第284話 集う力 ①

 ライトグリーンの仄かに光る液体の中で、俺はにっこにこで端末を操作する。プシュルと気が抜けたような音がして、足元から液体が抜けていく。うむ、実に気分が良い。気分が良いから余計に自分の体に纏わりつく気配がムカつくな。


「これ、いらんな」


 俺の腹に穴を開けている気持ち悪い力を、ぺいっと引っ剥がして握り潰せば、そこにナノマシンがわーと出番だーと集まって、逆再生見るているような感じに大穴が塞がる。


「うむ、ご苦労」


 俺がグッジョブと親指を立てれば、ナノマシン達が大した事ねぇよ、と男前な思考を飛ばしてくる。


 うん、見えてるんだ。この電子顕微鏡レベルで見るような小さいのがね。すっかり人間辞めちまったなぁ、俺。つーか、万物に意思は宿るとは聞いたが、マジでナノマシンにまで意思ってあるんやねぇ……いつもありがとう君達。気にすんなよって思考が飛んで来たわ、これオモロイわ。


「よっこいしょ」


 医療ポットの蓋が開いたタイミングで、起き上がれば、目をウルウルせさたシェルファとにっこにこのスーちゃんに、フフンとした顔のせっちゃん、そんなせっちゃんに隠れるように体を寄せる褐色美女? 美少女? 絶妙な年齢帯をした女性……ああ、これがガイアでありルルって事か、お父さんが知らぬ間にデカくなりやがって……ホロリ。


「無事のご帰還、心よりのお慶びを申し上げます」


 そんな中、完全に上位者へと向ける態度で、普段のおねいさん口調が抜け落ちた感じにアビィが臣下の礼を取る。


「あーやめやめ、上司からも死ぬまで人間だって言われてんだ、今からそれじゃ俺が息苦しいわ。お前もいつも通りにしてろ、そっちの方がトトの爺さんも喜ぶぞ」


 世知辛い階級制度らしいからな、神様の世界も。まさかアビィがエジプトのアヌビス神が分体を作りきれず、せめてもと精神の一部を切り離して参加してたとか、トトがエジプトの知恵の神だとか、本当にもう、色々あり過ぎるわ。


 何か俺はデミウス系統、つまりは大邪神系統の直系に入る新神しんじんで、分類的には中級上位の階級らしい。アヌビス神はアルテミスやアポロと同じく概念神で、階級的には下級上位の階級だとか。どっちが上とかどっちが下という意味での階級じゃなくて、ようはどちらがより多くの力を持っているか、という分類らしいので、本来は偉い偉くないという事ではないらしんだが……概念神はそこんところきっちり線引きしたがる傾向にあるんだとか。これはアポロから聞いた神の心得らしいぞ?


 ちな、俺の上司はデミウスだ。あんなちゃらんぽらんなのを上司とか、いやはや、死んだ後も大変そうだよ、全く。


 俺の言葉にアビィは嬉しそうに微笑み、ちょっとだけアヌビスらしい、あの金狼犬の面影をちらりと見せながら、バチコンと実にアビィらしいウィンクをしてきた。


「……はっ! ありがとうございます! では……戻られて嬉しいですわん、プロフェッサー」


 うん、こうしてると尻尾がブンブン振ってるように見えるな。確かにこいつは犬系だわ。


「迷惑掛けたな」


 スーちゃんやせっちゃんの頭をわしゃわしゃ撫でつけ、心配そうにこっちを見る成長期すぎるルルの頭もわしゃわしゃ撫でてやれば、嬉し泣きのような表情でルルは座り込んでしまった。


「んだよ、お父さん舐めんなよ? そんなナリしてても自分の娘くらい分からぁな。それとガイアとしての意識に引っ張られてるんだろうが、別にこっちは巻き込まれたとも思っちゃいねえよ。いつもの間抜け面に戻っとけ」


 俺の言葉にポロポロ涙を流し、ボフンと音を立てて元のルルの姿に戻ったガイア……ややこしい! どっちもルルだ! 気にすんな!


 いやまぁ、何か出会った時にちょっとガイアの残ってた力を使って、俺の運命を修正したらしいんだわ。俺がルルを保護するような流れに整えたとかなんとか。そこからズルズルとガイアとアダム・カドモンの縁に巻き込まれる形で事件に引き込まれたんだと。デミウス達がネタばらしでそんな事言ってたな。


 ふっふっふっふっふっ、まぁそれこそ……気にするな! って事でいいっしょ、うん。


 それとだ、いっちゃん最初にルルを調べた時に、妙な感じの記憶封鎖がされてたけど、あれがガイアの封印術だったんだろう。どこで封印がとかとかれた! のかは知らんが、これで体の成長も元通りかな。あれと連動して体の成長が固定化されてたし。


 ……しっかし、ルルが成長した姿があれだと、男は目の色変えて求婚するんじゃないだろうか……いやまぁ、せめて俺を越えるような逸材じゃなけりゃ、任せんけどなっ!


「そりゃぁ無茶ってもんだろ、ダゼ?」

「……それ、続けるのか?」

「あいでんちちー、ダゼ?」

「……まぁ、好きにすりゃいいけどよ」


 そんな俺の内心に突っ込みを入れる、いつのまにやら足元にいるポンポツ。言葉使いは完全に流暢に、声色も完全にデミウスのそれだが、語尾のキャラ付けは続ける模様。それでいいのか? 大邪神。


「マルトがこのままだと丸焦げ、ダゼ?」


 俺が胡乱な瞳を我が上司へ向けると、上司が話題を変えるには十分に高威力の問題を提示してくる。


 おっとやっべ! 感動の再会とかしとる場合じゃなかったわ! よし、まだギリ生きとる。さすがはマルト君だ。


 俺は超空間にいるマヒロへと指示を飛ばす。彼女もすっかり俺の眷属だから、居場所が意識しなくても分かるんだよ、これがね。人間離れしてるが便利だと思えば、なんてこたぁねぇ! うむ。


「マヒロ! ストライカーのリミッターへ仲介! プログラムアーバックス起動! 次元連結ジェネレータ限界稼働! 完全シールド発動!」


 思えば、ア・ソ連合体へ行く前から、妙に創作意欲が暴走してたのも、次から次に俺が望むような素材がポコジャカ出てきたのも、無意識部分で神としての権能を使っていたのが原因らしい。アルテミスが呆れてた。知らんがな。


 今はマルト君の事だが、もちのろんろん、自分のファミリーを守るためならば、俺はいくらでも自重を捨てる男。ふふふふふふ、昔から偉い人は言うじゃないか……備えあれば嬉しいな! と。


「ヤーマイゴッド。緊急プログラム起動しました。超空間よりアシスト開始します」


 いつの間にそんな機能を? と白い目を向けてくるシェルファの視線から全力で目を逸らし、ちょっと焦げた状態のマルト君を復活させる為の機能もアクティブにする。


「エグゾスーツの緊急プロトコル開始! エグゾスーツ緊急医療モード解禁!」


 頼んまっせ! ナノちゃん達!


「ヤーマイゴッド。エグゾスーツ緊急コマンド実行。マルト・デミウス・ヴェスペリアの生命維持を最優先。ナノマシン稼働率異常、マルト・デミウス・ヴェスペリア、生命活動の危険域より速やかに離脱」

「ありがちょー! ナノちゃんズ!」


 ナノマシン稼働率異常って初めて聞いたが、まぁ良い。良い仕事してますぞ! ナノマシンの皆さん! と感謝を捧げつつ、シェルファに視線を向ける。


「さて、シェルファ?」

「はい?」


 一連の流れを見て、完全に呆れ果てている我が嫁を抱き寄せる。


「ただいま」

「……おかえりなさいませ、旦那様」


 礼儀として、心配掛けた事には全力で謝罪しましょう。だが、その前に万感の気持ちを込めて抱き締めておく。いやまぁ、アルテミスに抱き締められた感触を忘れたいだとか、他の女のかほり(精神の方だけど)に包まれているのが嫌な感じだとかではないよ?


 何か怒りの波動を感じるが、無視だ無視。


「なんか妙な視線というか、圧を感じるんですが?」

「キノセイダヨー」


 そういや俺の嫁達も眷属化、女神ルート一直線なんだっけ。そりゃぁアルテミス、こっちの世界だとフェリオか、の力を感じられるわな……これも後でちゃんと説明しないとな。俺とは違って拒絶すればならないらしい。アルテミスが魂の離婚きゃっきゃっとか喜んでいたが……何だろう、不安はあるんだが、妙に誰一人として欠けないという謎の信頼感というか、確信というかあるんだが……


「それでどう動くんです?」

「ん? 動かないよ?」

「え?」

「ん?」


 俺がどうやって説明しようか頭を悩ませていると、シェルファが方針を聞いてくるので、俺の方針を伝えれば彼女はキョトンとした表情で固まる。


「正確にはまだ動かないって感じかな」


 俺は泣き顔のルルとキラッキラの瞳を向けてくるスーちゃんを抱っこして、シェルファ達が作業していたスペースへと移動する。何かせっちゃんが俺の足をゲシゲシ蹴ってくるが、はははは、残念ながら俺の腕は二本しかねぇんだよ。それはさておき、スクリーンへと視線を向ける。


「状況は俺が整えたけど本来なら、この世界の事はこの世界の住民が処理すべき事なんだよ。例えそれが神と呼ばれるような存在が相手であったとしてもね」


 スクリーンにはレイジが必死に状況を整理して作戦を練り、ゼフィーナが他の嫁達を効果的に配置して敵の勢いを押し返し、ガイツや他の将兵達が自分達の知恵と勇気と体験とを武器に立ち向かう。その様子に俺は目を細める。


「放置しすぎてもダメ、がっつり関わり過ぎても過剰、だからといって突き放すのは論外……そこはちょっと子育てに似てるかもしれんな、世界を廻すってのは」


 俺の言葉に足元のポンコツ上司が訳知り顔……そのブリキロボッツの顔で良くそれだけ表情を作れるな、と突っ込みを禁じ得ない顔で頷きやがる。いや、お前、結構な数の世界をボッロボロにしたってアポロから聞いてるぞ? 


「~♪ ~♪ ~♪」


 また妙に正気が失われそうな口笛なぞ吹きよってからに……


「どこのタイミングで動くんです?」


 そんな俺の横に立ってシェルファが面白そうな表情で俺を見る。


「まずは彼らも頑張って貰わないとだね」


 シェルファの細い…いやマジで細いな! え? この腰でこの胸のボリュームって……え!? 今の段階であの駄女神アルテミスより上……だと!?


「だー! うっせぇ! 一々気配を飛ばして来るな! 駄女神!」

「え?」


 よっこらせとルルを肩車して、シェルファの腰に手を回してそんな事を考えたら、こっちを粘着質にストーキングする駄女神の怒気が来たから、ハエでも払うように手を振れば、シェルファがキョトンとした表情で俺を見る。


 あー気にしないで気にしないでと、微妙な苦笑を向けておく。ったく、アポロめ、しっかり妹の手綱は握れっちゅうに。


「お前、そりゃ無茶ってもん、ダゼ?」


 あーあー聞こえないー。拗らせすぎた駄女神とか知らんしー。面倒を見る気もねぇっす。


「ほれ、ちゃんとこの世界の事はこの世界の住民が責任を持って対処しようって努力はしてるぞ」


 駄女神を思考から追い出しスクリーンへ視線を向ければ、そこには帝国、フォーマルハウト、ア・ソ連合体、神聖フェリオ連邦国、それに数多くの周辺小領主やら、ネットワークギルドに所属する勇気あるギルド員達がアルペジオへ、ライジグスへと向かってくる様子が見える。


「それまではこちらはこちらで悪巧みと行こうか」

「悪巧みですか?」


 俺がニヤリと笑えば、シェルファは上品に口許を押さえて笑いながら、何をするんですと目で聞いてくる。


「もちろん、面白い事だよ」


 俺の言葉に足元のポンポツがクツクツと笑う。まぁ、予定調和って奴だからな、こいつも楽しみなんだろうね。


「さぁ! 手伝ってくれ! ルルもな」

「あいっ!」


 もうちょい頑張れ皆。神は自らを助くる者を助けるんでね。まぁ俺はまだ仮免以前の状態だけどな! ははははははっ!

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