第298話 邪神の闇鍋 ⑦
ハンマーシリーズを手足のように動かし、的確にタツローからのオーダーをこなしていくマリオンは、何度もスクリーンをチラ見しながら悔しそうな表情を浮かべる。
「安心してください。ありとあらゆる記録装置で記録してますし、マヒロちゃんとファルコンにも協力してもらって、万全です」
ぐいっと力強いガッツポーズで高らかに宣言した部下は、お気持ち凄くわかりましよー! とそれは良い笑顔でマリオンの気持ちに同意した。
「それは嬉しいな」
ありがとう、感謝の気持ちを込めて微笑みながら、集中する前にちょっとだけとスクリーンを見る。
白銀の戦闘艦があり得ない動きで醜悪な化け物を翻弄し、手には持っていないが超巨大な剣を振り回す様は、さながら神話か伝説か、ここまでぶっとんだ映像はビジュアルディスクの作品でもまずお目にかからない迫力があった。
「国王陛下、完全復活ですね」
「そうだね」
ちょっと人が変わったというか、前よりもずっとやんちゃになっちゃったっけども、そこはむしろ可愛いから良い感じだし、とスクリーンを見ながらうっとり惚気る上司に、部下はハイハイと背中を押してスクリーンの呪縛から解放する。
「ここが一番難しいポイントなんですから、頼みますよマリオン様」
「あーん、もうちょっとー」
普段ならば我が儘など絶対に言わない、それこそ皆の頼れる明るいお姉さんポジションなマリオンが、最近勢力を増した、お宅もですか? な界隈で言われている限界化した姿は、ちょっと新鮮だが扱うには面倒臭い。
「後で高画質バージョンを皆で見ましょうねー」
「うううっ、リアルタイムで見る事に特別感があるのにー」
普段が普段なだけに、ここまで皆のお姉さんを駄目にしてしまう国王の魅力が恐ろしい、と感じる部下であった。
○ ● ○
「スティラ・ラグナロティアの火器管制システムのアップグレード完了。続いてエネルギー管理管制システムの修正を開始します」
「主砲補正データのインストール完了。新火器管制システムとのリンク良好。ジェネレータ制御システムの書き換え完了まで後三十秒」
「ミュゼ・ティンダロス改からのアシスト完全リンク。メカニック、メンテナンススタッフ、仕様書通りにエネルギーラインの調整を行って下さい」
うきうきとかなり弾んだ、それこそ揶揄って小娘と言われてもおかしくない、黄色い声一歩手前な感じのテンションで行われる報告に、ゼフィーナは何度も頷きながら分かると共感する。
その最大の理由は、スクリーンに映し出されている旦那の姿にある。
『なんか、若返った?』
ファラの言葉に誰もが納得する。スクリーンで大暴れする復活した旦那は、前から少しやんちゃではあったが、今目撃している程若々しい、いやもっと言えば幼い感じでは無かった。
素直に笑い、素直に喜び、素直に怒り、一瞬一瞬の時間を全力で楽しんでいるような姿は、まるで夏休みの小学生のようである。
『悪い意味で人が変わったという感じではないですがー……なんでしょうーお姉ちゃんと呼ばれてみたいですねー』
それは何と甘美な提案だろうか。お前天才か? という
『それよりもじゃ。あそこまでだったか? 妾が見た記録映像では、確かに異常な腕前だったが、あそこまで人外の領域には至っていなかったと思うのじゃが?』
スティラ・ラグナロティアの上部装甲で、槍を片手に巨大な大盾をもう片方に持つミリュが、唖然とした表情で問いかけた。
「そこはまぁ、我らの旦那様だからなぁ」
ゼフィーナは苦笑を浮かべながら、コリコリと頬を掻く。こちらへ向かう前に時間加速装置を使って猛訓練でもしたのか、それとも何か革新的なサポートシステムを使って能力を増強しているのか、備えあれば嬉しいなが座右の銘のような人物だけに、ちょっと予測が出来ない。
「司令、ロック・ロック来ます」
その一言で納得出来てしまうのが悔しい、と苦笑を浮かべるミリュに、そうなんだよという相づちを送っていると、シェルファから説明を聞いた時に、お前は何を言っているんだ、と困惑した現象がやって来る。
「……本当にステーションが自前で動けるんだなぁ……」
オペレーターの報告でスクリーンを確認すれば、常ならばアルペジオ中枢にドッキングした状態であるコロニーサイズのステーションという矛盾した物体が、自前の超巨大パルスエンジンから蒼炎を吐き出してこちらへ向かってくる様子が見られる。
そもそもステーションに移動能力など必要ないのだが、どうしてあの旦那が所属していた団体は、すぐにこうも理解不能な事をするのか、とゼフィーナは乾いた笑いを浮かべつつ、ロック・ロックを受け入れる準備をしているマリオンを呼び出す。
「マリオン、そちらはどうか?」
『もうちょっと……終わった! いつでもどうぞ!』
スティラ・ラグナロティアとコロニーサイズステーションのロック・ロックを直結し、両方のジェネレータを特殊な装置で増幅させて、ラグナロティアの主砲をオーバーチャージさせてブッパしましょう、等とシェルファに説明された時は、さすがにその提案をしたタツローの正気を疑ったのだが……
「確かにこれは尋常の、我々の常識ではどうにもならない世界ではあるな」
国王タツローが操るシルバリウスと、最初の姿はどこへ消えたのか、アダム・カドモンは歪な円形をした複数の目と口がびっしり生えた肉塊となり、体から直接様々な形状の腕を生やして、シルバリウスと戦っている。
白銀の船は踊るように、舞うように、さながら剣の舞いでも披露するが如く、薄く蒼く輝く巨大な剣を動かして戦う。
醜悪な化け物は、まるで飢えた腹を満たそうと食べ物へ手を伸ばす餓鬼のように、猫のような手を、猿のような手を、熊のような手を、鳥の足のような手を、白銀の船に向かってがむしゃらに伸ばす。時々思い出したように複数の目から光線が出たり、言葉を話さない口からオレンジ色をした液体のようなモノを吐き出したりするが、それらはすべて余裕を持って回避されていく。さながら、その場所にあらかじめ攻撃がやって来る事を知っているかのように。
「あれを避けるのか……」
「それもそうだけど、旦那さんってストライカー使えたんですね。あれって特殊な才能が必要だとか言ってませんでしたっけ?」
「ああー、そこは旦那様だしなぁ……メビウスのマルトの嫁達みたいな例もあるし」
「ああ、ありましたねぇ」
戦いから目を離さずゼフィーナが苦笑を浮かべれば、そう言えばそうでしたねと同意するオペレーター。
ストライカーは特殊な空間認識能力を必須とする。それはいわゆる超感覚とも言える物で、ある程度の訓練で伸ばせはするが、やはり先天的な才能がモノを言う部分なのだ。それをマルトの自称嫁達ことメビウス大隊の隊員達は、気合いと根性と努力でどうにかしてしまった背景があったりする。
『そこも驚きだけど、レイジ、進化してない?』
『あれを合わせますかー』
砲撃の指示を直接受けているファラが、レイジの指示に従って砲撃を行いながら、呆れた口調で言えば、同じ事を感じていたリズミラが変態さんですねーと同意する。
さすがにタツロー単艦での戦闘は厳しいモノがあり、それをアシストする形でレイジが艦隊へ砲撃指示を出して攻撃を行っているのだが、まるで未来を予測してるんじゃなかろうかというレベルで、完璧にタツローの動きに合わせた支援砲撃を行っている様は、神業を見せられているような気分だ。それプラス、増殖を続けている化け物達の対処、各国に被害が拡大し続けている幽霊船団現象への対処まで行っているのだが、人間辞めている。
『ちょっと! こっちに集中しなさい! ロック・ロックとドッキング作業に入るわよ!』
呆然と陶然と、自分達の旦那様が戦うシーンを眺めているゼフィーナ達に、私は不機嫌です! と言わんばかりにマリオンが怒鳴り込んでくる。自分も見たいのにズルい、と本心駄々漏れであったが。
「すまんすまん。スティラ・ラグナロティアは第二フェーズに入る。メンテナンスクルー、メカニッククルーは不測の事態に備えて準備。オペレーター、ファイナルフェーズへ向けて準備を開始せよ。ファラ、リズミラ、当艦は完全に動きを止める、その間の防備を頼む」
『アイマム、任されましょう』
『はいはい、承りー』
ファラ達の返答に微笑みを向け、ゼフィーナは気取ったポーズで片手を前へ突き出した。
「圧縮高エネルギー空間破砕砲、予備チャージを開始!」
「「「「了解」」」」
スティラ・ラグナロティアを動かす心臓すら予備と切り捨てるとんでも主砲のチャージが始まった。
○ ● ○
「ラグナロティアがチャージに入りましたのん」
「おし! アビィはロック・ロックの調整へ回れ。ファルコンじゃどうしても扱いきれない部分が出てくる。頼む」
「御意。ルルちゃん、スーちゃん、せっちゃんお願いね? それとマヒロちゃん、負担が増えるけどよろしくするわん」
「がんばりゅ!」
「とー様なら任せろーバリバリ」
「お前達はネタを言わんと死んでしまうナマモノなのか? はぁ、任せるのじゃ」
『イエスシスターアビィ、お任せ下さい』
アビィがバチコンと俺にウィンクをすると、シートに体を預けて脱力し全力でロック・ロックの制御に回る。まぁ、ある意味ロック・ロックがアビィの体だからな、ファルコンに遠隔で操作してもらうより確実だろう。
「つー事は第二フェーズ突入か? ダゼ」
「おう! このまま時間稼ぎだ! 良い感じにレイジの援護も入るからやり易いしな!」
つーかどうやってこっちの動きに合わせてやがんだ? あの息子ちゃん。急に化けたというか、これもう進化というよりチートじゃね?
「これはあれだ、考えるな感じろ、の世界だな、ダゼ」
「まぁ実際そんな感じなんだろうけど。あいつ感覚派じゃなくて理屈派だろ? どこで浮気したんだ?」
「お前が死にかけたのがショックだったからじゃね? ダゼ」
……またそうコメントに困る事を引き合いに出しやがってからに……はいはい、あたしが悪うござんしたと、まぁこっちとしてはめっちゃやり易いから良いんだけど。
「よご! よごぜえぇぇぇ! よごぜ! よごぜえぇぇぇぇぇっ!」
「おっと?」
無言で暴れ続けていたアダム・カドモンが急にしゃべりだした。これあれだ、きゃああああ! しゃべったああああぁぁっ! ってヤツだね。俺、分かります。うん。
「自我残ってたんだな?」
「自我なのかこれ? 完全に本能だけで動いてるだけだろ、ダゼ」
相手に自我があろうがなかろうが、俺らがやる事に変化はない。やるべきをやりましょう!
「とと様、どっきんぐおわったって」
「エネルギーバイパスの構築完了、ジェネレータ連結システム、エネルギー融合システム、エネルギーライン全て正常に稼働し始めたってシェルファかー様から来た」
「ファイナルフェーズ突入じゃな」
さあもうちょいだ。もうちょいで祭りが始まるぞ!
「デミウス! アルテミスのフォローを頼む! アポロ! そろそろ行くぞ!」
「あいあい」
(一人でやれるわよぉ)
(失敗出来ないんだから、不足の無いようにフォローし合おうな)
(……分かったわよぉ)
なんか駄女神がブツブツ言ってるが、そこはデミウスがフォローすっだろ。
「嫌な方向に期待を押し付けやがる、ダゼ」
「ブラックリーマン時代に学んだんだ。自分が死にそうな時は上司を酷使しろ、ってな」
「嫌な学びだなぁ、ダゼ」
ワイトもそう思う。
「がびぃ! ざいごーがびぃ! よごぜ! よごぜぇぇぇぇっ!」
お前も見飽きたからな、そろそろ終わりにしようや!
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