリミッターを解放させる。


「そういう意味では私も同類って事かな」


 ふっふっふっと美しく微笑み、スミスはえげつない攻撃を誰よりも多く叩き込むのであった。




 ○  ●  ○


「いやぁ、こうなったか」


 セラエノ大図書館のクランマスター司書長は、目の前のコロニーの姿に懐かしそうな表情を浮かべる。


『どうかしましたか? 司書長殿』


 サブクランマスター副司書長の言葉に司書長は、何でもないと苦笑を浮かべて首を横に振る。


「我々はあまり戦闘は得意じゃないからね、アタッカーを請け負ってくれる戦士達のサポートをしっかりやろう」

『『『『了解』』』』


 うまく誤魔化せたかな、と呟きながら懐かしのコロニーへ視線を向ける。


「私では世界へあまり影響を与えられなかったけども」


 司書長は昔を思い出し、草臥れた老人のような枯れた笑みを浮かべる。


「セラエノ断章も受け入れられたようだし、私の子孫であるミツコシヤも残ったみたいだ。何より、あの子が元気で明るく生きている事が、こんなにも嬉しい事はないよ」


 モニターに映るちまちま動いているせっちゃんの姿に目を細め、司書長は泣き笑いの表情で呟く。


「プロフェッサーは凄いな」


 かつて自分がこの世界へ放り出された時の孤独感と絶望感、いきなり足元がスコーンと抜けたような不安定感は、まさにリアル筆舌に尽くし難い状態だった。その中で必死に頑張って、食らいついて、状況を整えて何とかコロニーを正常へ戻して……充実はしていたが、もう一度あれをしろと言われれば遠慮したい毎日だった。


「まさか本当に死んでも大丈夫だとはね……人生は小説より奇なりとは言うけども」


 くつくつと苦笑を浮かべ、司書長は視線を戦場へ向ける。


「こうして再び皆と遊べるとか……本当、人生は小説より奇なりだね」


 自分がどうして現実となったこの世界へ飛び込む事になったのか、何で頑張らなければならなかったのか、それらは全て女神と名乗る存在から教えてもらった。だからある程度の事情は理解している。


 理解はしているが、そこで踏ん張れるかどうかはやはり、放り込まれた人間プレイヤーの能力が関係するだろう。自分よりも先に飛び込み、国を作ってしまったアーサー然り、色々とゴタゴタは残してしまったようだがア・ソ連合体の基礎を築き上げたクマ然り。


「できるならば、この世界に新しき風を吹き込んでもらいたかった、か……」


 女神に言われた言葉を思い出し、自分ではそんな事は出来なかったと改めて後悔が胸を過る。だが、それはもう取り返しのつかない過去であり、どんなに後悔しても取り戻せない事実である。


「だから今度こそは、後悔をしないように」


 プロフェッサーが何と戦っているか、司書長は知っている。その相手がこの世界へどのような事をし続けてきたかも知っている。それによって自分の娘たるセラエノ断章がどれ程悲しみ苦しんだかも……だからこそ、許してなるものかと魂に火を入れる。


「一応、これでも設定上では黄衣の王を信奉する教団の一員となっているんでね、格下の邪神には速やかにご退場願いたいところだ」


 くっくっくっくっ、と怪しく微笑み、司書長は敵を的確に追い詰める指示を仲間達に出し始めるのだった。




 ○  ●  ○


 ア・ソ連合体での軍隊の動きを見て、クマはギリギリと奥歯を鳴らす。


『クラマス、不機嫌じゃん。どないした?』

「ああ……ちょっとな」


 自分の死後、自分がどのような状態になっていたか女神に聞き、胸をかきむしり心臓を抉り出して噛み砕きたいくらいの後悔に襲われた事実を思い出し、ギリギリと奥歯を鳴らし続ける。


「ムカつく……何がムカつくって、俺が毒親と同じ事をしたのがムカつく」


 クマがア・ソ連合体の前身、部族連合集落を作り上げた時、クマが目指したのは力の信奉、種族的身体能力での差別を越えた理想郷を作る事だった。間違ってもベアシーズが頂点に立った支配体制を築き上げる事ではない。


 それがどうだ、自分の精神は徐々に徐々にアダム・カドモンのちょっかいで変質していき、気付けば自分が唾棄すべき毒親と同じ事をしていたなんて……その影響が今日まで残り続け、ましてや自分が一番対等でありたかった人物に叩き壊され直されるとか……


「クソが」


 アルペジオが存在する宙域を睨みながらクマが吐き捨てる。本音を言えば、今すぐにでもアルペジオへ向かって、勢いのままアダム・カドモンの顔面へレールキャノンをぶちこみたくなるが……残念ながらフォレストベア151Aではスペックが足らなすぎて、まともに勝負にならないのは分かっている。


「……はぁ……タツローさんにはあまり頼りたくないんだけども……」


 自分と同じように毒親にやられて、それでも彼は自立し、立ち上がり、毒親の呪縛から自分自身の意志で振り払って生きていた。自分とは正反対に。


 彼と対等であれば、彼のように自由であれば、彼のように立ち上がれれば、ありとあらゆる意味で彼は自分のお手本なのだ。だからどうしても対等である事に執着してしまう。彼からしたら迷惑この上ないだろうけど。


『クラマス? ちょっと大丈夫か? 一緒にデビジョン・セカンドやるんだよね?』


 普段と全く様子が違うクマに、他のベアシーズ系のアバターを使用する仲間達が心配そうに自分を見る。


「ごめん、ちょっとボンヤリしてただけだ。もちろん、デビジョン・セカンドはやるさ」


 軽く首を振り、クマはニカッと歯を剥き出しにして笑う。


「さぁ、いつも通り誘導してハメて、自分達らしく悪辣にド卑怯にやってやろうじゃねぇか!」

『『『『おうよ!』』』』


 ちらりとアルペジオがある宙域を見て、クマは小さく頭を下げる。


「頼みます、タツローさん」


 がああぁぁぁぁぁぁぁぁっ! と戦士の咆哮をあげてクマはフッドペダルを踏み込んだ。

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