第297話 邪神の闇鍋 ⑥


 化け物の巣穴から逃げ出したそこは、人外魔境だった。


「なぁ、フランクよ」

「私に聞くな私に」


 体の痛みも忘れ、呆然とその光景を眺めてしまう。


 ギリギリ駆逐艦よりかは小さい白銀の戦闘艦が、実に見慣れた機動でメダリスト、それも一番難易度の高い三パターン複合を行いながら一方的に骸骨を粉砕し、その周囲を飛び回る真っ赤に発光する板状の何かが、ひゅんひゅんと飛び回っては、狼だろうが鬼巨人だろうが、鎧袖一触とばかりに屠っていく。


「あれ、デミウスだろ」

「メダリストの三パターン複合はアレにしか出来んからな」


 中間距離で一方的に攻撃を行う手段として開発された技術スケート。そのスケートを発展させた三次元的に動き回るアスリート。そのアスリートを極めちゃった感じの技術がメダリストである。ようは戦闘艦でフィギュアスケート金メダリストの演技をやってみた、という技術。


 はっきり言って無駄の結晶なのだが、いそっぷとデミウスというある種突き抜けたプレイヤーが使用するとあら大変、唐突に有用な技術へ早変わりする。マルトがそれを使いこなせてるのが恐ろしいところではあるが。


「マオウとユズユだっけ? あと?」

「外国人のメダリストだったかな」

「ああそうだそうだ、なんで外国人やねん! って突っ込みが入ったんだっけ」

「まぁ日本人のフィギュアスケーターで金メダリストって、今のところ二人しかいないからな」


 銀と銅はいるけどね、とフランクも状況を忘れてその光景に見入る。


 デミウスの機動は一言で言えば獣だ。しなやかで隙がなく、無茶苦茶なようでいて柔軟。それは猫科の大型肉食獣が狩りを行っているような一種独特の美しさがある。


 トリプルアクセルはサーバルキャットが垂直にジャンプするような躍動感があるし、その流れのままにミサイルを置いていく感じも、猫の気まぐれ感が良く出ている。高速スピンなんかネタでしかないはずが、その動きに合わせてレーザーをばら蒔き、その全てをまとに命中させるなどなど、見応え十分な演技だ。


「すげえとは思うんだが……」

「必要性が全くないのがな」


 そもそもメダリストという技術が誕生した経緯は、その金メダリストが『ゲームの実況者でデミウスさんという方がいらっしゃって、その方の動きをトレースして』というインタビューを見たデミウスが、ほーんねぇ……と対抗心を燃やしたのが始まりだったりする。


『いつまで呆けてるんだい! とっとと合流しな!』

「っ!?」

「そうだった」


 そんな感じで呆然と光景に見入っていたルック達を、マドカが一喝して第一艦隊の方へと誘導する。


『ミチカ殿、無事でしたか』


 全身ボロボロのミチカの近くにホロモニターが出現し、クリスタが安堵の表情で労うように言う。


「ああ、助けられてしまったな」


 正確には生き恥を晒した、だがな……そんなミチカの内心を知ってか知らずか、クリスタは嬉しそうに微笑む。


『これで貸し借り無しですわよ?』


 陽気にウィンクをしながら言う彼女に、ミチカは毒気を抜かれて、素直にそうだなと頷く。


「ところで、あの化け物のように強い船は?」


 ミチカが縦横無尽に動き回る白銀の船を指差しながら聞けば、クリスタは頬を真っ赤に染め上げながら、それはそれは恋する乙女のように言いきった。


『新生した国王専用戦闘艦シルバリウス、そしてパイロットは我が国の国王、タツロー・デミウス・ライジグス、私達の旦那様ですわ!』




 ○  ●  ○


「マリオン! 進捗教えて!」


 ひゃっはー! 昔懐かしのガンシューティングをやっているような気分でハッピー! いやマジでこれゲームっすわ。こんな一方的に俺つぇー状態のゲームなんかクソだと思うが、飢えていたんだねぇ、ちょっとでもゲーム要素を感じると、ひぃーひぃーたのぴー! という気持ちが沸き上がって来ますわ。


 この戦いが終わったら俺、ゲーム作るんだ……


『もう少しで完了するよ。それはいいけど、また馬鹿な事考えてるでしょ? 気を抜いていい場面じゃないんだから、遊んでないでしっかりやって』

「アッハイ」


 いやなんで、ホロモニターで前が見えねぇ状態なのに表情を読む? つーか絶対これ心を直接読んでる気がするんだが?


「とと様は、かおよりもふいんきでわかりやすいから」

「ねー様、ふんいきだよ」

「そーそーそれ」


 追撃の娘ちゃんかーらーの、痛恨の一撃! うわぁぁー、うわぁぁ、うわぁ、うわぁ……てぃうんてぃうんてぃうん……じゃなくて!


 え? なんか漫画的なのが出てるの? ずもももーみたいな? それともアメコミのようにexcitedみたいなオノマトペが出てるとか?


『馬鹿やってないでしっかり働きなさい。私は言える権利がある。私はゼフィーナ達とは違ってきゃーきゃー言ってなかったから言える』


 なんかシェルファにまで突っ込まれてしまった。それとスクリーンに映るゼフィーナ達が真っ赤な顔して恥じらってるけど……さっきの、ほぁ! ほわああぁぁぁぁぁ! ほああぁぁぁぁぁぁっ! 状態がそんなに恥ずかしかったのだろうか?


 残念ながら昔からアイドルとかタレントとかに興味が無くて、いわゆる推し活つー感情というか感覚というか、その手の部分が欠損しているんだよなぁ俺。だから嫁達の気持ちを分かってやれません、すまんなぁ!


「余裕があるなら操縦もやれ、ダゼ」

「いやちょっと無理だって! さすがにこの前が見えねぇ状態で操縦桿握りたくねぇ!」

「なら阿呆な事を考えてねぇで、真面目にやれ、ダゼ」


 くそう、こいつは本当に読めるから何にも言えねぇ。真面目にやりましょう、うん。


 しばらく真面目にプチプチとわんわん、鬼巨人、骸骨とまんべんなくコロコロ転がしていると、せっちゃんが何かに気づいたように声を出す。


「お? マドカとヒソカが傭兵バラクーダと悪の花道、三神将にワゲニ・ジンハンの巫女とやらを連れてきたようじゃぞ」


 せっちゃんの報告に苦笑しか出ない。そのクランの名前はマジで大草原しか生えませんよ。しかも、らしくもなく人助けとか、自己犠牲とか、あいつらの過去を知ってる身からすると青天の霹靂通り越して、新世界出来ちゃったレベルの驚愕だぞ、マジで。


「あの宇宙大馬鹿野郎二大巨頭がなぁ」

「最終的に賠償金が二桁億円逝ったんだったっか? ダゼ」

「家族離散とか、自営業廃業とか、会社解雇とかってのは風の噂で聞いたなぁ」


 ルック・ルックのバラクーダはSIOのサーバーに負荷を掛けまくって、ゲームを二週間ダウンさせて、思いっきり刑事事件で処理されて社会的に死亡。


 フランク・カリオストロの悪の花道は、禁止されていたリアルマネートレードをやりまくり、SIO内で禁止されていたいかがわしいヴァーチャル売春をしまくった事で、民事と刑事両方、更には折り悪くVR新法が制定され、日本国におけるAIの立ち位置と権利関係がきっちり設定された事で、見せしめとしてとんでもなく重たい刑罰を食らって、ルックと同じく社会的に死亡となった。


 まぁそれでも一定期間で宇宙バカは発生してたから、全く見せしめになってなかったのは笑い話であるが。


「バット・トリップにティーチ、ジャアークもいたらしいぞ、ガラティアにぼこぼこにされてたらしいが、ダゼ」

「うおぉい、歴代宇宙大馬鹿大集合じゃねぇか……」


 その一定期間で発生する宇宙バカの筆頭、宇宙大馬鹿と呼ばれるやらかしプレイヤー勢揃いとか悪夢かい……


「まぁ、ルックとフランクは地獄を見たから随分と丸くなった感じはするな、ダゼ」

「そりゃそうだろう」


 世間から姿を完全に隠して生活するような感じだってのは、どこかのゴシップ記事でチラ見した事あるし、実際相当苦労しまくってるみたいなインタビューなんかも載ってたからなぁ……イキってられんだろ、さすがに。


「とと様、まりおんかか様がほうしんおわったって」

「ありがとー! 後は直結部分か……マヒロ! そっちの準備は?」


 スティラ・ラグナロティアの追加パーツ、アルペジオの倉庫に眠っていた俺のゲーム時代の趣味の結晶が装着完了したなら、もう少し時間稼ぎをしてりゃ、面白い事が始まるぞい!


 わくわくしてるとマヒロからも嬉しい報告が入る。


『マイゴット、クルル技術開発部部長がしっかり終わらせてます。試運転も無事に完了。ファルコンの遠隔操作で移動を開始しても?』


 ナイスナイスナイス! 順調順調、祭りはやっぱりこうじゃないとな!


「頼むわ!」


 ぐいっと親指を立ててお願いすれば、マヒロはふわりと笑って畏まりましたと胸に手を当てて言う。


『これより遠隔操作でロック・ロックの移動を開始します』


 おうけい! 頑張って時間を稼ぎましょう! なんて思っていると――


「む? 馬鹿が飛んで来てるぞ、ダゼ」

「マジかよ?!」


 盛り上がって参りました! とわくわく気分が台無しなヤツが来るみたいで、慌ててモニターを消してスクリーンを確認すれば、巨体が無様な感じでフワフワとこちらへ飛んで来るのが見える。


「そのまま、あの場所で勝手に暴れてりゃ良いモノを」

「ほぼ全てのかみのちからを放出しきった感じだが、それでも他の神の気配は感じるようだ、ダゼ」


 ……つまりそれって……俺はポンポツ、いやさデミウスとルル、というかガイアに視線を向ければ、ルルは分かってない感じにニパァッと笑い、うん可愛い! ぽんこつ上司はソッと視線を逸らしやがった。


「お前かぁっ!」

「私だ、ダゼ」

「言ってる場合か!」


 俺はまだ仮免前だから、本来知的生命体が持つ根元的なかみのちからは持ってるが、神様の気配がすると言われればしないはずなので、つまりは全てぽんこつ上司が招いた事態という事に。


「ええぃクソ! カラドボルグ!」

「あいあい、ストライカーのモードをチェンジ、ダゼ。それからユーハブ、ダゼ」

「アイハブ! 全くもぉ!」


 宇宙ボク土左衛門。もしくは宇宙で前衛的動きで溺れるナニか、とでも言うべき動きでアダム・カドモンが迫ってくる。


「レイジ! アダム・カドモンを迎撃する! こっちの処理は任せる!」

『了解! 立て直し完了! 総員! 国王の花道を守れ!』


 花道って、俺は演歌歌手かよ? と思いながらも、効率的に飛んで来る砲撃に感心する。いやはや、マジでキオ・ピス、いやスキピオじいさんそっくりな艦隊運営してるやん。


「これは一回ガチのガチで戦ってみたいかも、ダゼ」

「お前がそこまで言うか」


 デミウスも感じるモノがあるのか、そんな事を言う。ゲーム時代にそんな、オラと勝負すっかぁ? みたいな事を言った相手って、いそっぷ君くらいじゃないかな。つまりは戦術やら戦略という方面では、レイジはその高みに至ったと、すげぇな。


「来るぞ! タツロー!」

「おっと! シェルファ! マヒロ! ファルコン! そっちは任せた!」


 俺は宇宙で溺れるアダム・カドモンへ、シルバリウスの船首を向け、フッドペダルを踏み込んだ。


「まずは腹を刺された恨みをここで晴らす!」



























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