第279話 ?????????


「シェルファ! んあ? んん? どこだここ?」


 目を覚ましたら、まっちろい空間におったとさ。どうもタツローです。じゃねぇ! どこだよここ!


「再びの思ひ出爆弾劇場再開とかシャレにならんのだが? それとも筋肉自慢のアスレチックか?」


 いやもうお腹いっぱいです。つーか現実に返却してくれないだろうか?


「ん?」


 そんな事を考えていると、目の前の奥からきゅぃぃぃんと聞き覚えのあるモーター音が。そしてすぐに見覚えのあるブリキのおもちゃロボットのような姿をした、あん畜生が見えてくる。


 俺の前まで直進し、無駄にドリフトをかまして急停止を決めたそいつが、よっと軽く片手を挙げる。


「サガシタ、ダゼ」

「お前、デミウスだろ」

「サガシタ、ダゼ」

「お前、デミウスだろ」

「サ、サガシタ、ダゼ」

「流暢に話せるだろ、この野郎……お前、デミウスだろ」


 真っ黒黒助に刺される前、俺に注意を促したのは、絶対にデミウスの声だ。それに声が聞こえてきた方向にあったのは、ポンポツがドッキングするサポートボット用のスペースしかなかった。

 

「どこで気づいた?」

「やっぱり流暢に話せるんじゃねぇか! この野郎! とっとと姿を見せろ!」

「おち、落ち着け! 落ち着けって! 首を持って揺らすな!」


 ポンポツのケーブルみたいな首を掴んで、ガックンガックン揺らしまくっていると、その姿がゲームで見慣れた、長い銀髪に深紅の瞳を持つイケメンへと姿を変える。そこに現れたのは大災害、大天災、そして俺の親友であるデミウスだった。


「何で! 何で最初から一緒にいてくれなかったんだ! 俺は! 俺は! 俺は……」

「……」


 勝手に涙がポロポロ流れ、腹の底から嗚咽が溢れる。


「……それを説明するには、お前は思い出さなければならない」


 ボロボロに泣く俺に、デミウスは見た事も無い真剣な表情で言う。


「思い出せ。は何の日だった?」

「ぐす……あの日?」


 何を言ってるんだコイツは? あの日って何の日だよ。俺のそんな疑問が顔に出ていたのか、デミウスはもどかしそうな表情を浮かべて、深紅の瞳を泳がせる。


「……元の世界の最後の記憶を思い出せ」

「元の世界の最後の記憶だぁ? スペースインフィニティオーケストラのサービス終了最終日のイベントの記憶か?」


 流れる涙を乱暴に袖口で拭きながら聞けば、デミウスはニタリと笑う。そして俺の両肩にその手を置いて口を開いた。


?」


 ニタリと裂けたような笑顔で奴は念を押すように聞いてくる。深紅の瞳で俺の目を覗き込みながら、まるで試すように。


「……」


 デミウスの妙な迫力に、俺は自分の記憶を漁るように、あの日の事を呼び起こす。


「ログインして、クランのホームに行って……たまたま会った銃神さんと……あれ?」


 銃神さんは『遊戯人の宴』で仲良くしてたおっさん仲間の一人で、あの日はどうしても抜けられない仕事が急に来たから、って挨拶に来たんだよ確か……


「……サ終なのに楽しそうに笑ってる?」

「……」


 そう、思い出した銃神さんの顔は、いつもの彼よりもずっと明るい感じに笑ってた。もっと気難しそうな感じの人なのに。しかもサ終の日に、その日に仕事が入って参加出来ないっていうのに……何で笑ってる? 俺と同じ位にSIOを愛してた人が?


「銃神と会話した後は?」

「え!? あ、ああ……」


 ジッとデミウスの深紅の瞳に覗き込まれながら、俺はあの日の記憶を辿る。


「ドゥス・カードさんに会いに行って……紹介を……紹介? 何を紹介? つっ!?」


 リアルでもお医者さんなドゥス・カースさんに紹介してもらう、何を? と考えたら頭に激しい痛みが走る。まるで万力にでも締め付けられるような、ギリギリギリと頭の内部が膨れ上がるような、あり得ない程の激痛に顔を歪めると、デミウスが俺の肩に置いていた手に力を込める。ただそれだけで少し、頭痛がマシになったような気がした。


「何を紹介してもらう予定だった?」

「何を? つぅっ!? 紹介……つうっ!?」

「頑張ってくれ」


 あの日、何を紹介してもらう予定だったっけ? キリキリキリと痛む頭のせいで、まともに考えられない。とても大切で、とても重要だった事なのは分かるけど、それが思い出せない……


「達郎。大丈夫だ。今は俺がいる」

「っ!」


 デミウスの優しく笑った瞳を見て、記憶が甦る。それは爆発したようにも感じる、まさに解放されたような感じで自分の中から溢れ出した。


「……サ終じゃない?! デビジョンファースト終了のラストイベント! デビジョンセカンドへ向けての調整に入る充電期間前のラストイベント!」

「ああ! ああ!」


 そうだった! サービス終了じゃねぇ! 俺らがあまりに色々やらかして、今の状態だと限界が近いからってんで、それまでのゲームをデビジョンファーストとして区切り、新しくデビジョンセカンドとして新生するって、次にログインした時は全部が初期に戻るから実質サ終みたいだね! って銃神さんと話した!


「ドゥス・カードさんにはこの機会に病気を完全に治したいからって、専門医を紹介してもらいに行った!」

「ああ! そうだ! そうなんだよ!」


 半年近く調整に掛かるってアナウンスがあって、このままの状態ではいけないって一大決心をして、絶対生き続けてやるって決意したんだ。だって、絶対にデビジョンセカンドでも皆と一緒に居たかったから!


「……ん? ちょっと待ておいこら……こっちに来て一番最初に見た白昼夢みたいなのって……」


 一番最初に見た、何か妙に良さげな感じの夢って、全部作り物じゃねぇか! あんな事やった記憶もなけりゃ! 言ったり聞いたりした記憶もねぇぞ!


「~♪ ~♪ ~♪」


 こんにゃろぉ、妙に音程の外れた精神を抉れそうな口笛を吹きやがって。


「おうこらおいこら!」

「ちょっ! 首を絞めんなし! だってああでもしないと、お前絶対迂遠な自殺しただろうがっ!」

「ぐっ!」


 デミウスの指摘を否定出来ず、渋々首から両手を外せば、野郎はキシシシと笑いながら俺の額を指でつんつん突く。


「お前と何年親友やってると思ってるにゃ? にぇ? にぇ? 今どんな気持ちにゃ?」

「やかましい! それよりどうしてサポートボットに化けてたんだよ! 思い出したからには説明しろ!」


 くっそムカつく。何よりムカつくのは、このやり取りを楽しいと感じてる自分がムカつく。


「思い出したら分かるんじゃね?」

「……俺が一回死んでるって事か?」


 俺の言葉にデミウスは重たい息を吐き出して頷いた。


 そうあの日、デビジョンファーストの最終日に参加していた俺達は、とてもその日を楽しんでいた。


 普通のVRMMOでデータが初期に戻されるなんて事をされれば、ユーザーは怒ってゲームを見捨ててしまうだろう。だけど俺達はむしろそれを喜んだ。


 俺達が積み上げてきた事をベースに、自分達が築き上げてきた技術を土台に、更に自由度を上げて、更にAIの技術を向上させて全く新しいSIOが誕生するってんで、ほとんど熱狂に近い感じだった。


 そこにはかつて問題を引き起こし、世間一般から宇宙バカ、SIOでリアルまで問題が発展した奴らの総称だけど、と呼ばれるような奴らも特別に復帰を許されて、皆で祝福しながらデビジョンファーストのラストミッションに挑んだんだよ。


「あの真っ黒黒助、アダム・カドモンだっけ? あいつが現れたんだよな」

「……」


 俺の言葉にデミウスが鬼の形相で、ケッと唾を吐き捨てる。汚いが、まぁ気持ちは分かるよ。


 あいつはあろう事かプレイヤーを次々に殺していった。いや、そん時はただゲーム的に死んでいっただけだと思っていたし、今回のイベントボスさすがに強ぇ! みたいに笑ってたけどな。


「確かいそっぷ君のとこに、白髪? 銀髪? で褐色肌のすげぇ美女が現れて、勇者よみたいな事が始まって――」

「全部ガイアが言いきる前に断りやがったんだよ、あのバカ」

「そうそう! あれは皆で笑ったな! デミウスとかは妙に衝撃を受けた顔してたけど。それにしても、あの美女ガイアっていうのか……ん? ガイア?」


 こいつが名前を知っているという事は、つまりはこいつの関係者という事で……


「お前が考えてる事は当たってる。彼女は全ての地球の基幹軸の地球を守護し管理していた大地母神ガイアだ。別名偉大なる精霊の女神とも呼ばれる地球その物だな」

「……ちょっと待て、彼女、アダム・カドモンに……」

「ああ、自分を守護する役割をするはずだった勇者(笑)が、あろう事か聞くべき事情をぶった切って断り、絶対的な守護者の誕生が発生せず、そのまま殺された。あのクソ中二野郎、とんだふにゃチンだったぜ」


 そう、俺達はイベントだと思って笑って見てたら、いそっぷ君が断った瞬間にアダム・カドモンがガイアの背後へ瞬間移動し、そのまま八つ裂きにされてしまったんだ。それがあまりにリアルでグログロで、あれ? っと疑問に感じたんだ。


「もう分かってるだろうが、俺達は神だ」


 デミウスが世間話でもするみたいにあっさりと重要な事を暴露する。


「神は万能だし、その力は破壊も創造もこなせる。だがそこには厳然たるルールが存在する。いやまぁ、罰則があるとか裁かれるみたいなモンじゃないし、破ったからと懲罰部隊みたいなのが派遣されるわけでもないけど、まぁ面白半分におもちゃにされる程度だ」


 歪みひび割れ愉悦に表情を染めたデミウスの顔を見るに、ってのは相当きっつい扱いを受けるんだろう事は理解出来る。つまりはそれだけで抑止力になる程度には恐ろしいという事なんだろう。


「だがアダム・カドモンはそれを知らん。奴の教師役が馬鹿でな、あいつに教えるべき事を教え込む前に逃げられた。そしてあろう事か放置しやがった。だからアレは、他神たにんが作った世界に手を出しては破壊し、そこで手に入れた魂の力によって神としての階級が上がる、なんて与太話を作り上げ遊んでやがるんだよ」


 両手の指をあり得ない角度でバキバキ鳴らしながら、デミウスがシャーと猫の威嚇音のような音を出す。


「でもおかしくね? あいつ、俺がよな?」

「……」


 そう、ガイアが八つ裂きにされて、いそっぷ君の前でいそっぷラバーズの皆さんの虐殺ショーみたいな事をやり、その後にいそっぷ君をじわりじわり痛め付けるように殺したのに俺がキレて、クランホームのジェネレータを全部連結して天地開闢驚天動地砲という、趣味で作った宇宙戦艦ナニカのような、超次元波動エネルギー発生巨砲をぶっぱして吹っ飛ばしたはず。


「まず……いや、確かにあれでアダム・カドモンは滅びた。それは間違いない。でもそれで――」

「ジェネレータが負荷に耐えきれず俺も一緒に吹っ飛んだな。何でか死んだって実感があったけど」


 あれ、不思議な感覚だったな。ああ、俺の人生ここで終わったって、凄い実感があった。


「……落ち着いて聞けよ?」

「あんだよ?」

「お前も神な?」

「はぁっ!?」


 お前が神ってだけでも驚天動地なのに、これ以上何があるってんだい……

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